知的と身体の障害がある息子の将来を悲観した伊藤紀幸(49)は、決意した。息子の就職先がないなら、この子が生きていけるよう必死で働いて金をためよう、と。
向かった先は格付け会社ムーディーズ・ジャパン。採用募集をしていたわけではなかったが、自らを売り込むと、アナリストとして採用された。日本格付研究所を退社。深夜まで働く生活が再び、始まった。
2002年のある日、たまたま読んだ新聞記事が伊藤の人生を大きく変える。
記事はヤマト運輸の元会長(故人)が私財を投じ、福祉財団を設立。障害者の賃金が健常者と比べ著しく低い現状を憂い、障害者の雇用創出と自立支援を目指したパンの製造・販売チェーン「スワンベーカリー」を展開するに至った、との内容だった。
衝撃だった。「わが身さえ良ければいいという考えの自分に気付かされた」と伊藤。障害のある息子を持つ親として、障害者が生き生きと働く場をつくることこそが、自分の務めではないか。そんな思いに突き動かされた。
半年悩んだ末、ムーディーズに辞表を提出する。その後、不動産鑑定士の資格を生かし個人事務所を設立。資金を蓄えながらこの先、どんな事業を展開するか探った。それからちょうど10年後の12年11月、「ショコラボ」(横浜市都筑区)はオープンした。一般の会社の資本金に当たる設立時財産は、2500万円だった。
ショコラボの看板商品「ショコラ棒」とドライフルーツチョコ
一時は、もんじゃ焼き店やカレー店も検討したというが、最終的にチョコレートへとたどり着いたのは「単に夫婦そろってチョコが好きだから」と笑う。しかし実際には、飲食店の場合、店舗の内装などにコストがかかるとの助言を踏まえての決断だった。
ショコラボには「ショコラ」と「ラボラトリー(工房)」を掛け合わせたほか「健常者と障害者のコラボ」、そして「プロフェッショナルと障害者のコラボ」の思いも込めた。
現在、10代後半から40代半ばまでの障害者約20人が働くが、看板商品の「ショコラ棒」や「ドライフルーツチョコ」は、有名パティシエの監修の下で誕生したという。脂肪分の高いクーベルチュールチョコレートなど、使用する材料にもこだわりを持っている。
伊藤は力を込める。「障害者の手作り製品だからと、お涙ちょうだいで買ってもらうのではなく、本当においしいと思って買ってもらいたい。そうでなければ、持続的なビジネスとして成り立たなくなる」
だからスタッフには、スイーツ作りに携わる者としての自覚と誇り、責任を求める。その半面、できる限りの報酬を支払いたい-。そう考えた。 =敬称略
2015.01.09 【神奈川新聞】