ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

先天性サイトメガロウイルス感染症について

2011年02月19日 | 周産期医学

Ⅰ サイトメガロウイルス感染症はどんな感染症か?

サイトメガロウイルス(Cytomegalovirus:CMV)はヘルペスウイルス科のDNAウイルスで、どこにでもいるありふれたウイルスであるため結果的にほとんどのヒトが感染する。CMV感染は直接的、間接的なヒトとヒトの接触によって起こり、感染源になりうるものとしては、尿、唾液、鼻汁、子宮頸管粘液、腟分泌液、精液、母乳、涙、血液などが知られている。人類に広く分布し、ほとんどのCMV感染症は不顕性であるが、健常人でも初感染に際して伝染性単核球様の症状を呈する場合がある。主に臨床的に問題となるのは、先天性(胎内)CMV感染症および免疫不全患者での日和見感染症である。

妊娠中のCMV初感染では、経胎盤的に胎児にも感染し、感染児に重い後遺症を残すこともある。感染児の多くは無症状であるが、重症の場合は肝脾腫大、黄疸、出血などの症状の他、小頭症や水頭症などの神経障害も加わり、胎児や新生児が死亡することもある。出生時には無症状であっても、5歳頃までに難聴や知能障害、運動障害、眼の異常などの続発症状が発症する場合もある。

胎内CMV感染症は、既知の胎内ウイルス感染症の中では発生頻度が最も高い。 近年、若年者におけるCMV抗体保有率が低下し、妊娠初期に妊婦がCMVに感染する機会が増え、胎内CMV感染症の発生頻度の増加につながることが懸念されている。

Ⅱ 症候性胎内CMV感染症

妊娠初期のCMV初感染の場合、症候性胎内CMV感染症が発生するリスクが高い。再感染例でも異なるCMV株に感染すると症候性胎内CMV感染症が発生する可能性があると考えられている。

CMVが胎内で感染する頻度は、全出生の0.4~1%であり、そのうち85~90%は出生時に無症状で、10~15%は出生時に様々な程度の臨床症状を呈している。感音性難聴、運動障害、知能障害などの続発症状は、出生時症候性感染児の90%、出生時非症候性感染児の5~15%にみられる。

わが国では、胎内CMV感染症によって毎年1000人を超える精神発達遅滞や難聴の児が出生していると推定されている。

Ⅲ 胎内CMV感染症を疑う母体・胎児・新生児の非特異的所見

① 母体の所見:
原因不明の発熱、発疹、肝機能障害、羊水量の異常

② 胎児の所見:
子宮内胎児死亡、子宮内胎児発育遅延、脳室拡大、胎児水腫、腹水、小頭症、肝脾腫大、腸管高輝度エコー像

③ 新生児の所見:
点状出血斑、肝脾腫大、脳室拡大、小頭症、上衣下嚢胞、低出生体重(light for date)

Ⅳ 胎内CMV感染症の出生前診断の問題点

現在、胎内CMV感染症を出生前診断しても胎内治療の適応基準はなく、有効な治療法も確立してないため、胎内CMV感染症の出生前診断に対して否定的な意見が多い。妊婦のCMVスクリーニングに関しては、陽性と判明した場合の適切な医療介入方法が確立されていないので現段階では不適切とされる。

分娩時低酸素症による脳障害と胎内CMV感染症による脳障害とを区別するために、胎内CMV感染症の出生前診断は重要という意見もある。胎内CMV感染症の出生前診断に用いる検体は羊水が一般的に多く用いられている。羊水中のウイルス培養やPCR検査でウイルスを検出することができる。ただし、羊水からCMVが検出されなくても胎内CMV感染症を否定することはできない。感染が証明できても、児が症候性かどうかはわからない。

胎内CMV感染症を効率よく血清学的にスクリーニングするのは困難である。従来用いられたCF法は感度が低いために有用性に欠ける。EIA法によるCMV-IgM抗体は、初感染妊婦でも陰性を示す場合や、逆に長期にわたり陽性を示し続ける例が存在するので、その臨床的意義の解釈に注意を要する。

Ⅴ 妊娠中の初感染予防

わが国において、母体のCMV抗体保有率は年々低下傾向にあり、近年では70%前後まで低下したことから、今後、妊娠中の初感染の増加が懸念されている。

感染予防として、性交時のコンドーム使用と乳幼児の尿や唾液に触れる際の手袋の着用や触れたのちに手洗いを行うことが主に勧められている。子供からの感染は、保育所勤務や病院勤務者ばかりでなく、自分の子供からの感染の可能性もあり注意を要する。

Ⅵ 治療法

現段階では胎内CMV感染症に対する有効な予防策や治療法は確立されてない。CMVに対するワクチンはまだ実用化されてない。

胎内CMV感染症に対する考えられる治療法としては、母体への抗CMV高力価γグロブリン投与、胎児腹腔内への抗CMV高力価γグロブリン投与、母体へのGanciclovir(GCV)投与、胎児腹腔内へのGCV投与などであるが、適応基準、安全性、有効性を、今後十分に検討していく必要があるものと思われる。

先天性感染児の治療として、米国では、GCV 12mg/kg/日を6週間、およびγグロブリン200mg/kg/日を1週間に1度、2回投与するスケジュールで第3相臨床試験が行われ、感音性難聴の改善もしくは進行停止が得られたとの報告がある。

Ⅶ まとめ  

胎内CMV感染症は、既知の胎内ウイルス感染の中では発生頻度が最も高い。

若年者におけるCMVの抗体保有率が低下している中で、その発生頻度は今後ますます高くなることが懸念されている。

胎内CMV感染症は、神経学的後遺症をもたらす疾患のひとつとしてその重要性は高く、発症予防と治療法に関する研究の今後の発展が望まれる。

参考:

先天性サイトメガロウイルス感染症に対する免疫グロブリン療法、山田秀人、日産婦誌60巻9 号、2008年9月

難聴起こすウイルス、新生児300人に1人感染 厚労省 (朝日新聞、2010年11月2日)

【以下、Asahi.comより引用】

 胎児の時に感染すると難聴や脳に障害が起きる危険性のある「サイトメガロウイルス」に、新生児300人に1人の割合で感染していることがわかった。厚生労働省の研究班が新生児2万人以上を対象に国内初の大規模な調査をした。抗体のない妊婦が感染すると胎児に感染することがある。通常は幼児期に感染し抗体があるが、最近は抗体のない妊婦が3人に1人程度と増えている。胎児の感染も増加する可能性がある。

 研究班は全国25施設で生まれた新生児2万1272人(2010年7月末時点)を調査。尿を採取してウイルスの有無を検査し、66人が陽性と判明した。幼児期に感染しても症状が出ず、胎内感染でも多くは発症しないが、うち15人に難聴や脳の発達異常など典型的な症状が見られた。

 今回の調査で陽性だった新生児のうち47人を調べたところ、31人は上に兄か姉がいて多くから同じウイルス株が見つかった。自然に感染した上の子から、妊娠中の母親が初感染し、それが胎児に感染したと推測されるという。

 この抗体を持っている妊婦の割合は年々低下している。1986年の国内での調査報告では96%が抗体を持っていたが、今回調査した妊婦4306人のうち、確実に抗体があるのは66%だった。衛生環境の改善などで幼児期の感染が減ったためとみられる。

 研究班は先天性感染児への治療ガイドラインも検討。抗ウイルス薬を6週間投与することで改善する例もあり、難聴も早期に発見し補聴器をつけることで言語発達への影響を少なくできるという。

 研究班代表の古谷野伸・旭川医科大講師は、感染したばかりの乳幼児の尿や唾液(だえき)にはウイルスが多く含まれているため、妊婦はおむつを取りかえた後には手洗いし、口移しやキスなどを避けるよう呼びかけている。

 サイトメガロウイルスは、同様に胎児に母子感染症を起こす風疹などとは違い、感染しても妊婦にはっきりした症状がないため気づきにくい。古谷野さんは「これまで難聴などの障害があっても原因がわからず、遺伝的な病気と悩んでいた家族もいたが、サイトメガロウイルスが原因の場合も多い」と指摘する。(香取啓介)

【以上で引用終わり】