「娑婆(しゃば)での生活にようやく慣れてきた」「自分も働いて収入を得たい」
10月15日午後7時すぎ。関西のある更生保護施設の会議室で、元受刑者の入所者7人が車座に並べたパイプ椅子(いす)に座っていた。軽度の知的障害を持つ入所者の姿もある。日中は各自、仕事や住居を探しに外出するため、集まれるのは夜間ぐらいしかない。
ただの談笑ではない。対人関係で直面する問題を想定した社会生活技能訓練(SST)の一幕だ。
この施設はコミュニケーションに時間を割いてSSTを行っている。講師を務める精神保健福祉士の女性(33)が、その狙いを明かした。「刑務所では、安心して正直に話せる機会が少ない。『どんな話でも聴いてもらえる』と思わせることで、やる気を引き出したい」
原則半年という短い入所期間では、参加者の入れ替わりが激しい。雑談で一人一人の性格や知能レベルを把握し、より効果的な授業をしたいといった思惑もあるという。
1回きりの限界
更生保護施設による元受刑者への支援は、寝食の提供や職探しの手伝いにとどまらない。この施設は「新しい生き方スタート講座」として、飲酒や薬物などに関する1回1時間の再犯防止教育を全7回設けている。そのうち1回分を、SSTに充てているのだ。
一見すると充実したプログラムのようだが、精神保健福祉士の女性は意外にもこう語った。「SSTは反復が重要。現状では本来の効果が期待できない」
PFI刑務所の播磨社会復帰促進センター(兵庫県加古川市)では、SSTは最長34回に及ぶ。知人とすれ違ったときのあいさつから就職試験の模擬面接まで内容は幅広く、実践訓練を重ねることで効果を上げようとしている。
一方でこの施設では、ごく一部の参加者しか実演に挑戦できない。
この日は薬物犯罪で服役していた元受刑者の男性が、再び薬物を勧められる場面を想定した練習に臨んだ。が、相手は別の入所者。逃げ場をふさぐようなきわどい言葉はなく、たどたどしいせりふを10分足らず交わしただけで、実演は終わってしまった。
SOSを出す
刑罰による償いを終えた「累犯障害者」がスムーズに社会の一員となるには、刑務所にいるうちから教育されることはもちろん、出口にある更生保護施設でも切れ目のないプログラムを受けることが理想だ。
だが、現実は厳しい。法務省によれば、全国の更生保護施設104カ所(当時)のうち、平成24年度にSSTを行ったのは3分の1強の34カ所。この施設でさえ、外部の専門家を講師に招くようになったのはまだ3年ほど前と、歴史は浅い。
民間の善意をよりどころとする更生保護施設では、教育に充てる費用も人員も限られる。そんな中で、SSTを行うことにどんな意味があるのだろうか。
精神保健福祉士の女性は言う。「福祉や医療の存在を知ってもらうだけで意味がある。施設を出て、社会で再び罪を犯しそうになったとき、助けを求められることを思いだせるからだ」
累犯障害者が刑務所に舞い戻り、再び社会から遠ざかる事態を避けたい。これは刑罰の現場で活動する人たちにも共通する願いだ。
塀の中から出口、そして社会へ。途切れることなく寄り添う福祉の力が、改めて問われている。
2014.12.31 産経ニュース