乳幼児期にかかったポリオ(小児まひ)が原因で、50~60代になると手足の筋力低下やしびれ、痛みなどの症状が現れ、日常生活に支障を来す人が増えている。これは「ポストポリオ症候群(PPS)」と呼ばれ、ポリオの再発ではなく、2次障害とされる。1950~60年代に全国で患者が多発したポリオは、九州でも61年に大流行しており、専門家は「PPSが今後、増える可能性がある」と警鐘を鳴らしている。
PPSは、ポリオにかかって手や足に障害が残った人たちが、障害がない部位に過度の負担をかける生活を続ける中で、それまで正常だった運動神経細胞が徐々に壊れ、転倒や骨折を繰り返したりするもので、ポリオとは別の疾病。
専門の医療チームがある産業医科大(北九州市)の蜂須賀研二教授(リハビリテーション医学)によると、今年は11月までにPPSの症状を訴える10人が受診。年間受診者が最多だった昨年と並んでおり、今後も増えるとみられる。
生ワクチンの普及により国内では2000年に根絶が宣言されたポリオだが、厚生労働省の調査(06年)では全国のポリオ経験者は約4万3千人。PPSに有効な薬はなく、リハビリやマッサージ、補装具の活用などで進行を遅らせるしかない。PPSを相談できる専門病院も少ない。
全国のポリオ経験者団体でつくる「全国ポリオ会連絡会」(神戸市)は8月、PPS患者たちが自身の症状や日常生活上の工夫などを紹介する冊子「ポストポリオと生きる」を発行。「ポリオは終わった病気ではない」と訴えている。
■ポリオ、終わった病気ではない 久留米の女性、患者の連携呼びかけ
九州のポリオ経験者でつくる「エンジョイポリオの会」メンバーの城島朋子さん(60)=福岡県久留米市=は1歳の時、ポリオを発症した。左足にまひが残る。40代になると右足も弱くなり、54歳のとき、ポストポリオ症候群(PPS)と診断された。「ポリオは根絶されたが、決して終わった病気ではない」と訴える。
城島さんは中学まで、歩く姿を周りにからかわれるのが嫌で、毎朝ほかの子どもたちよりも1時間早く登校した。「足が悪い子」という印象を払拭(ふっしょく)しようと、大きな声で話し、笑顔を絶やさないよう心掛ける少女時代だった。
保育士を目指して入学した専門学校の教官からは「就職の世話はできない」と言われた。不自由な体では仕事は無理だ、と告げられたように受け止めた。声楽で鍛えた声を生かそうと、電電公社(現NTT)に就職。優秀なオペレーターとして注目された。営業もこなし、出張では重い荷物を抱え、指導者として全国を飛び回った。周りに「障害者だからできない」と言わせたくなかった。
異変を感じたのは、40歳を過ぎたころから。毎日のように転倒し、1年に2回は骨折するようになった。不自由な左足をかばうため、使いすぎた右足が弱り、歩行が困難になった。
国内では1981年以降、自然感染のポリオ患者はゼロ。受診した病院では「ポリオ(患者)を診たことがない」と言われた。症状が老化ではなく、ポリオの2次障害だとが分かったのは2007年。城島さんは今、室内と長時間の外出では車いすを使う。
PPSを診察できる医師は少ない。城島さんらは昨春、福岡市で開かれたリハビリテーション医学学会の会場ロビーで「私たちを診てくれる先生はいませんか」と声を張り上げた。「自分と同じように、病気の正体が分からないでいる患者もいるのでは」と、冊子に自身の体験談を執筆した。「同じ苦しみを持つ患者同士、情報交換しながら病気と付き合っていきたい」と呼び掛ける。
▼PPSのメカニズムと対策=蜂須賀研二・産業医科大教授に聞く
幼少期にポリオにかかった人が数十年後、なぜ後遺症のない手や足などに筋力低下や痛みなどの症状が出るのか-。ポストポリオ症候群(PPS)の症例に詳しい産業医科大の蜂須賀研二教授(リハビリテーション医学)に発症のメカニズムと対処法を聞いた。
-どんな症状か。
「例えば、幼少期のポリオ発症により、片足が不自由だった人が50~60代になると、正常だと思っていた足=健側(けんそく)=も徐々に動かなくなり、転倒したり、骨折したりするようになる。車いす生活を余儀なくされる人も少なくない」
「電気を通して健側の足の筋肉を調べると、脳梗塞や老化のために不自由になった人の足とは明らかに違う波形が現れる。こうした異常な筋力低下をPPSという。1980年代に米国で言われ始めた。ポリオウイルスに感染したが、まひが出なかった不顕性感染と呼ばれる人がPPSを発症したとの報告もある」
-原因は。
「健常者が左右の手足に半分ずつの負担をかけて生活しているのに対し、ポリオ経験者は長年、健側により多くの負担を強いている。健側の神経も当初のポリオ感染により、何らかのダメージを受けている可能性が高い。そこに過度な負担をかけ続けることで運動神経が傷み、筋肉がなくなっていくと考えられている」
-患者数は。
「2000年に北九州市内のポリオ経験者を調べたところ、約76%がPPSに該当した。有病率は10万人当たり18・2人と推計される。差別を恐れて『自分はポリオ経験者だ』と言えなかった人が多数いる。その人たちが老齢期に入ってくる。症状は老化現象ではなくPPSの可能性があり、今後増えると思われる」
-対策は。
「有効な薬はない。進行を遅らせるためには早めに専門医に相談してほしい。筋力が弱っているので、片足の補装具についても脳梗塞の人なら約1・5キロのものを使うが、PPSの人には重すぎる。症状に合った軽い素材を使った補装具を着ける必要がある」
「ポリオ経験者は、幼少期から『頑張れば歩けるようになる』『歩かないと(足が)弱くなる』と思い、訓練を続けてきた人が多い。しかし、PPSには逆効果で、症状を悪化させる。頑張り続ける生活を見直し、過度な運動を避けることを強く訴えたい」
▼ポリオとポストポリオ症候群(PPS)=ポリオは、ウイルスが中枢神経に感染して発熱や頭痛などの後、手足のまひを引き起こす病気。障害が残ることもある。5歳以下の子どもに多発した。1949~61年は毎年千人以上が発症。生ワクチンを投与する予防接種により感染者が激減し、81年以降は国内で自然感染による発症はゼロになった。ポストポリオ症候群(PPS)は、ポリオ経験者が、数十年後に新たな筋力低下や関節の痛みなどを発症する病気。後遺症のある同じ手や足に現れることが多いが、他の手足に発現することもある。
全国ポリオ会連絡会の冊子を手に、患者間の連携を呼びかける城島朋子さん=福岡県久留米市
=2013/12/23付 西日本新聞朝刊=
PPSは、ポリオにかかって手や足に障害が残った人たちが、障害がない部位に過度の負担をかける生活を続ける中で、それまで正常だった運動神経細胞が徐々に壊れ、転倒や骨折を繰り返したりするもので、ポリオとは別の疾病。
専門の医療チームがある産業医科大(北九州市)の蜂須賀研二教授(リハビリテーション医学)によると、今年は11月までにPPSの症状を訴える10人が受診。年間受診者が最多だった昨年と並んでおり、今後も増えるとみられる。
生ワクチンの普及により国内では2000年に根絶が宣言されたポリオだが、厚生労働省の調査(06年)では全国のポリオ経験者は約4万3千人。PPSに有効な薬はなく、リハビリやマッサージ、補装具の活用などで進行を遅らせるしかない。PPSを相談できる専門病院も少ない。
全国のポリオ経験者団体でつくる「全国ポリオ会連絡会」(神戸市)は8月、PPS患者たちが自身の症状や日常生活上の工夫などを紹介する冊子「ポストポリオと生きる」を発行。「ポリオは終わった病気ではない」と訴えている。
■ポリオ、終わった病気ではない 久留米の女性、患者の連携呼びかけ
九州のポリオ経験者でつくる「エンジョイポリオの会」メンバーの城島朋子さん(60)=福岡県久留米市=は1歳の時、ポリオを発症した。左足にまひが残る。40代になると右足も弱くなり、54歳のとき、ポストポリオ症候群(PPS)と診断された。「ポリオは根絶されたが、決して終わった病気ではない」と訴える。
城島さんは中学まで、歩く姿を周りにからかわれるのが嫌で、毎朝ほかの子どもたちよりも1時間早く登校した。「足が悪い子」という印象を払拭(ふっしょく)しようと、大きな声で話し、笑顔を絶やさないよう心掛ける少女時代だった。
保育士を目指して入学した専門学校の教官からは「就職の世話はできない」と言われた。不自由な体では仕事は無理だ、と告げられたように受け止めた。声楽で鍛えた声を生かそうと、電電公社(現NTT)に就職。優秀なオペレーターとして注目された。営業もこなし、出張では重い荷物を抱え、指導者として全国を飛び回った。周りに「障害者だからできない」と言わせたくなかった。
異変を感じたのは、40歳を過ぎたころから。毎日のように転倒し、1年に2回は骨折するようになった。不自由な左足をかばうため、使いすぎた右足が弱り、歩行が困難になった。
国内では1981年以降、自然感染のポリオ患者はゼロ。受診した病院では「ポリオ(患者)を診たことがない」と言われた。症状が老化ではなく、ポリオの2次障害だとが分かったのは2007年。城島さんは今、室内と長時間の外出では車いすを使う。
PPSを診察できる医師は少ない。城島さんらは昨春、福岡市で開かれたリハビリテーション医学学会の会場ロビーで「私たちを診てくれる先生はいませんか」と声を張り上げた。「自分と同じように、病気の正体が分からないでいる患者もいるのでは」と、冊子に自身の体験談を執筆した。「同じ苦しみを持つ患者同士、情報交換しながら病気と付き合っていきたい」と呼び掛ける。
▼PPSのメカニズムと対策=蜂須賀研二・産業医科大教授に聞く
幼少期にポリオにかかった人が数十年後、なぜ後遺症のない手や足などに筋力低下や痛みなどの症状が出るのか-。ポストポリオ症候群(PPS)の症例に詳しい産業医科大の蜂須賀研二教授(リハビリテーション医学)に発症のメカニズムと対処法を聞いた。
-どんな症状か。
「例えば、幼少期のポリオ発症により、片足が不自由だった人が50~60代になると、正常だと思っていた足=健側(けんそく)=も徐々に動かなくなり、転倒したり、骨折したりするようになる。車いす生活を余儀なくされる人も少なくない」
「電気を通して健側の足の筋肉を調べると、脳梗塞や老化のために不自由になった人の足とは明らかに違う波形が現れる。こうした異常な筋力低下をPPSという。1980年代に米国で言われ始めた。ポリオウイルスに感染したが、まひが出なかった不顕性感染と呼ばれる人がPPSを発症したとの報告もある」
-原因は。
「健常者が左右の手足に半分ずつの負担をかけて生活しているのに対し、ポリオ経験者は長年、健側により多くの負担を強いている。健側の神経も当初のポリオ感染により、何らかのダメージを受けている可能性が高い。そこに過度な負担をかけ続けることで運動神経が傷み、筋肉がなくなっていくと考えられている」
-患者数は。
「2000年に北九州市内のポリオ経験者を調べたところ、約76%がPPSに該当した。有病率は10万人当たり18・2人と推計される。差別を恐れて『自分はポリオ経験者だ』と言えなかった人が多数いる。その人たちが老齢期に入ってくる。症状は老化現象ではなくPPSの可能性があり、今後増えると思われる」
-対策は。
「有効な薬はない。進行を遅らせるためには早めに専門医に相談してほしい。筋力が弱っているので、片足の補装具についても脳梗塞の人なら約1・5キロのものを使うが、PPSの人には重すぎる。症状に合った軽い素材を使った補装具を着ける必要がある」
「ポリオ経験者は、幼少期から『頑張れば歩けるようになる』『歩かないと(足が)弱くなる』と思い、訓練を続けてきた人が多い。しかし、PPSには逆効果で、症状を悪化させる。頑張り続ける生活を見直し、過度な運動を避けることを強く訴えたい」
▼ポリオとポストポリオ症候群(PPS)=ポリオは、ウイルスが中枢神経に感染して発熱や頭痛などの後、手足のまひを引き起こす病気。障害が残ることもある。5歳以下の子どもに多発した。1949~61年は毎年千人以上が発症。生ワクチンを投与する予防接種により感染者が激減し、81年以降は国内で自然感染による発症はゼロになった。ポストポリオ症候群(PPS)は、ポリオ経験者が、数十年後に新たな筋力低下や関節の痛みなどを発症する病気。後遺症のある同じ手や足に現れることが多いが、他の手足に発現することもある。
全国ポリオ会連絡会の冊子を手に、患者間の連携を呼びかける城島朋子さん=福岡県久留米市
=2013/12/23付 西日本新聞朝刊=