松竹プロデューサー(のち同社会長)の城戸四郎さんが見舞った際...。
死ぬ間際、お茶の水の病院に見舞いに行った時、「城戸さん、やっぱり映画はホームドラマだ」と言っていた。色々悩んだ末、自分の撮って来たものは、これでよかったんだ、とふっ切れたのだろう。長い間悩んでいたことを証す言葉であった。 あの言葉が、小津君の私に対する遺言だったとも言える。───「小津安二郎・人と仕事」より
同時期、後輩の映画監督・吉田喜重さんに託した「映画はドラマだ、アクシデントではない」という謎めいた言葉を思い起こす。
小津さんにとって上司・城戸さんも、後輩である吉田さんも気が置けない関係とは言えず、むしろギクシャクしていた間柄だったようだが、そんな人達に(微妙にニュアンスの違いはあるものの)同じような言葉を遺していたというのは興味深いものがある。
吉田さんは以後、その言葉に引き摺られて考察を深め、「小津安二郎の反映画」という論考の一冊まで著すことになる。ここで解かれている「反復とズレ」の考察の炙り出しは同じ作品内だったり、同じような複数の作品の比較において表現されている...まるでパラレルワールド、今流行りのマルチバースとも感じ取れる。
本当に小津さんが遺した作品群は奥深く、考察も限りないのだ(^_^)
死ぬ間際、お茶の水の病院に見舞いに行った時、「城戸さん、やっぱり映画はホームドラマだ」と言っていた。色々悩んだ末、自分の撮って来たものは、これでよかったんだ、とふっ切れたのだろう。長い間悩んでいたことを証す言葉であった。 あの言葉が、小津君の私に対する遺言だったとも言える。───「小津安二郎・人と仕事」より
同時期、後輩の映画監督・吉田喜重さんに託した「映画はドラマだ、アクシデントではない」という謎めいた言葉を思い起こす。
小津さんにとって上司・城戸さんも、後輩である吉田さんも気が置けない関係とは言えず、むしろギクシャクしていた間柄だったようだが、そんな人達に(微妙にニュアンスの違いはあるものの)同じような言葉を遺していたというのは興味深いものがある。
吉田さんは以後、その言葉に引き摺られて考察を深め、「小津安二郎の反映画」という論考の一冊まで著すことになる。ここで解かれている「反復とズレ」の考察の炙り出しは同じ作品内だったり、同じような複数の作品の比較において表現されている...まるでパラレルワールド、今流行りのマルチバースとも感じ取れる。
本当に小津さんが遺した作品群は奥深く、考察も限りないのだ(^_^)