花浄土鹿児島

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姶良市掛橋坂 石畳の旧街道 2022/08/21(鹿児島)

2022-08-22 15:57:14 | 史跡巡り
8月21日(日)蒲生太鼓踊りは雨で中止、近くの旧街道散策に向かいました。

姶良市蒲生町の中心部から北西方向へ 以下の画像は8月21日に撮影


県道42号川内加治木線を蒲生八幡神社前から北西方向へ車で5kmほど。少し急な坂を上がり切った右手に掛橋坂(かけはしざか)入口があります。

画像は、坂の上側にある駐車場内の姶良市観光案内板の一部です。

姶良市の史跡 掛橋坂 坂の上側の案内板


坂の上の駐車場は民家が点在する細い道の終点にあり、120mほど歩くとすぐに坂の石段が見られますが、トイレはありませんので要注意です。

坂の下の駐車場は県道から200mほどの近さで、トイレが設置されています。緩やかな杉山の道を300mほど進むと、石段・石畳の坂道が現れます。

全長は約661m、石段・石畳部分は坂の上の方約337mです。坂の上の方は当時の雰囲気を色濃く感じられます。坂道往復は大変なので、一部だけ手軽に見たい方には坂の上の駐車場がおススメです。

右側には小さな滝もある 坂の上の駐車場から歩いて3分程度


ここは木立に囲まれ日当たりのない場所で、石段・石畳は苔むし、落ち葉も多く足元が不安定です。一般的な石の階段ではなく自然石に近く大きさも形も様々で滑りやすく、濡れていると足元はかなり危険です。

竹の杖を利用しましょう


私は見かけたことはありませんが、サルが出没するようです。苔むして滑りやすい石段、石畳を歩くには心強い竹の杖です。

坂の中ほどの石畳


掛橋坂について姶良市のページから引用して紹介します。

掛橋坂は、蒲生町北と西浦を結ぶ峠に見つかった石畳道。現在の県道川内・加治木線が明治時代に開通する前の旧道で、江戸時代には藺牟田・祁答院方面と蒲生を結ぶ地方街道として利用されていたと考えられます。

掛橋坂が開通した時期ははっきりしませんが、道筋には寛政8年(1796)の庚申供養碑や明和9年(1772)の馬頭観音碑があることから、遅くともこの頃までには石畳道が完成していたと考えられます。

また、石畳や石段の造り方が、大口筋白銀坂・龍門司坂(国史跡)に共通していることも、この道が江戸時代に整備された街道であることを示しています。(引用終わり)

10時32分 雨上がりで石段を水が流れていた


明け方から強い雨となり大雨警報が出ましたが、9時過ぎには止みました。昨年5月に訪れたことがあり、再訪の機会を待っていました。

前回は運動靴で、水が流れていたので滝よりも下の方へは行きませんでした。今日はゴム長靴で、竹の杖、三脚とカメラを持ちながら慎重に半歩程度ずつ歩を進めました。

少し霧もあって良い雰囲気


大雨直後で他に訪れる人などなく、2時間半ほどかけて散策と撮影を楽しみました。2018年放送のNHK大河ドラマ西郷どんを契機に駐車場が整備されたものの、コロナ禍が続き訪れる観光客は皆無と思われます。

坂の下側 終点近く この辺りは普通の山道


すぐ近くの山際には水田が残り、小さな水路横には一部イノシシが掘り返したようなところもありました。

坂の下の休憩所とトイレ


駐車場に倒れこんだ太い竹を片付けていたら、偶然近くの方が車で来られました。トイレットペーパーの不足などないか時々見に来て、市役所に連絡しているそうです。

坂の下の休憩所


身内の方が先日の加治木太鼓踊りに参加されたこと、町内の滝の話など教えてもらいました。秋にはこの坂を皆と上がっているそうです。

撮影であちこちの祭り、風景などを撮影していること、雨の日は石段に水が流れて格別に美しく再訪の機会をうかがっていたことなど話しました。

帰りは上り坂


下から見上げることで石の上を流れ落ちてくる水が特に目に付きました。日差しが出るとまた違った雰囲気が味わえることでしょう。

流れる水音が心地良い


三脚を利用したので、動画もぶれなく記録できました。水音が心地良く蝉の声も混じり、聞き飽きません。帰宅後見直すと殆どが1分以内の小間切れ動画だったのが惜しく感じました。

次も機会を見て訪れたいものですが、やはり雨の日は足元が滑りやすいので、一般的にはおススメしません。
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