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わたしはその日
岩戸の文机の上にスケッチブックをおいて
絵を描いていた
小さな かわいらしい少女の絵を
ところが
何度ペンを紙の上に走らせても
絵は浮かび上がってこない
自分の頭の中では
髪をおろしたアンや
ものといたげな顔をしたゲルダなどの
かわいい娘を描いているはずなのだが
それがぜんぜん浮かび上がってこない
でも なんども描いていると
不思議にスケッチブックの紙が
きらめいて
白く澄みあがってくるように
光って来るのだ
何だか不思議だな
まるで真珠ののし板を作っているようだなどと
考えていると
傍らから声がした
なんて馬鹿みたいなものを描くの
もっとまともな絵を描きなさい
もっと
普通の絵を描きなさい
ふり向くとそこに
黒い鶏がいた
わたしはそこで初めて
自分が夢を見ていることに気がついた
鶏は
昔いつもわたしにきかせていた言葉を
何度もつばを吐き捨てるように繰り返す
おまえはふつうのことがやれないの
おまえはあたりまえのことがなにもできないの
わたしは ふ と笑った
もう言い返すことばは準備できていた
おかあさん
普通というのは
普通ではない子がいっぱいいるということなんですよ
当たり前というのは
当たり前じゃない子がたくさんいるということなんですよ
あなたのいう
普通とか 当たり前というのは
そんなものはいないということなの
だってあなたは
自分以外の誰もが憎くて
自分以外の子をみんな殺すために
おまえは普通じゃないからだめだというのだから
そういうと 黒い鶏は
一瞬 きい と甲高い声をあげた
わたしにおそいかかってくるかと思ったが
その前に
体中の羽根がぼろぼろぬけて
足がくにゃりとまがって
そのまま 墨が床に溶けていくかのように
消えていってしまった
ああ やっと行った
もうこないだろう
あの鶏は
そう
あんなものは
馬鹿だと言って追い出してやればいいんですよ
ふと
後ろの方で声がした
ふり向いてもだれもいない
だがそれが彼の声であるということはわかった
ああ
あなただったのですね
さっきのことばは
わたしが言ったものとばかり思っていたけれど
あなたが代わりに
わたしの言いたいことを言ってくれたのですね
ええ そうですよ
さあ あなたのスケッチブックを見てみなさい
そう言われて
わたしはスケッチブックに目を落としてみた
するとそこには
何ともきれいな
大日如来のような いや観音菩薩のようにも見える
不思議な微笑みをした美しい仏が描かれていたのだ
まあ 何を描いたのだろう
わたしは
これはわたしが描いたのですか
そういうと
彼の声が答えてくれる
ええ そうですよ
あなたは一生懸命にがんばって
あなたにしか描けない
美しいものを描いていたのです
ああ こんなことがわたしにできるとは
思わなかった
なんとやさしいほとけさまだろう
さあ あなたは休んでいなさい
わたしが もう
あなたのかわりにあなたを生きる
眠っていなさい
ありがとう
わたしは
もう眠りなさい
わかりました
と
わたしは
すなお
だ
もう
黒い鶏はきません
二度と
あなたの前に現れません
だれももう
あなたを
傷つけはしない
傷つけはしない