◇「1割負担」以外にも課題
ビニールシートの敷かれた倉庫。さまざまな年齢の数人が飲料ケースなどに腰かけ、はけで竹ざおに赤と白のペンキを黙々と塗っていく。
身体、知的障害者合わせて約100人が利用する美郷町の通所施設・サンワーク六郷での、町から請け負った雪道の目印「スノーポール」作り。通所者は他にも職業訓練の一環として、比内地鶏の飼育やパン製造・販売も手がけている。
作業で得る工賃は一般的に高くないが、やりがいや働く意欲の向上という効果は大きい。ただその仕事で利益が出るにはなかなか至らない。
石川悦郎施設長は「民間企業が障害者の十分な受け皿となっていない現状では、施設が働く場を提供するしかない。ただ十分な給与を払う形態にするのは難しい」と語る。
◇ ◇
06年度に障害者自立支援法が施行された。身体、知的、精神の3障害を一元化するとともに就労支援を強化して障害者の自立につなげるのが目的。国の財政負担軽減の狙いもあって、サービス利用は原則として一律1割負担となった。
物品製造などの作業も「働くための訓練」で、入浴や食事の支援を受けるのと同様にサービス利用と位置づける。それでも以前は利用料が所得に応じて決まり低所得者はわずかな負担で済んだ。しかし新制度では、障害者の手取りを大きく上回る利用料がかかるケースが多くなった。
知的障害のある次女(27)が秋田市内の通所施設に通い織物や犬用クッキー製造、リサイクルなどに取り組む秋田市の渡辺禎子さん(55)は当初「娘がいわば“会社”に行くのに、なぜお金を払わないといけないのかと感じた」と振り返る。
サンワーク六郷では法施行直後、通所していた身体障害者17人中5人が契約をやめた。自己負担が作業の工賃を上回った影響が大きく、自宅などで過ごすようになったケースが多いとみられる。
◇ ◇
同様の問題は全国で起き、強い批判を受けて国は自公政権時代から負担上限を引き下げるなど軽減措置を実施。政権交代後は住民税非課税世帯については無料化した。
民主党はマニフェストで同法の廃止を訴え、政権交代後は12年中にこれに代わる新法の国会提出を目指している。
だが石川施設長は現在の無料化について「同居する配偶者が非課税対象外なら適用されない。身体障害者の配偶者は生活を支えるため就労しているケースが多いのに」と指摘。さらに「課題は1割負担だけではない。現場レベルの困難をどれだけ詰めて議論しているのか、新法の方向性は見えない」と訴える。
◇ ◇
障害者自立支援法の施行は、施設側の経営も圧迫した。
国から施設へのサービス提供の報酬は月額から日払いに。サンワーク六郷の収入も大きく落ち込んだ。石川施設長は「国は『障害者が通所を休んだ分だけ経費も減る』と言ったが、職員の勤務や給与まで日割りにするわけにはいかない」と語る。
また同法では、障害の重さによって障害者を6段階に区分。障害者が受けられるサービスを制限し、施設側への報酬額や従業員の配置人数も定めた。
渡辺さんは市の担当者から、次女が服を自分で着られるか、食事を一人で取れるかなどを聞かれたが、形式的で一人一人に合った認定はされないのではと感じた。「本人や保護者が選ぶ施設に通えるのが一番いい。区分にとらわれず、子供の行きたい施設に行かせたい」と語る。
◇ ◇
石川施設長は現行法を「施設の設置基準緩和で地域の支援を受けやすくなるなど、メリットもあった」と認める。半面、国の厳しい財政事情を理由に方針が左右されることへの戸惑いは消えない。
「障害が重いほど国が支えるべきだが、新法についても財源ありきの議論にならざるを得ないのではないか」
渡辺さんにも不安がある。次女の障害者年金は年100万円弱。通所施設での工賃は月5000円ほど。それでも次女の自立心を尊重し、工賃を「給料」、施設へ通うことを「仕事に行く」と言っている。
夫と共働きでさしあたっての生活に問題はないが、自分たちの老後はどうなるのか。
「将来自立するのには十分でない。本人ができる仕事に就いて十分な給料をもらえる仕組みであってほしい」
毎日新聞 2010年6月22日 地方版
ビニールシートの敷かれた倉庫。さまざまな年齢の数人が飲料ケースなどに腰かけ、はけで竹ざおに赤と白のペンキを黙々と塗っていく。
身体、知的障害者合わせて約100人が利用する美郷町の通所施設・サンワーク六郷での、町から請け負った雪道の目印「スノーポール」作り。通所者は他にも職業訓練の一環として、比内地鶏の飼育やパン製造・販売も手がけている。
作業で得る工賃は一般的に高くないが、やりがいや働く意欲の向上という効果は大きい。ただその仕事で利益が出るにはなかなか至らない。
石川悦郎施設長は「民間企業が障害者の十分な受け皿となっていない現状では、施設が働く場を提供するしかない。ただ十分な給与を払う形態にするのは難しい」と語る。
◇ ◇
06年度に障害者自立支援法が施行された。身体、知的、精神の3障害を一元化するとともに就労支援を強化して障害者の自立につなげるのが目的。国の財政負担軽減の狙いもあって、サービス利用は原則として一律1割負担となった。
物品製造などの作業も「働くための訓練」で、入浴や食事の支援を受けるのと同様にサービス利用と位置づける。それでも以前は利用料が所得に応じて決まり低所得者はわずかな負担で済んだ。しかし新制度では、障害者の手取りを大きく上回る利用料がかかるケースが多くなった。
知的障害のある次女(27)が秋田市内の通所施設に通い織物や犬用クッキー製造、リサイクルなどに取り組む秋田市の渡辺禎子さん(55)は当初「娘がいわば“会社”に行くのに、なぜお金を払わないといけないのかと感じた」と振り返る。
サンワーク六郷では法施行直後、通所していた身体障害者17人中5人が契約をやめた。自己負担が作業の工賃を上回った影響が大きく、自宅などで過ごすようになったケースが多いとみられる。
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同様の問題は全国で起き、強い批判を受けて国は自公政権時代から負担上限を引き下げるなど軽減措置を実施。政権交代後は住民税非課税世帯については無料化した。
民主党はマニフェストで同法の廃止を訴え、政権交代後は12年中にこれに代わる新法の国会提出を目指している。
だが石川施設長は現在の無料化について「同居する配偶者が非課税対象外なら適用されない。身体障害者の配偶者は生活を支えるため就労しているケースが多いのに」と指摘。さらに「課題は1割負担だけではない。現場レベルの困難をどれだけ詰めて議論しているのか、新法の方向性は見えない」と訴える。
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障害者自立支援法の施行は、施設側の経営も圧迫した。
国から施設へのサービス提供の報酬は月額から日払いに。サンワーク六郷の収入も大きく落ち込んだ。石川施設長は「国は『障害者が通所を休んだ分だけ経費も減る』と言ったが、職員の勤務や給与まで日割りにするわけにはいかない」と語る。
また同法では、障害の重さによって障害者を6段階に区分。障害者が受けられるサービスを制限し、施設側への報酬額や従業員の配置人数も定めた。
渡辺さんは市の担当者から、次女が服を自分で着られるか、食事を一人で取れるかなどを聞かれたが、形式的で一人一人に合った認定はされないのではと感じた。「本人や保護者が選ぶ施設に通えるのが一番いい。区分にとらわれず、子供の行きたい施設に行かせたい」と語る。
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石川施設長は現行法を「施設の設置基準緩和で地域の支援を受けやすくなるなど、メリットもあった」と認める。半面、国の厳しい財政事情を理由に方針が左右されることへの戸惑いは消えない。
「障害が重いほど国が支えるべきだが、新法についても財源ありきの議論にならざるを得ないのではないか」
渡辺さんにも不安がある。次女の障害者年金は年100万円弱。通所施設での工賃は月5000円ほど。それでも次女の自立心を尊重し、工賃を「給料」、施設へ通うことを「仕事に行く」と言っている。
夫と共働きでさしあたっての生活に問題はないが、自分たちの老後はどうなるのか。
「将来自立するのには十分でない。本人ができる仕事に就いて十分な給料をもらえる仕組みであってほしい」
毎日新聞 2010年6月22日 地方版