ゴエモンのつぶやき

日頃思ったこと、世の中の矛盾を語ろう(*^_^*)

小児まひ「2次障害」増加 大流行から半世紀、手足のしびれや筋力低下

2013年12月24日 03時24分58秒 | 障害者の自立
 乳幼児期にかかったポリオ(小児まひ)が原因で、50~60代になると手足の筋力低下やしびれ、痛みなどの症状が現れ、日常生活に支障を来す人が増えている。これは「ポストポリオ症候群(PPS)」と呼ばれ、ポリオの再発ではなく、2次障害とされる。1950~60年代に全国で患者が多発したポリオは、九州でも61年に大流行しており、専門家は「PPSが今後、増える可能性がある」と警鐘を鳴らしている。

 PPSは、ポリオにかかって手や足に障害が残った人たちが、障害がない部位に過度の負担をかける生活を続ける中で、それまで正常だった運動神経細胞が徐々に壊れ、転倒や骨折を繰り返したりするもので、ポリオとは別の疾病。

 専門の医療チームがある産業医科大(北九州市)の蜂須賀研二教授(リハビリテーション医学)によると、今年は11月までにPPSの症状を訴える10人が受診。年間受診者が最多だった昨年と並んでおり、今後も増えるとみられる。

 生ワクチンの普及により国内では2000年に根絶が宣言されたポリオだが、厚生労働省の調査(06年)では全国のポリオ経験者は約4万3千人。PPSに有効な薬はなく、リハビリやマッサージ、補装具の活用などで進行を遅らせるしかない。PPSを相談できる専門病院も少ない。

 全国のポリオ経験者団体でつくる「全国ポリオ会連絡会」(神戸市)は8月、PPS患者たちが自身の症状や日常生活上の工夫などを紹介する冊子「ポストポリオと生きる」を発行。「ポリオは終わった病気ではない」と訴えている。

 ■ポリオ、終わった病気ではない 久留米の女性、患者の連携呼びかけ

 九州のポリオ経験者でつくる「エンジョイポリオの会」メンバーの城島朋子さん(60)=福岡県久留米市=は1歳の時、ポリオを発症した。左足にまひが残る。40代になると右足も弱くなり、54歳のとき、ポストポリオ症候群(PPS)と診断された。「ポリオは根絶されたが、決して終わった病気ではない」と訴える。

 城島さんは中学まで、歩く姿を周りにからかわれるのが嫌で、毎朝ほかの子どもたちよりも1時間早く登校した。「足が悪い子」という印象を払拭(ふっしょく)しようと、大きな声で話し、笑顔を絶やさないよう心掛ける少女時代だった。

 保育士を目指して入学した専門学校の教官からは「就職の世話はできない」と言われた。不自由な体では仕事は無理だ、と告げられたように受け止めた。声楽で鍛えた声を生かそうと、電電公社(現NTT)に就職。優秀なオペレーターとして注目された。営業もこなし、出張では重い荷物を抱え、指導者として全国を飛び回った。周りに「障害者だからできない」と言わせたくなかった。

 異変を感じたのは、40歳を過ぎたころから。毎日のように転倒し、1年に2回は骨折するようになった。不自由な左足をかばうため、使いすぎた右足が弱り、歩行が困難になった。

 国内では1981年以降、自然感染のポリオ患者はゼロ。受診した病院では「ポリオ(患者)を診たことがない」と言われた。症状が老化ではなく、ポリオの2次障害だとが分かったのは2007年。城島さんは今、室内と長時間の外出では車いすを使う。

 PPSを診察できる医師は少ない。城島さんらは昨春、福岡市で開かれたリハビリテーション医学学会の会場ロビーで「私たちを診てくれる先生はいませんか」と声を張り上げた。「自分と同じように、病気の正体が分からないでいる患者もいるのでは」と、冊子に自身の体験談を執筆した。「同じ苦しみを持つ患者同士、情報交換しながら病気と付き合っていきたい」と呼び掛ける。

 ▼PPSのメカニズムと対策=蜂須賀研二・産業医科大教授に聞く

 幼少期にポリオにかかった人が数十年後、なぜ後遺症のない手や足などに筋力低下や痛みなどの症状が出るのか-。ポストポリオ症候群(PPS)の症例に詳しい産業医科大の蜂須賀研二教授(リハビリテーション医学)に発症のメカニズムと対処法を聞いた。

 -どんな症状か。

 「例えば、幼少期のポリオ発症により、片足が不自由だった人が50~60代になると、正常だと思っていた足=健側(けんそく)=も徐々に動かなくなり、転倒したり、骨折したりするようになる。車いす生活を余儀なくされる人も少なくない」

 「電気を通して健側の足の筋肉を調べると、脳梗塞や老化のために不自由になった人の足とは明らかに違う波形が現れる。こうした異常な筋力低下をPPSという。1980年代に米国で言われ始めた。ポリオウイルスに感染したが、まひが出なかった不顕性感染と呼ばれる人がPPSを発症したとの報告もある」

 -原因は。

 「健常者が左右の手足に半分ずつの負担をかけて生活しているのに対し、ポリオ経験者は長年、健側により多くの負担を強いている。健側の神経も当初のポリオ感染により、何らかのダメージを受けている可能性が高い。そこに過度な負担をかけ続けることで運動神経が傷み、筋肉がなくなっていくと考えられている」

 -患者数は。

 「2000年に北九州市内のポリオ経験者を調べたところ、約76%がPPSに該当した。有病率は10万人当たり18・2人と推計される。差別を恐れて『自分はポリオ経験者だ』と言えなかった人が多数いる。その人たちが老齢期に入ってくる。症状は老化現象ではなくPPSの可能性があり、今後増えると思われる」

 -対策は。

 「有効な薬はない。進行を遅らせるためには早めに専門医に相談してほしい。筋力が弱っているので、片足の補装具についても脳梗塞の人なら約1・5キロのものを使うが、PPSの人には重すぎる。症状に合った軽い素材を使った補装具を着ける必要がある」

 「ポリオ経験者は、幼少期から『頑張れば歩けるようになる』『歩かないと(足が)弱くなる』と思い、訓練を続けてきた人が多い。しかし、PPSには逆効果で、症状を悪化させる。頑張り続ける生活を見直し、過度な運動を避けることを強く訴えたい」


 ▼ポリオとポストポリオ症候群(PPS)=ポリオは、ウイルスが中枢神経に感染して発熱や頭痛などの後、手足のまひを引き起こす病気。障害が残ることもある。5歳以下の子どもに多発した。1949~61年は毎年千人以上が発症。生ワクチンを投与する予防接種により感染者が激減し、81年以降は国内で自然感染による発症はゼロになった。ポストポリオ症候群(PPS)は、ポリオ経験者が、数十年後に新たな筋力低下や関節の痛みなどを発症する病気。後遺症のある同じ手や足に現れることが多いが、他の手足に発現することもある。


全国ポリオ会連絡会の冊子を手に、患者間の連携を呼びかける城島朋子さん=福岡県久留米市

=2013/12/23付 西日本新聞朝刊=

介助中に男性入所者を蹴る 男性職員が虐待

2013年12月24日 03時21分24秒 | 障害者の自立
  諌早市の障害者施設で職員が入所者に暴行を加えるなどの虐待行為があったことがわかりました。通報を受けた県が今年7月に立ち入り調査を行っていて改善するよう指導していました。

虐待行為があったのは諌早市の障害者施設「むつみの家」です。施設によりますと、40歳代の男性職員が20歳代の男性入所者に対し移動の介助などの際に頭を叩いたり蹴ったりするなどの暴行を加えていたということです。男性入所者にケガはありませんでしたが暴行は2、3年ほど前から確認されていました。関係者から県への通報で発覚し、県は今年7月、立ち入り調査を行って一部の行為を虐待と認定して改善するよう指導しています。施設はすでに男性入所者の保護者に謝罪と説明を行っていて、男性職員を担当から外すなどの対応をとったということです。施設側は「再発防止に向け、 研修会を開くなど、施設全体で取り組んでいきたい」と話しています。

[ 12/23 19:19 長崎国際テレビ]



視覚障害への理解訴え

2013年12月24日 03時12分54秒 | 障害者の自立
 「第27回障害者問題を共に考えよう小浜フォーラム&クリスマスパーティー」(実行委主催)が22日、小浜市の市総合福祉センターで開かれた。スーダン人留学生で目が不自由なモハメド・オマル・アブディンさん(35)が来日15年の体験を通じて日本語で障害者への理解を求める講演を行い、180人が聴き入った。

 視覚障害者も就ける日本の鍼灸(しんきゅう)を知って98年に来日。県立盲学校(福井市)に通い、小浜市の鍼灸院でも研修を受けた。現在、東京外大大学院で学んでいる。

 講演テーマは来日体験をつづった著書と同じ「わが盲想」。日本語(標準語)と福井弁、鍼灸用語を覚えた頃、小浜市を訪れて嶺北地方との言葉のイントネーションの違いに驚いたことを紹介した。点字を覚えて日本の歴史や文学の本などを多読し、「点字で本を読むことで自由を感じた。学ぶことは権利で、生きること」と強調した。「日本に渡来(トライ=挑む)した」など「おやじギャグ」もまじえて、参加者の笑いを誘っていた。


来日体験を通じて障害者への理解を求める講演をするアブディンさん(小浜市総合福祉センターで)

(2013年12月23日 読売新聞)

「尊厳の保障」国も動く…2013年回顧

2013年12月24日 03時02分06秒 | 障害者の自立

<全国初「県手話条例」成立>

 手話を言語と位置づけ、聴覚障害者が暮らしやすい社会の実現を目指す全国初の「県手話言語条例」が10月8日に県議会で成立しました。全国の聴覚障害者が「人間としての尊厳が保障された」と喜んだ、歴史的な日となりました。

 条例は、手話を「独自の言語体系を有する文化的所産」と位置づけ、県民や市町村に普及の努力を求め、使いやすい環境整備も盛り込みました。

 成立後間もなく施行され、2か月半近く。同様の取り組みは全国に広がっています。北海道では石狩市議会が今月、手話に関する基本条例を可決し、新得町も手話言語条例の検討を進めているといいます。国に手話言語法(仮称)の制定を求める意見書は、富山、鳥取両県議会のほか、石川県白山市など複数の市町村議会でも可決されています。

 一方、国の動きもありました。2006年12月に国連で採択された障害者権利条約の批准に向け、今月4日の国会で同条約締結が承認されました。11年8月には障害者基本法が改正され、今年は障害者総合支援法の施行、障害者差別解消推進法の成立と、国内法の整備が進められた成果です。

 県内では、啓発DVDや学校で手話を教えるための指導手引書の作成が進められ、手話講座が企業や学校などで開催され始めました。定例知事会見にも手話通訳者がつき、インターネット中継で伝えられています。

 24日午後3時からは、タブレット端末を使った遠隔手話通訳サービスのモデル事業が始まります。手話通訳者が少ない現状を踏まえた対応で、当初は聴覚障害者17人が参加。米子市のNPO法人「コミュニケーション支援センターふくろう」に常駐する手話通訳者(1人)が、端末を通して聴覚障害者と聞こえる人それぞれに通訳を行います。鳥取市の県庁総合受け付けにもタブレット端末が置かれ、登録者でなくても、県庁の利用案内や手続きなどを聞く際に利用できるそうです。

 条例施行後、県や県ろうあ団体連合会などには、「手話や聴覚障害者のことを知りたい」という問い合わせが相次いでいます。同連合会の石橋大吾事務局長(40)は「今まで聴覚障害者を見てくれなかった人が、振り向いてくれるようになった。手話でなくても、身ぶりでコミュニケーションしようとするなど、少しずつ変化が出てきている」と喜んでいました。

 県によると11月には、熊本県の聴覚障害者から「移住したい」との相談も寄せられたそうです。全国から注目されている県の取り組み。理解の広がりと、「鳥取県モデル」と言われるような仕組みの確立を願ってやみません。


手話言語条例が成立し、喜びを分かち合う平井知事(左)と聴覚障害者ら(10月8日、県議会本会議場で)

(2013年12月23日 読売新聞)

コンサート:知的障害者ら、みんな楽しく演奏−−鹿児島市 /鹿児島

2013年12月24日 03時00分54秒 | 障害者の自立
 鹿児島市吉野町の障害者支援センター「しょうぶ学園」の利用者と職員で作る音楽集団「otto&orabu」(おっとあんどおらぶ)のコンサートが22日、同市城山町のかごしまメルヘン館であり、約100人が独創的な楽曲を楽しんだ。

 「otto&orabu」は、知的障害者の個性を音楽で表現しようと、2001年に結成。福森伸園長が作曲を担当し、アフリカの太鼓・ジャンベなど打楽器を中心とした演奏と叫び声を組み合わせた公演を県内外で開いている。

 メルヘン館でのコンサートは初めて。メンバー28人が穏やかなメロディーやアップテンポなリズムに乗せた計6曲を披露した。ダイナミックなダンスも飛び出し、観客は興味深そうに聴き入っていた。

毎日新聞 2013年12月23日 地方版