人権と報道・西日本委員会 2001年5月に設置。西日本新聞の報道や取材によって名誉毀損(きそん)、プライバシー侵害などの人権問題が生じた場合、問題解決に向けて審議し、見解を示す。審議対象となる事案がない場合は人権にかかわる報道について自由に論議する。第3期委員会は09年10月発足。過去3回の会合は裁判員裁判、福岡県町村会汚職事件、認知症のお年寄りに爪切りケアを施した看護師が傷害罪に問われ、無罪確定に至るまでの報道などを検証した。
(2011年8月10日掲載)
人権と報道・西日本委員会 第3期第4回会合 東日本大震災と原発事故 生命と生存権、どう伝えたか
西日本新聞の報道や取材をめぐる人権問題を検証する第三者機関「人権と報道・西日本委員会」の第3期委員による第4回会合は7月26日、福岡市・天神の本社で開かれた。委員会から土井政和委員長(九州大大学院法学研究院教授)、上野朗子委員(裁判員裁判を育てる市民の会会員)、前田恒善委員(福岡県弁護士会人権擁護委員会委員長)の3氏全員が出席、本社側からは井上裕之編集局長など6人が参加した。委員会からの提起により、東日本大震災と原子力発電所の事故、九州電力の「やらせメール」問題をテーマに、一連の報道が「生存権」や「知る権利」にどう向き合ったかを論議した。被災地取材班キャップを務めた長谷川彰編集委員が基調報告、続いて委員と本社側が意見を交わした。
●土井氏・正確な情報が信頼生む 上野氏・読者に想像力と共感を 前田氏・権力監視が人権を守る
土井委員長 人権という観点から震災報道を考えると、生存権の保障や安否確認の問題がある。避難所で、生きていくことをいかに保障されているのか。阪神大震災と比較して、今回の震災では安否情報はどう報道され、被災者はどのように確認できたのか。食料や医療が提供できない状態も長く続いた。
前田委員 震災でメディアは何を考え、以前とどう変わったのか。原発事故は人権に直結する。権力のチェック機能がしっかりしていないと人権は擁護できない。
上野委員 震災当日は、横浜にいる長男と長女の無事を確認するのに手間取りやきもきした。関東でもこんなに心配なのに、東北の人を思うと居たたまれない。
井上編集局長 阪神と比較して、今回は被害地域が広かった。福島の原発事故では、農水産物や肉の汚染、工業製品まで複合的に被害を受けた。主な取材班だけでこれまでに13回現地に派遣したが、取材は試行錯誤だ。しかも被害は現在進行形だ。
土井委員長 病人や高齢者などの災害弱者はどうだったか。精神障害者の避難所での生活をルポして問題提起した。福祉避難所が九州にあまりない実態にまで話を広げたのは良かった。
井上編集局長 震災の教訓を九州でどう生かすか、問題提起していく。
柴田建哉報道センター部長 ある避難所がメディアに取り上げられると支援物資がどっと集まった。(取材を受けた人が迷惑を被る)メディアスクラムとは逆の状況だった。報道されないと置き去りにされるという現象も起きた。
前田委員 地震発生直後に原発のメルトダウン(炉心溶融)や大量の放射性物質漏れの恐れを指摘した人もいたのに、報道されただろうか。原発問題は報道界のタブーなのでは。電力会社が広告を出している。政官財のトライアングルにメディアも組み込まれていなかったか。読者のためなら、書くべきことは書かないといけない。
中川茂論説委員長 疲弊した地方にアメとムチで原発を押し付けることで都会の快適な暮らしが成り立つと、あらためて気付かされた。科学技術やシステムに依存しすぎて、安全神話を成長神話としてきた。日本の戦後そのものを考え直さないといけない。
安武秀明報道センター長 震災を境に豊かさや科学技術などの価値観が変わった。その変化を九州から発信できないか。九州は東北と同じ「地方」だ。
井上編集局長 東京電力や原子力安全・保安院の説明が原発事故直後と2カ月後には全く違った。事実を見抜いて書く力量がなかったメディアの弱さを反省する。
土井委員長 政府や電力会社による情報操作の色彩が強い。放射性物質が大量に放出されたという情報はどこかにあったはずだ。
井上編集局長 政府は「直ちに影響はない」と情報発信した。では、被害が長期間に及んだり、特定の地域ではどうなのか。政府は説明し過ぎると国民がパニックになると思い、メディアもそれに同調したと思う。
土井委員長 震災当初、市民の行動は極めて冷静だった。正確な情報をきちんと伝えることで信頼が生まれる。心配しすぎて書けないようでは政府の情報操作にはまる。
前田委員 安全だと報道したいという潜在的な方向性はなかったか。違うニュースソースに迫れなかったのか。
土井委員長 原発の安全神話が崩れ、これまでとは観点が違って当然だ。平和的生存権は、地球規模の環境異変のなかで、いかに平和を保つかという権利だ。人間がコントロールできないものに依存するエネルギー政策には、批判的な見方を前提として持つ必要がある。
上野委員 原発事故で当初政府が説明し報道された「安全」はうそだったと気づいた。新聞に書いてあることでも、本当なのか、誰が正しいことを話しているのかと疑うようになってしまった。
中川論説委員長 原発を「許さない」「安全だ」の二者択一ではなく、リスクはあるがどれだけ安全を確保できるのか、信頼の相場観につながる情報を紹介したい。
土井委員長 立地自治体や住民の意識の変化をフォローすると展望が見えてくるのではないか。自然エネルギーへの転換や埋蔵電力のことなど、エネルギー全体の供給バランスについて情報提供してほしい。
相浦衞読者室長 避難所で暮らす男性が、補聴器のボリュームを上げると「周囲に迷惑を掛ける」と感じている話を掲載したところ、男性を気遣う読者の電話が相次いだ。具体的なことには読者の反応も大きい。
土井委員長 社会の支援からこぼれ落ちる人がたくさんいる。社会システムとして、危機的な状況下でも受け皿を用意することが必要だ。
上野委員 社説が繰り返し書いたように、九州の私たちには「想像力と共感」が必要だ。
前田委員 九電の「やらせメール」報道には、何をいまさらという違和感がある。国民の原子力アレルギーを解消するため、国は1950年代からあの手この手でPRしてきた。今になってバッシングする報道機関も問題点を見過ごしてきた。反省すべきだ。
柴田部長 今回は、例文まで添えてメールで指示したという裏付けが取れたので大きく報じた。
井上編集局長 九電にも他の地場企業にも行政にも、不正を目こぼししたことはない。不祥事があれば厳しく書いてきた。
前田委員 佐賀県玄海町長の親族企業が九電から工事を受注した問題を報じたが、福島の事故が起きる前に書くべきだった。
中川論説委員長 原発問題では一部でジャーナリズムのもろさが出た。業界におもんぱかっているのでは、という疑念は読者にもあるだろう。「何が真実か」はメディアの重い宿題だ。今後は豊かな日本を続けるのか、違う価値の社会を目指すのか、大きな選択を迫られる。正確な情報を基に、読者とともに考えていきたい。
井上編集局長 政府や行政、権力をチェックできないと人災や人権問題につながるということを肝に銘じたい。
●土井 政和氏
▼どい・まさかず 九州大大学院法学研究院教授。専門は刑事政策。研究テーマは刑法、更生保護、少年法など多岐に及ぶ。著書に「現代刑事政策」(共著)など。1952年、愛媛県生まれ。
●上野 朗子氏
▼うえの・あきこ 「市民の裁判員制度・つくろう会」福岡代表を経て「裁判員裁判を育てる市民の会」(事務局・東京)のスタッフ。福岡県志免町在住の主婦。1955年、長崎県生まれ。
●前田 恒善氏
▼まえだ・つねよし 福岡県弁護士会人権擁護委員会委員長。福岡法務局福岡人権擁護委員協議会会長、日弁連人権擁護委員会副委員長、九弁連人権擁護委員会委員長などを歴任。1959年、長崎県生まれ。
西日本新聞
(2011年8月10日掲載)
人権と報道・西日本委員会 第3期第4回会合 東日本大震災と原発事故 生命と生存権、どう伝えたか
西日本新聞の報道や取材をめぐる人権問題を検証する第三者機関「人権と報道・西日本委員会」の第3期委員による第4回会合は7月26日、福岡市・天神の本社で開かれた。委員会から土井政和委員長(九州大大学院法学研究院教授)、上野朗子委員(裁判員裁判を育てる市民の会会員)、前田恒善委員(福岡県弁護士会人権擁護委員会委員長)の3氏全員が出席、本社側からは井上裕之編集局長など6人が参加した。委員会からの提起により、東日本大震災と原子力発電所の事故、九州電力の「やらせメール」問題をテーマに、一連の報道が「生存権」や「知る権利」にどう向き合ったかを論議した。被災地取材班キャップを務めた長谷川彰編集委員が基調報告、続いて委員と本社側が意見を交わした。
●土井氏・正確な情報が信頼生む 上野氏・読者に想像力と共感を 前田氏・権力監視が人権を守る
土井委員長 人権という観点から震災報道を考えると、生存権の保障や安否確認の問題がある。避難所で、生きていくことをいかに保障されているのか。阪神大震災と比較して、今回の震災では安否情報はどう報道され、被災者はどのように確認できたのか。食料や医療が提供できない状態も長く続いた。
前田委員 震災でメディアは何を考え、以前とどう変わったのか。原発事故は人権に直結する。権力のチェック機能がしっかりしていないと人権は擁護できない。
上野委員 震災当日は、横浜にいる長男と長女の無事を確認するのに手間取りやきもきした。関東でもこんなに心配なのに、東北の人を思うと居たたまれない。
井上編集局長 阪神と比較して、今回は被害地域が広かった。福島の原発事故では、農水産物や肉の汚染、工業製品まで複合的に被害を受けた。主な取材班だけでこれまでに13回現地に派遣したが、取材は試行錯誤だ。しかも被害は現在進行形だ。
土井委員長 病人や高齢者などの災害弱者はどうだったか。精神障害者の避難所での生活をルポして問題提起した。福祉避難所が九州にあまりない実態にまで話を広げたのは良かった。
井上編集局長 震災の教訓を九州でどう生かすか、問題提起していく。
柴田建哉報道センター部長 ある避難所がメディアに取り上げられると支援物資がどっと集まった。(取材を受けた人が迷惑を被る)メディアスクラムとは逆の状況だった。報道されないと置き去りにされるという現象も起きた。
前田委員 地震発生直後に原発のメルトダウン(炉心溶融)や大量の放射性物質漏れの恐れを指摘した人もいたのに、報道されただろうか。原発問題は報道界のタブーなのでは。電力会社が広告を出している。政官財のトライアングルにメディアも組み込まれていなかったか。読者のためなら、書くべきことは書かないといけない。
中川茂論説委員長 疲弊した地方にアメとムチで原発を押し付けることで都会の快適な暮らしが成り立つと、あらためて気付かされた。科学技術やシステムに依存しすぎて、安全神話を成長神話としてきた。日本の戦後そのものを考え直さないといけない。
安武秀明報道センター長 震災を境に豊かさや科学技術などの価値観が変わった。その変化を九州から発信できないか。九州は東北と同じ「地方」だ。
井上編集局長 東京電力や原子力安全・保安院の説明が原発事故直後と2カ月後には全く違った。事実を見抜いて書く力量がなかったメディアの弱さを反省する。
土井委員長 政府や電力会社による情報操作の色彩が強い。放射性物質が大量に放出されたという情報はどこかにあったはずだ。
井上編集局長 政府は「直ちに影響はない」と情報発信した。では、被害が長期間に及んだり、特定の地域ではどうなのか。政府は説明し過ぎると国民がパニックになると思い、メディアもそれに同調したと思う。
土井委員長 震災当初、市民の行動は極めて冷静だった。正確な情報をきちんと伝えることで信頼が生まれる。心配しすぎて書けないようでは政府の情報操作にはまる。
前田委員 安全だと報道したいという潜在的な方向性はなかったか。違うニュースソースに迫れなかったのか。
土井委員長 原発の安全神話が崩れ、これまでとは観点が違って当然だ。平和的生存権は、地球規模の環境異変のなかで、いかに平和を保つかという権利だ。人間がコントロールできないものに依存するエネルギー政策には、批判的な見方を前提として持つ必要がある。
上野委員 原発事故で当初政府が説明し報道された「安全」はうそだったと気づいた。新聞に書いてあることでも、本当なのか、誰が正しいことを話しているのかと疑うようになってしまった。
中川論説委員長 原発を「許さない」「安全だ」の二者択一ではなく、リスクはあるがどれだけ安全を確保できるのか、信頼の相場観につながる情報を紹介したい。
土井委員長 立地自治体や住民の意識の変化をフォローすると展望が見えてくるのではないか。自然エネルギーへの転換や埋蔵電力のことなど、エネルギー全体の供給バランスについて情報提供してほしい。
相浦衞読者室長 避難所で暮らす男性が、補聴器のボリュームを上げると「周囲に迷惑を掛ける」と感じている話を掲載したところ、男性を気遣う読者の電話が相次いだ。具体的なことには読者の反応も大きい。
土井委員長 社会の支援からこぼれ落ちる人がたくさんいる。社会システムとして、危機的な状況下でも受け皿を用意することが必要だ。
上野委員 社説が繰り返し書いたように、九州の私たちには「想像力と共感」が必要だ。
前田委員 九電の「やらせメール」報道には、何をいまさらという違和感がある。国民の原子力アレルギーを解消するため、国は1950年代からあの手この手でPRしてきた。今になってバッシングする報道機関も問題点を見過ごしてきた。反省すべきだ。
柴田部長 今回は、例文まで添えてメールで指示したという裏付けが取れたので大きく報じた。
井上編集局長 九電にも他の地場企業にも行政にも、不正を目こぼししたことはない。不祥事があれば厳しく書いてきた。
前田委員 佐賀県玄海町長の親族企業が九電から工事を受注した問題を報じたが、福島の事故が起きる前に書くべきだった。
中川論説委員長 原発問題では一部でジャーナリズムのもろさが出た。業界におもんぱかっているのでは、という疑念は読者にもあるだろう。「何が真実か」はメディアの重い宿題だ。今後は豊かな日本を続けるのか、違う価値の社会を目指すのか、大きな選択を迫られる。正確な情報を基に、読者とともに考えていきたい。
井上編集局長 政府や行政、権力をチェックできないと人災や人権問題につながるということを肝に銘じたい。
●土井 政和氏
▼どい・まさかず 九州大大学院法学研究院教授。専門は刑事政策。研究テーマは刑法、更生保護、少年法など多岐に及ぶ。著書に「現代刑事政策」(共著)など。1952年、愛媛県生まれ。
●上野 朗子氏
▼うえの・あきこ 「市民の裁判員制度・つくろう会」福岡代表を経て「裁判員裁判を育てる市民の会」(事務局・東京)のスタッフ。福岡県志免町在住の主婦。1955年、長崎県生まれ。
●前田 恒善氏
▼まえだ・つねよし 福岡県弁護士会人権擁護委員会委員長。福岡法務局福岡人権擁護委員協議会会長、日弁連人権擁護委員会副委員長、九弁連人権擁護委員会委員長などを歴任。1959年、長崎県生まれ。
西日本新聞