もうチョットで日曜画家 (元海上自衛官の独白)

技量上がらぬ故の腹いせにせず。更にヘイトに堕せずをモットーに。

文科省の教育勅語コメントは当然

2018年10月09日 | 与党

 第4次安倍内閣に初入閣した柴山昌彦文科相が就任記者会見で述べた教育勅語に対するコメントに、またまた野党が反応している。

 問題とされる文科相のコメントは”教育勅語が持つ理念は「アレンジした形で今の道徳などに使える分野があり、普遍性を持っている」”との部分であるらしいが、これまで閣議決定された政府の統一見解そのものであり踏み込んだものではない。常々野党が反対しているのは、教育勅語が戦前の帝国主義・侵略戦争の元凶であり、教育勅語の復活は同様の事態を引き起こしかねないとする点であると理解している。しかしながら、その反対論拠は教育勅語のどの文言、どの理念から導き出された物であるのか未だに理解できない。そのようなわけで教育勅語を読み直したら合点がいく部分を見つけることができた。それは『夫婦相和シ朋友相信シ』と『一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ』という部分である。”夫婦相和シ”に反して不倫(ダブル不倫)に走り、”朋友相信シ”はどこ吹く風と離合集散を繰り返した挙句に、かっての同志を不倶戴天の徒と罵る、野党議員の生き様を否定しているからではないだろうか。更には一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ』に至っては、野党議員の云うように天皇のために死ねとか、他国への侵略を強制する文言とはとても読み取れず、強いて言うならば「緩急有れば他国に亡命する」と公言した議員のような人間にはなって欲しくないし、そういう人間を創る教育であってはならないという戒めと思う。

 以上のように斜に構えて野党の反論を聞くと、野党議員の多くが教育勅語が否定する人格に教育されており、教育勅語の理念・精神を肯定することは自己否定につながることを恐れての行動であることに由来しているのではないだろうか(笑)。天皇陛下から下賜されたという成立過程を、天皇制廃止の綱領に立って反対する共産党はともかく、教育勅語の理念にすら反対する信条が理解できない。現在の日本人に最も要求される教育理念が、教育勅語に凝縮されていると思うのだが。