佐々淳行氏が87歳の人生を閉じた。
氏は、警察官僚として一貫して警備・公安畑を歩み「あさま山荘事件」「安田講堂攻防戦」の対処に功績を挙げ、防衛官僚や内閣安全保障室長としても活躍されたと記憶している。更に特筆すべきは、防衛官僚時代に著した「危機管理のノウハウ」で、危機管理という概念を定着させたこととで、氏の公的な最後のポストである内閣安全保障室は佐々氏の能力と発信力を行政府内に留めるために新設された部署とも云われていた。氏は危機管理の巧拙が以後の国家や企業の明暗を分けると説き、そのためには想定される危機に対して事前に準備する必要性を説いた。著書を著わした前後に企業の不祥事や自然災害が相次ぎ、その多くがトップの判断ミスや初動対処の遅れによって倒産や人命被害の拡大を引き起こしたために、氏の危機管理対処の必要性が改めて認識された。その後、企業や自治体での危機管理マニュアルの作成が加速したことにより、自然災害に対する迅速な避難指示や初動対処がなされるようになり、数字では測れないものの多くの人命や企業を救ったものと思う。佐々氏に対して生前の業績に感謝するとともに、冥福を祈るものである。
佐々氏が定着させた危機管理(クライシス・マネジメント)と同義的に使用される言葉にリスク管理という言葉があるが、両者には微妙な違いがあるものの現在では同じ意味で使用されている。危機管理マニュアルは本来リスク管理の範疇と思われるが、リスク管理の言葉が使用されないのは危機という言葉が表す禍々しい衝撃が余りにも大きいことと、リスク管理というカタカナ付き表記に漢字をあてはめなかったことが原因の一つと思われてならない。八紘一宇という表現を使用した三原じゅん子氏が野党から故ない攻撃を受けたように、漢字・漢語を使用することは時代遅れの印象が囁かれる昨今であるが、佐々氏が定着させた危機管理という言葉が今以て色褪せないことは、表意文字の強さの証明でもあろうと思う。小池都知事を始めとするカタカナ語愛用者が他山の石とすべきものと思うが。