腎不全で人工透析を受ける患者は全国で約30万人。健康な人と同じように働くことができるが、週3回程度の透析治療が必要なため、パートなど雇用が不安定な人も多い。就労には職場の理解が欠かせず、夜間に透析できる医療機関も必要だ。患者団体は「特別視せずに職場で受け入れてほしい」と訴えている。
東日本に住む看護師の女性(45)は、15歳で糖尿病を発症。腎機能が低下し、6年前から人工透析を受けていた。週3回クリニックに通い、透析のない日は高齢者施設にパート勤めし、利用者の医療ケアにあたった。しかし、透析のことは職場にも、登録先の人材派遣会社にも話さなかった。
女性は「言ったらクビになると思ったから、隠した方がいいかなと。正直に伝えて理解してもらえれば最高だけど、雇う側は『休まれたら困る』と思うはず。障害者手帳1級を持っていると言ったら、どこまで受け入れてくれるか分からない」と打ち明ける。
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人工透析は腎臓に代わり、血液中の老廃物や余分な水分を取り除く治療。血液を体外に出し、浄化装置を通過させる方法が一般的だ。1回4~5時間かかり、ほぼ1日おきに透析しないと命にかかわる。身体障害者(内部障害)の認定対象で、透析患者の多くは1級に該当するという。高齢の患者が多いが、働く世代も少なくない。日本透析医学会の昨年末の調査では、65歳未満が約4割を占めた。
日中に仕事をこなすには「夜間透析」が欠かせない。田端駅前クリニック(東京都北区)は、午後7時までに入れば透析を受けられる。JR山手線の駅に近い立地から仕事帰りの患者が多く、患者の半数以上が夜間利用者。佐々木由紀子マネジャーは「早退せずに、定時退社しても間に合うので利用しやすいようだ。透析が生活や仕事上の支障にならないようサービスを提供したい」と話す。出張で上京するたびに利用する人もいるという。
しかし、夜間透析も減少傾向にある。厚生労働省の中央社会保険医療協議会(中医協)の07年度の調査では、夜間対応を廃止・縮小した医療機関が86カ所あった。患者の高齢化で夜間のニーズが減っていることや、06年度の診療報酬改定で夜間透析の加算が4割削減されたことが、背景にあるとみられる。終了時刻が早まれば患者は仕事を早めに切り上げざるを得ず、雇用の場が限られてしまう。
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岡山市内の製造会社で機械保全を担当する冨田泰智さん(27)は、夜間透析を受けながら働き始めて3年目。「夜間に透析できる病院や就労への支援があれば、透析患者も健康な人と同じように働けることを知ってほしい」と訴える。
5歳で大量のたんぱく尿が出る「ネフローゼ症候群」になり、10歳で人工透析を開始。祖父から腎移植を受けたが拒絶反応が出て、20歳から再び透析を続ける。高校卒業後は昼間に透析を受けながら、コンビニエンスストアなどのアルバイトを掛け持ちした。山間部にある自宅から、透析を受ける病院まで車で30分。できる仕事は限られていた。
不安定な収入に悩んでいた時、NPO「岡山県腎臓病協議会」に就労支援の相談窓口があることを知った。ハローワークに登録し職業訓練校に通うよう、相談員からアドバイスされた。夜間透析ができる病院を探そうと、市街地に住む妹と同居を始めた。
面接で「定時までは、いてくれないと仕事が回らない」と断られたこともあったが、現在の会社で契約社員となり、今は正社員。月・水・金曜は定時より1時間早い午後4時で仕事を終え、夜間透析に向かう。その分、火・木曜は残業することもあるという。
同協議会の宮本陽子事務局長は「外に出るのが不安で、引きこもりがちになる患者も多い。透析治療を始めた人が同じ職場で働き続けられるように、支援することも重要」と話す。
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患者団体「全国腎臓病協議会」(全腎協)は4月、透析患者への理解を深めてもらおうと、企業や事業者向けの冊子を約1万部作製した。計画的な透析治療が欠かせないが、「勤務時間の配慮があれば健康な人と変わらずに生活できる」と説明。軽度の貧血状態の人が多く、長時間の重労働は避けた方が無難だが、通常の業務なら問題ないとする。従業員が透析患者になっても特別視しないよう求め、透析しながら働く人たちの事例も紹介する。
宮本高宏会長は「透析にかかる医療費は年間400万~500万円。健康保険組合によっては、大半が企業側の負担になることもあり、雇用しにくい要因になっているのではないか」と指摘。「治療生活が長くなる青年層の患者にとって、安心して生きていくために就労の問題は大きい。雇用側は透析医療への理解を深めてほしい」と語った。
◇意欲高いのに…非正規雇用が4割
全腎協が昨夏、透析患者約150人(20~64歳)に実施した「就労に関する意識調査」によると、就労している人は79%。正社員は約半数にとどまり、パートやアルバイトが27%、契約社員や派遣社員が11%だった。
就労者のうち25%は今の仕事に「満足していない」とし、理由には「給与の額が少ない」「(透析通院などに)職場の理解がない」などが挙がった。
仕事をしていない人の77%は「就労したい」と回答した。就労していない理由は「体力に自信がない」が45%で、「就職先が決まらない」も38%いた。「透析患者だと就労しても解雇されやすいと思うか」との設問には、60%が「思う」と答えた。
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◇腎不全と透析
腎臓の機能が低下すると尿毒素が体内にたまり、むくみや高血圧、貧血などの症状が起こる。透析患者に多いのは糖尿病による腎症と、腎機能が徐々に低下する慢性糸球体腎炎。腎不全を治すには移植しかないが、拒絶反応や感染症のリスクがあり、ドナーが見つからないケースも多い。透析には多額の医療費がかかるため、「高額療養費制度」の特例措置がある。高額所得者を除き、本人負担は原則月1万円に抑えられている。
仕事が終わった後、夜間透析を受ける全腎協の俣野公利事務局長=東京都北区の「田端駅前クリニック」で、
毎日新聞 2011年8月18日 東京朝刊
東日本に住む看護師の女性(45)は、15歳で糖尿病を発症。腎機能が低下し、6年前から人工透析を受けていた。週3回クリニックに通い、透析のない日は高齢者施設にパート勤めし、利用者の医療ケアにあたった。しかし、透析のことは職場にも、登録先の人材派遣会社にも話さなかった。
女性は「言ったらクビになると思ったから、隠した方がいいかなと。正直に伝えて理解してもらえれば最高だけど、雇う側は『休まれたら困る』と思うはず。障害者手帳1級を持っていると言ったら、どこまで受け入れてくれるか分からない」と打ち明ける。
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人工透析は腎臓に代わり、血液中の老廃物や余分な水分を取り除く治療。血液を体外に出し、浄化装置を通過させる方法が一般的だ。1回4~5時間かかり、ほぼ1日おきに透析しないと命にかかわる。身体障害者(内部障害)の認定対象で、透析患者の多くは1級に該当するという。高齢の患者が多いが、働く世代も少なくない。日本透析医学会の昨年末の調査では、65歳未満が約4割を占めた。
日中に仕事をこなすには「夜間透析」が欠かせない。田端駅前クリニック(東京都北区)は、午後7時までに入れば透析を受けられる。JR山手線の駅に近い立地から仕事帰りの患者が多く、患者の半数以上が夜間利用者。佐々木由紀子マネジャーは「早退せずに、定時退社しても間に合うので利用しやすいようだ。透析が生活や仕事上の支障にならないようサービスを提供したい」と話す。出張で上京するたびに利用する人もいるという。
しかし、夜間透析も減少傾向にある。厚生労働省の中央社会保険医療協議会(中医協)の07年度の調査では、夜間対応を廃止・縮小した医療機関が86カ所あった。患者の高齢化で夜間のニーズが減っていることや、06年度の診療報酬改定で夜間透析の加算が4割削減されたことが、背景にあるとみられる。終了時刻が早まれば患者は仕事を早めに切り上げざるを得ず、雇用の場が限られてしまう。
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岡山市内の製造会社で機械保全を担当する冨田泰智さん(27)は、夜間透析を受けながら働き始めて3年目。「夜間に透析できる病院や就労への支援があれば、透析患者も健康な人と同じように働けることを知ってほしい」と訴える。
5歳で大量のたんぱく尿が出る「ネフローゼ症候群」になり、10歳で人工透析を開始。祖父から腎移植を受けたが拒絶反応が出て、20歳から再び透析を続ける。高校卒業後は昼間に透析を受けながら、コンビニエンスストアなどのアルバイトを掛け持ちした。山間部にある自宅から、透析を受ける病院まで車で30分。できる仕事は限られていた。
不安定な収入に悩んでいた時、NPO「岡山県腎臓病協議会」に就労支援の相談窓口があることを知った。ハローワークに登録し職業訓練校に通うよう、相談員からアドバイスされた。夜間透析ができる病院を探そうと、市街地に住む妹と同居を始めた。
面接で「定時までは、いてくれないと仕事が回らない」と断られたこともあったが、現在の会社で契約社員となり、今は正社員。月・水・金曜は定時より1時間早い午後4時で仕事を終え、夜間透析に向かう。その分、火・木曜は残業することもあるという。
同協議会の宮本陽子事務局長は「外に出るのが不安で、引きこもりがちになる患者も多い。透析治療を始めた人が同じ職場で働き続けられるように、支援することも重要」と話す。
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患者団体「全国腎臓病協議会」(全腎協)は4月、透析患者への理解を深めてもらおうと、企業や事業者向けの冊子を約1万部作製した。計画的な透析治療が欠かせないが、「勤務時間の配慮があれば健康な人と変わらずに生活できる」と説明。軽度の貧血状態の人が多く、長時間の重労働は避けた方が無難だが、通常の業務なら問題ないとする。従業員が透析患者になっても特別視しないよう求め、透析しながら働く人たちの事例も紹介する。
宮本高宏会長は「透析にかかる医療費は年間400万~500万円。健康保険組合によっては、大半が企業側の負担になることもあり、雇用しにくい要因になっているのではないか」と指摘。「治療生活が長くなる青年層の患者にとって、安心して生きていくために就労の問題は大きい。雇用側は透析医療への理解を深めてほしい」と語った。
◇意欲高いのに…非正規雇用が4割
全腎協が昨夏、透析患者約150人(20~64歳)に実施した「就労に関する意識調査」によると、就労している人は79%。正社員は約半数にとどまり、パートやアルバイトが27%、契約社員や派遣社員が11%だった。
就労者のうち25%は今の仕事に「満足していない」とし、理由には「給与の額が少ない」「(透析通院などに)職場の理解がない」などが挙がった。
仕事をしていない人の77%は「就労したい」と回答した。就労していない理由は「体力に自信がない」が45%で、「就職先が決まらない」も38%いた。「透析患者だと就労しても解雇されやすいと思うか」との設問には、60%が「思う」と答えた。
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◇腎不全と透析
腎臓の機能が低下すると尿毒素が体内にたまり、むくみや高血圧、貧血などの症状が起こる。透析患者に多いのは糖尿病による腎症と、腎機能が徐々に低下する慢性糸球体腎炎。腎不全を治すには移植しかないが、拒絶反応や感染症のリスクがあり、ドナーが見つからないケースも多い。透析には多額の医療費がかかるため、「高額療養費制度」の特例措置がある。高額所得者を除き、本人負担は原則月1万円に抑えられている。
仕事が終わった後、夜間透析を受ける全腎協の俣野公利事務局長=東京都北区の「田端駅前クリニック」で、
毎日新聞 2011年8月18日 東京朝刊