LGBTの家族と友人をつなぐ会ブログ

レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの家族や友人による会のブログです。

『ラブれたーずfrom中野』⑥

2008年11月27日 | Weblog
☆次々に届きます。『ラブれたーずfrom中野』第6弾です。だんだんと解明?に近づく男『性』像・・

ところで先日ブログでご紹介したセミナーに参加してきました。性教育協会というところが主催するセミナーでしたが、最初に「揺れるイマドキの男子の性~男子にこそ豊かな性教育を~」というタイトルで雑誌『セクシュアリティ』(こちらは性教育研究協議会の機関誌です)の編集長の関口久志さんからお話がありました。ここで関口さんは「男の子には大人の男性から正しい性教育をする必要がある。でもそれを語れる男性が少ない・・」と話されましたが、なるほど・・と思いあたりました。前回のエッセイで桑島さんがセクマイサポーターを宣言して起きた拒絶反応はすべて男性からだったと書いておられましたが、ひょっとするとこれかな・・・と。今回の「お兄心」?と関係しているのでしょうか・・?最後の「お母さん特権」わかるような気がします(笑)

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『男組認定テスト』とは?

虹色の皆さん、僕の本業は塾講師なのですが、ひとつ小論文のテスト(泣)をします!先ずは課題文から行きますよ!
「僕たちは今日「あのお方」を男たちだけで夜通し語り合うつもりだ。もちろん独身者は母に既婚者は妻に内緒だ。「あのお方」はも、も、も、もちろん男です!興奮しています!何と素晴らしい「あのお方」のお「からだ」!僕たちも上半身は脱いで裸になるかもしれない!ワクワク~」
問1:「あのお方」とは誰でしょうか?
問2:この男たちの生理+心理=性理を説明しなさい。ただし「やおい」「腐女子」以外の解釈をしなさい。
ヒントを出しましょうか?「あのお方」に心打たれて俳優になった人は唐沢寿明・沢村一樹(以下敬称略)など多数います。
虹色の皆さん、本当に書く必要はありませんが(泣)、しばらく考えながら読み続けて下さい。上記の唐沢寿明が「刺客」の沢村一樹と教授選を展開したテレビドラマ『白い巨塔』をご記憶ですか?僕はあるシーンに少し違和感を覚えたのです。末期ガンを知った財前(唐沢寿明)にライバルにして親友の里見(江口洋介)が「僕は君を支えたいんだ!」と叫んだシーンです。何か親友を越えた恋人の様な感じではっきり言えば同性愛を感じて僕は「あぁ~!やおい(腐女子)かぁ」と思いました。『白い巨塔』の原作者山崎豊子もテレビドラマの脚本家井上由美子も女性です。つまり男性を女性的に表現しています。言い換えれば男性語を女性語に翻訳しているのです。もしも僕が同じシーンを書くなら「何も言わない」か「家族の心配をする」のどちらかです。あるいは「昔話をする」です。男性は肝心な時に沈黙している方がリアリティがあります。
僕の世代では「やおい」最近は「腐女子」と呼ぶようですが、虹色の皆さんはもちろんご存じでしょうが、念のために説明すると、例えば今上映している『レッドクリフ(赤壁の戦い)』こと『三国志』の男たちが皆ラブラブな関係になってしまう同性愛的解釈です。男版『Lの世界』いや『Gの世界』です。この女性語による男性語の翻訳は誠に面白く確かに当たっているかなと思える部分もありますが、大半は誤訳?いいえ、訳せないのです。「お早よう!」は「early」?ではなく「good morning」を当てます。これをもう一度日本語に戻す時に「良い朝」?と出来ないのと同じことです。日本語に〈the〉は無いし、英語で〈私は/が日本人です〉の区別が出来ないのもそうです。
虹色の皆さん、ここでカミン…、いや正直に申告しますと、僕はラブストーリーが苦手なんです(泣)。『PSアイラブユー』ですぐ死んでしまいヒラリースワンクの思い出に生きる良き夫役のジェラルド・バトラーを見ていると300人で100万人!の敵軍に屈服せず戦い死んでいった『300』のレオニダス王役のジェラルド・バトラーが懐かしくなるのです。これは男の僕の偏見かもしれませんが、ラブストーリーは女優が輝くもので男優は添えもの?脇役の様な気がするのです。というのも男優が魅力的なのは「唯一人で敵と戦う」つまり「孤独」という男の性(さが)が出ている映画です。三船敏郎や勝信太郎それにクリント・イーストウッドにブルース・ウィリスの映画を思い出して下さい。あっ!虹色の皆さんがあまり好きでない映画=見てない映画だったらご免なさい。
さて問1の解答は「ブルース・リー(李小龍)」です!アチョー!やおい(腐女子)の標的にもなっている『北斗の拳』もブルース・リーにインスパイアされたと思うのですが、問2の模範?解答は次回に回すとして次の2つをヒントにして終わりたいと思います。「お兄(にい)心」と「お母さん特権」です。
「お兄心」はゲイの方たちが言ってる「お姉心」を逆から言った僕の造語です。次の2つのエピソードを読んで「お兄心だねぇ~」と感じた方はやおい(腐女子)的な解釈の罠?から抜けられます。
A:イチローの試合を観ていた山本益博(グルメ評論家)が「イチローさんはベンチからグランドまで必ず33歩で入りますね?」「さすが山本さんだけですよ。わかってくれているのは!」うれしそうなイチロー!
B:大阪ミナミの高級クラブで松方弘樹と清原和博が回りは皆ぶっ倒れているのに明け方まで一本ン十万円のブランデーを二人でガブ飲みしている。「オェッー(清原)」「キヨ、大丈夫か?(松方)」「松方さん、もう一本行きましょう!」「キヨ、お前は男だぁ~」(両方とも実話です)。
「お母さん特権」は僕の話をしますね。
C:僕が犬(チワワ)の散歩をしていると、微笑みかけたり、「かわいいね」「チワワ?」と話しかけたり、触ったり(オオッ~)お膝に載せたり(大胆!)する人は10人中9人、100人中96人が女性でした。恐らくこれからも。年齢はポニョ位の童女から湯婆婆位まで様々でした。フランスとコロンビアのお嬢さん?お姉さん?もいましたね。
D:僕は塾講師を始めて15年間になりますが、この間にセクハラによる解雇(泣)を恐れて僕は絶、絶、絶対に「女性」には触れ(タッチし)ませんでした。ところが女子生徒にも女子講師にも女子事務員にもそして生徒の「お母さん」にも僕は「触れられた」ことがあります。も、もちろんCのチワワと同じ意味でですよ(泣)。誤解無き様に。
次回はあの『ラストフレンズ』のオグリンと手塚治虫&宮崎駿それにブルース・リーのお話をしたいと思います。




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『ラブれたーずfrom中野』⑤

2008年11月21日 | Weblog
☆『ラブれたーずfrom中野』第5弾です。
映画『X-MEN』、私も大好きでした!(笑)みなさんはご覧になったでしょうか?一作目が出たときは「うーん、こんなこともありうるかも・・」と思いつつワクワクしながら見たのですが、イアン・マッケランやこの映画の監督がゲイであることを知ってから見た三作目では、彼らがこの映画で何を表現したかったのかをつくづくと考えさせられました。何かを知ることで映画の見方まで変わっていくものなのですね。私が単純だからでしょうか・・?(笑)
さて桑島さんが「セクマイサポーター」を宣言して起きたという拒絶とは・・?男性の「生理+心理=性理の謎」、是非知りたいです!

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『男性の生理+心理=性理の謎』

虹色のみなさん、僕の誕生日は5/25です。いや何か下さい(泣)というのではありません。英国の名優イアン・マッケランと同じ誕生日だと言いたかったのです。彼は自らゲイであることを公言している数少ないハリウッドスターであり、同性愛が罪になるシンガポールにその撤廃の提言も行っています。『XMEN』は彼の演じるマグニートー(磁石体質で鉄で出来た物は自動車も拳銃も金門橋も自由に動かしてしまう)無しでは気の抜けたSFXだけのアメコミヒーロー物になっていたと思います。マグニートーたちミュータントはその才能と個性が異質なためにマジョリティに迫害を受け戦います。ミュータントはあらゆるマイノリティのメタファーです。マジョリティ側は停戦の条件としてミュータントの異質な才能と個性つまり「自分らしさ」を〈矯正〉して「普通の人間」になれる「キュア(癒し)」という薬を打つ様に「強制」します。「共生」や「協性」は有り得ないという訳です。
イアン・マッケラン扮するマグニートーは断固拒否をしてミュータントたちの前でこう言い放ちます。「彼らは我々をキュアすると言っているがとんでもない。我々こそがキュアなのである!」この最後のセリフ〈Wearecure!〉をイアン・マッケランが朗朗と雄叫ぶ?とくらくら来ます。オバマ新大統領の「YesWecan!」並のカリスマ性です。「子犬と一緒にホワイトハウスへ」じゃないですが、子犬でないクワ犬もマグニートーに「ついていきます!」と叫びたくなりました。
さてイアン・マッケランをこよなく敬愛する僕としては僕自身に対するゲイ疑惑は何も問題ありません。ゲイだと思われてむしろ光栄です!ただ残念ながら僕は運命的にゲイに生まれついたのでは無い様です。それはKとの付き合いでわかりました。
虹色の皆さん、ここでお詫びとお断りをしておきます。「この男は虹色と言いながらG色しか無いじゃないか?!」とのお叱りごもっともです。正直に申し上げれば「gayではないguy」の限界はあると思います。ただ僕自身の内面にもあるホモ/ゲイフォビアが完全に払拭出来ないとすればそれはLやTの方たちに対してでは無いのです。例えばTSUTAYAに行って『Lの世界』の前を通っても心がざわめかないのです。個人的にはジェニファー・ビールスが好きなのでむしろときめいたり(泣)します。MtFを学んだ『トランス・イン・アメリカ』もFtMに泣いた『ボーイズ・ドント・クライ』もフェリシア・ホフマンやヒラリー・スワンクには僕はフォビアを感じません。コンプレックスもアンビバレンツも沸き起こりません。なぜでしょうか?
僕がセクマイサポーターを宣言すると「ゲイ疑惑」だけではなく激しい拒絶が起こりました。その拒絶を更に分析すると憤激が出て来ます。これは考えてみると不思議なことでした。普段は滅多に怒りを表さないタイプの人もそうだったのです。その人たちの共通点は「男性」だったことです。さらに憤激を解剖すると悲鳴いや絶叫が出て来ます。「やめてくれ!」という感じです。まるでセクマイサポーターの僕が悪人の加害者でゲイ/ホモフォビアの自分たちがまるで被害者で傷つけられたみたいな言い分です。「その話は口にするな(怒)!」「その話に触れるな(泣)!」「その話はやめてくれ(絶叫)!」こんな感じです。同じ話を女性にしても支持不支持は別にしてほとんど皆さんが冷静に聞いて下さいました。
虹色の皆さん、自称アライさんの僕がセクマイ解放運動?に何かしら貢献・寄与出来ることがあるとしたら、それは「男性優先社会」の住人である僕の中の男性の〈生理+心理=性理〉いわゆる〈男の性(さが)〉を解剖して何が出てくるのか虹色の皆さんにお見せすることだと考えるに至りました。。
二つの言葉=コンセプトを提示して虹色の皆さんにも少し考えていただければと思います。それは「お母さん特権」と「お兄(にい)心」です。ではまた!



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第21回ミーティングのご報告

2008年11月12日 | ミーティング
11月2日(日)第21回ミーティングを行ないました。参加者は20名。大阪府立大学の東優子先生をゲストスピーカーにお迎えしました。初めて参加してくださった方は6名。愛知県からのご参加もあり、また大学及び大学院で学んでおられる方がお二人、勉強にと来てくださいました。また神戸市北区の講演会を推進してくださった青少協の友人の方も報告に来てくださいました。みなさん、ありがとうございました。

東先生は大阪府人権協会でもお仕事をなさっていて、講演会なども各地で行っておられます。最近は大阪市の行政から呼ばれることが多いとか。それで、行政に対してどのような話をしているのかを紹介したい、そして他にも訴えてほしいことがあれば是非聞きたい、ということで話してくださいました。実にさまざまな観点から訴えてくださっていてとても心強く思いましたし、私たちも学ぶことが多かったです。

興味深かったお話は「LGBT問題が非常に輪郭付けにくい問題であることが、具体的な施策に結びつかない一因」ということです。2007年にアメリカで2000人に調査したところ、クローズフレンズ(仲のよい友達)10人に4人はLGBTであるという結果が出ているそうです。つまりカミングアウトが進んでいるということですね。以前スペインからの留学生にも聞いたことがあります。誰でも一人はLGBTの家族や知人がいると。それに比べ日本では、行政から見てもこの問題にリアリティがない。確かにそうかもしれません。

でもカミングアウトする人が増えなければ社会の偏見や差別をどうしようもできない、というのもおかしな話です。リアリティがないと言っても、存在することはすでにさまざまな調査から数字としても出ているわけですから。だれが当事者か・・という問題ではなく、どこにいるのか・・という問題でもなく、事実なのですから。でもまずそれを知らないということ。知らせる立場であるはずの行政や政治家、教育関係者が、です。でも今、少しずつですが先生のお話にもあったように知ろうとする努力は始まったのでしょうね。あとはこれに拍車を掛けるために何が必要なのか、ということです。

ゆっくりでいいのなら、やがては海外からの変革の波も押し寄せ社会も変わっていくでしょうから、待っていればいいのかもしれません。でもその間にも当事者の子どもたちの多くは辛い思いを抱え、カミングアウトされた親は親で辛い思いを胸に閉じ込めることが繰り返されます。先日もあるお母さまから「パソコンの履歴を見たのですが息子はどうもゲイのようです。毎日眠れません・・」といったご相談のメールが届いています。

残念ながら先生の聞きたいとおっしゃった具体的な要望について、今回は時間がなく多くの意見は出ませんでしたが、どうやって行政に働きかけていけばいいのか、どうやって啓発を広げていけばいいのか、考え、少しずつでも実行に移していかなければと思います。

東先生から下記のセミナーのお知らせをいただきました。この問題が見えていない人もまだまだたくさんいますが、一方ではこんな動きもあるのですね。とてもうれいしいことです。是非参加しようと思います。

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  財団法人 日本性教育協会(JASE)からのお知らせ
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●11月開催JASE主催セミナーのご案内です。
  まだまだ参加者を募集しています。

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 2008.11.23 開催 ━━━━┓

関西性教育セミナー2008 秋
「日本の性と社会のイマドキ」─恋愛・結婚編─
       
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛

        (財)日本性教育協会の主催で2006年に始まった
     <関西性教育研修セミナー>も、おかげさまで6回を数えます。
    今回のテーマは「日本の性と社会のイマドキ-恋愛・結婚編-」です。
      ご好評いただいた2008夏「若者編」の会場で話題にのぼった
     <性の不活発層>を取り上げる他、異性間の<結婚と離婚>、
 さらには<LGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダー)の
     恋愛・結婚・生殖>に関する話題など、多彩な講師陣をお招きして
            「性と社会のイマドキ」を切り取ります。
         秋の休日、皆さんのご来場をお待ちしています。                                   

       ◇企画・運営◇
       東  優子(大阪府立大学人間社会学部准教授)
       野坂 祐子(大阪教育大学学校危機メンタルサポートセンター講師)

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主催:  (財)日本性教育協会

日時:  2008年11月23日(日)10:00~16:30 (開場9:30)

場所:  とよなか男女共同参画推進センター「すてっぷ」
(〒560-0026 大阪府豊中市玉井町1-1 エトレ豊中5F)
TEL 06-6844-9772(総務)*場所の問合せのみ

受講料:  1,500円

定員:  35名 ※定員になり次第締め切り。

講演:  (1)揺れるイマドキの男子の性~男子にこそ豊かな性教育を~
         関口久志氏  大学講師/『セクシュアリティ』編集長

(2)結婚と離婚のイマを読み解く
         永田夏来氏  明治大学大学院兼任講師

(3)カミングアウトの足元で
         ~LGBTにとって恋愛・結婚・生殖(から)の自由とは?~
         藤井ひろみ氏 助産師/神戸市看護大学教員

申込方法:  下記の内容と、「関西性教育セミナー参加希望」と明記し
          メール、FAX、ハガキのいずれかでお申し込み下さい。
          追って、受講料の振込み先をご連絡いたします。
          (振込みの確認をもって、参加受付とします)
(1)氏名
(2)所属先(職種等)
(3)連絡先(住所・電話番号・FAX・メール)

申込先:  財団法人 日本性教育協会
         「関西性教育セミナー2008秋 申し込み」係
         (メールの最後に申込先がございます)

   申込締切:  2008年11月7日(金) 

問合せ先:  *申し込みについての問合せ・・・(財)日本性教育協会
                                TEL:03-6801-9307
        *内容についての問合せ・・・大阪府立大学・東研究室
                                TEL:072-254-9793




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河南高校「RENT」のご報告

2008年11月09日 | Weblog
またまた感動的なご報告がありました。8月にご紹介した大阪の「河南高校」のお話、覚えていらっしゃるでしょうか? BASE KOBEの繁内さんの講義(大阪府立大学)を聞いたある高校生が社会にエイズやセクシャリティの問題があることを知り、文化祭で劇をしたいと先生にお願いして、再び学校に繁内さんを呼び特別授業を受け、そして自分たちで「RENT」という劇を作り上げたのです。その文化祭のご報告を繁内さんからいただきました。

劇を見て、自分が高校生だったころをなつかしく思い出しました。純粋な子どもたちの姿に、時代は変わったように見えても、人間の心が成長していくことにはなんの変わりもないのだと実感させられます。スガさんの書かれた文章の「その後」に繁内さんの日記と担任の安田先生からのお手紙がありました。ほんとうに感動します。「教育とは共育」と言われますが、まさに子どもたちの成長と共に、先生もそこに関わった方々も多くのことを学ばれたのだと思いました。知識を伝えることに汲々としている教育に血は通いません。繁内さんのお話は単なる知識ではなく、自分のカミングアウトと生身の体験、そして感染者の方々の生身の体験が脈打っているのでしょうね。それが子どもたちの心を動かし、自ら劇を作り演じるという行動を起こすほどの高まりへと導いていった。その経緯に大人は驚き、感動し、いつの間にか見えなくなっていた人間の可能性を、将来の希望を見出す・・・
やっぱり子どもは社会の宝ですね。子どもを大切に育てなければならないと思います。

下記のアドレスから劇を見ることができますし、経緯を書いてくださっているスガさんのページにもつながっています。ほんとうに感動的です。是非是非お読みください。

http://www.basekobe.net/



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『ラブれたーずfrom中野』④

2008年11月09日 | Weblog
☆「ラブれたーずfrom中野」第4弾です。次々と展開される桑島さんの青春ライフヒストリーはなんともおもしろいです。人の実体験をおもしろいというのはとても失礼なこと・・と思いつつ、でも絵のようにその情景が頭に浮かんでついつい笑ってしまいます。今回も男子校の様子がなんともおもしろくて・・「鼻血事件」には大笑いしてしまいました。
一般世間では未だに可視化されず、教育関係者ですら「0,3%?」「0,1%?」人によっては「0,01%くらい?」と思われているLGBTの存在。私も3年前まではテレビの中の話としか思っていなかったのですが、桑島さんは20年も前から身近にゲイの友人を持ち、その存在をごく自然なものとして理解し、いまでは「セクマイ応援団長」として名乗りを上げ・・・そう考えると身近な存在こそが人の意識を変えるということ、思い知ります。ゲイ友のK君に心から「ありがとう!!」と言いたいです。

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『再び疑惑の男と呼ばれて』


虹色の皆さん、実は僕がセクシャルマイノリティのサポーターを宣言した途端に「クワケンは実は…」とのゲイ疑惑が友人や同僚の間で持ち上がりました。口に出しては言わない人も目!が「この人はゲイだったんだ…」と何とも居心地が悪そうだったことを記憶しています。特に武蔵高校以来の友人たちからは「疑惑の男アゲイン」でした。
80年代前半の僕の男子校時代のお話をしましょう。
武蔵高校ではあちらこちらでカップルが出来ていました。先輩と後輩もいたと思いますが、大抵は同級生同士でした。
武蔵高校は進学校です。授業は面白いものも多かったのですが、受験勉強ともなるとやはり無味乾燥な毎日です。と言っても女子はいないので心ときめく恋愛は「御法度」でした。男子校でのカップルは今から思えば一種の疑似恋愛だったのかもしれません。「友人以上恋人未満」あるいは「友情と恋愛の間の友愛」だったのしょうか?
Kがゲイだとカミングアウトした時に僕がそんなに驚かなかった理由はKのカップルを思い出したからです。Kは大柄の筋肉質の同級生とカップルを組んでいてなんと言うか僕など他のカップルよりも関係が濃密でした。いわゆるプラトニック(精神的)をやや逸脱した関係だったのです。まぁ「同じ紙コップから二本のストローでジュースを飲む」ぐらいで今から思えば可愛いいものでしたが。
武蔵高校は自由な校風です。私服でOK持ち物検査もありませんでした。まぁ携帯もゲームボーイもまだ無い時代でしたが、漫画は持って来て教室で読んでいました。一部授業中に回し読みです(泣)。
手塚治虫『火の鳥』白戸三平『カムイ伝』水島新司『ドカベン』と言った冒険と友情の少年漫画と同じ様に魔夜峰央『パタリロ』萩尾望都『ポーの一族』木原敏江『真利と信吾』の少女漫画の美少年と同性愛の世界も受け入れていました。特に禁断でもなく罪悪感もありませんでした。
さてKには仲の良い友人がいました。「玉三郎」君と呼んでおきます。今なら早乙女太一君の様な美少年がいたのです。「玉三郎」君は人気者でした。彼は文化祭の出しもので女装して優勝したのですが、「ウソッー!きゃっー(泣)」と遊びに来ていた女子校生から歓声と嬌声が上がったことを今も思い出します。「玉三郎」君は容姿も美しかったのですが、仕草や雰囲気も「ますらお」では無く「たおやめ」だったのです。
ある日事件が起きました。僕と「玉三郎君」がトイレで一緒になったのです。いわゆるツレションです。知り合いの男同士がツレションするとたいてい「米国の大統領はオバマになったね!」「オバマってそう言えば奥田瑛二に似てない?」なんて会話をして先に済んだ方が「お先に~」と出ていくものです。ところが「玉三郎君」の隣になった僕は異様な緊張状態に置かれて何も話せませんでした。「玉三郎君」も無言でした。手洗い場まで来たら「玉三郎君」も来て二人無言で並びました。「玉三郎君」の何とも言えない色気と妖気(泣)に包みこまれて?僕は気を失いかけました。その時鼻をツーッと鼻水?が流れました。ちょうど手を拭こうと思って出したハンカチを鼻に当てると赤くなりました。血でした。僕は鼻血を出したのです!
この話は「クワケン鼻血事件」として校内をかけめぐりました。流したのは僕自身でしたが。それ以来僕は「ゲイ疑惑の男」となって驚愕と畏敬?の念で見られる様になったのです。僕自身は当時も現在もこの出来事を恥ずかしいとか悪いとか思ったことはありません。自然なことだと感じましたが、一方でシャレだとも思って「笑い話」として受け入れました。ただそんなに深刻ではありませんが、僕は僕自身がゲイなのか?とQだったこともあったのです。
この事件を知る元武蔵高校の友人たちは僕が「セクマイ応援団長」を宣言した時に僕が遠回しにカミングアウトをしたと思い込んだのです。いきなりメールで「どうして自分の事を言う気になったの?」とある友人に聞かれたり、僕のいない場所で集まって「今までずっと秘密にしていてクワケンも辛かったんだね。」と心配してくれたそうです(泣)。
ゲイ/ホモに対する「フォビア」は「嫌悪」とか「恐怖」と訳されますが、僕は僕自身の体験と知見から「コンプレックス」の方が適していると思っています。つまり自分がゲイではないのでゲイ「フォビア」なのでは無く、自分の内にも「ゲイがいる?」という疑惑からゲイに「コンプレックス」を抱くのです。「コンプレックス」は「優越感&劣等感の複合感情」と訳されますが、僕は「こだわり」「気にさわり」の方がふさわしいと思います。
全ての「男性」は程度の差こそあれゲイに対して「コンプレックス」いや「アンビバランツ」つまり「愛情と憎悪の両方の感情」を持っていると言うのが僕の仮説です。なぜか?それは男性の女性に知られたくない「秘密」があるのです。




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「ウーマンズ・ウィークエンド」に参加しました!

2008年11月07日 | Weblog
☆11月1~3日のかけて行われた「ウーマンズ・ウィークエンド」につなぐ会のワークショップを出させていただきました。東京のお父さまからご報告をいただきました。テーマはやはり「カミングアウト」。大切なことです。

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11月1~3日に、国立オリンピック記念青少年総合センターで、第21回ウーマンズ・ウィークエンド(WWE)が開催され、11月3(月)のワークショップ「カミングアウトされたとき」というテーマで、「LGBTの家族と友人をつなぐ会」が、主催者として参加させていただきました。主催者側は、尾辻孝子さん、尾辻かな子さん、私たち2人、WS参加者は10名でした。

最初に、11月1日に放映されたNHKの「ETVワイド:LGBT」の私たちが映っている場面のビデオを見ていただき、その後にビデオの感想をお聞きしながら話を進めました。

1時間30分という短い時間ではありましたが、違う立場の方から、いろいろなお話が出ました。自分自身を受け入れるのに長い時間がかかった方、すでに両親に受け入れられている方、両親にはまだカミングアウトされていない方、友人にだけはカミングアウトされている方、弟さんにだけはカミングアウトされている方、友人からカミングアウトされた方・・・。
カミングアウトが大きなハードルであること、カミングアウトしない選択肢もあること、カミングアウトされる側を思いやることが大切であることが話題の中心になりました。

そして、カミングアウトされる側(家族、友人)を支援することの重要性を確認し、「つなぐ会」の重要性を改めて認識しました。
WWEのWSへの参加は初めてでしたが、今後も何らかの形で連携していけたらいいのではないかと思いました。

※WWEの公式HP: http://www.geocities.jp/wwe_tokyo/

以上、ご報告します。





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『ラブれたーずfrom中野』③

2008年11月01日 | Weblog
☆『ラブれたーずfrom中野』第3弾です。
 興味深い分析が続きます。お友達のKさんが、アニメに出てくる仮面ライダーの必殺技=暴力より秘密のアッコちゃんのミラクルパワー=非暴力に共感を覚えたというお話は、特に。ゲイの方たちがみんなというわけではないのでしょうが・・こんなところにも個人差はありますよね。それを「男の子はやっぱり仮面ライダー!女の子はアッコちゃん!でしょう」と思い込んでしまうのが,社会の趨勢ですね。思い返してみると私の息子は仮面ライダーを好んでいなかったようでしたが、それでも、私も「男の子はブルー、女の子はピンク!」と信じて疑わなかった母親の一人でした。ちょっと考えればそんなわけないことぐらいわかりそうなものなのですが・・子育て中には考えもしませんでした。個性が大事・・とか言いながら・・。知らないということは哀れですよね。まったく早く教えてくれればよかったのに!!・・とまあこんな親は多いはず!だから早くみんなに教えてあげましょう。
前置きが長くなりましたが、桑島さんの自己分析、どうぞお読み下さい。おもしろいです!!

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『僕の受けた性教育?』

虹色のみなさん、今回は「性」教育の話をしますが、「赤ちゃんはどうしたら…」の性教育や僕の〈性体験〉を語る(泣)のでは無いことを最初にお断りして置きます。僕の受けた〈男「性」〉教育についてお話したいのです。
まず僕は「健太郎」という名前をもらいました。健康と長男の意味を持つ男性の名前です。家族や親戚は僕を「健ちゃん」とか「健坊」と呼びましたが、僕は違和感も抵抗感もなく「健太郎」及びその愛称を受け入れて今日まで来ました。
次に僕はオムツが取れるとパンツとズボンをはかされました。七五三は五歳の時に一回だけで写真屋さんで撮った写真が残ってますが、半ズボンをはいていて金太郎飴を持っています。当時も今日も「男装」?を特に不満はなく受け入れています。今はさすがに半ズボンははきませんが(泣)。
記憶を遡れば幼稚園から一人称は「僕」あるいは「俺」でした。文章を書く場合は「私」を使う場合もありますが、このエッセイの様に「僕」を使うことがほとんどです。そしてこの一人称にも全く違和感はありません。どうも僕は椿姫彩菜さんや上川あやさんや中村中さんの様なトランス(MtF)の方たちではなくいわゆるありふれた男性のようです。さて僕が受けた最大の「男性」教育は男子校に入ったことです。僕は女子では無いことが対外的に立証された訳です。ゲイ友のKと〈在日〉の友人Nと出会ったのはこの男子校でした。中学高校が一緒の私立学校でした。武蔵高校と言います。
男子校は見渡す限り男!男!男!です。現在の武蔵高校は女性の先生方もおられる様ですが、僕が中学2年生14歳だった1980(昭和55)年は教師も生徒もみな男性でした。お兄さんにおじさんにおじいさんです。先輩や先生は僕たちのロールモデルでした。
誤解を恐れずに言えば男子校はホモ社会です。ホモはホモジーニアス=均質・同等の意味です。ノンホモ牛乳のホモのことです。
女性がいないのは寂しくてわびしいのですが、お気楽な世界でもありました。女性に気をつかわなくて(泣)あるいは心を奪われなくて(泣)良かったわけですから。母親を除いて(泣)ですが。僕たちは男同士なので感性や表現がよく似ています。僕はみんな同じ=ホモだと思い込んでいたのです。
しかしゲイ友のKは違っていました。これは最近になって教えてもらったことですが。彼は三人兄弟の真ん中でみな男なのでテレビのチャンネル戦争は起きないはずでした。しかしKはお兄さんと弟さんの視ていたアニメが正直面白くなかったそうです。『ウルトラマン』『仮面ライダー』は視ていて辛かったそうです。善悪がハッキリ分かれていて正義?の味方の主人公が必殺技=暴力!で解決するのについていけないなぁと感じていたそうです。『魔法使いサリー』『秘密のアッコちゃん』の様にミラクルパワー=非暴力で家族や友人の危機を救う物語に強く共感を覚えたそうです。
不思議なことにアニメを視ていて主人公の性と自分の性の不一致はあまり気にしません。男の子も主人公のちびまるこちゃんや岡ひろみの気持ちになって物語を体験しているのだと思いますし、女の子もアムロやクレヨンしんちゃんになりきっているのかもしれません。しかし現実に少年漫画と少女漫画が存在してその描く世界も違う所からは性が違う主人公にはやはり違和感があるのでは?とも思います。主人公の言動や心理に今ひとつ入って行けないと感ずるのがそうです。性差の問題が横たわっているのでしょうか。
物語のテーマや展開を外れて登場人物に恋情をいだくことがあります。Kと僕はここも違いました。
『魔法使いサリーちゃん』で言えばKは家族の前では「僕はカブだよ」と男の子の振りをしてサリーちゃんの心だったそうです。そしてサリーちゃんのお父さんが「好き」だったと僕に教えてくれました。僕はスミレちゃんとサリーちゃんのママに恋情を覚えていました。すみません(泣)。自分自身はよっちゃんの三つ子の弟に投影していたと記憶しています。
今回は自分の話が多く恐縮です。なぜ僕が男性であるという退屈?なお話をしたかと言うとマジョリティである男性社会のホモフォビアについて分析したいからです。僕はフォビアという語は不正確で本当はコンプレックスあるいはアンビバランツを使った方がピッタリくるとの持論を持っています。
次回をお楽しみに。


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