みんなで支える体制を 11月、道内初の家族会
交通事故や病気で脳に重い障害を受け、意思疎通が難しいうえ、自力で食事や移動ができなくなり、寝たきりの生活を強いられる遷延性意識障害(せんえんせいいしきしょうがい)。11月には、道内で初めて、同じ障害のある患者とその家族らでつくる「北海道遷延性意識障害者・家族の会」が発足する。背景には「患者を介護するには家族だけでは限界があり、社会で支える体制を整えてほしい」という切実な思いがある。
「頭が痛い」。札幌市に住むA子さんの長男(15)がそう訴えたのは3年前の夏のことだ。生まれつき頭の中に髄液が過剰にたまる水頭(すいとう)症を患っていたが、それまで幸いにも体への影響はなく、剣道も水泳もやる元気な子だった。
A子さんは寝れば治ると気にもとめていなかった。だが、様子を見に行くと、食べものを吐いていた。慌ててかかりつけ医に見せたが、「異常なし」と言われた。念のため、数日後に総合病院に転院。そこで、容体が急変した。
顔色は真っ青で唇はむらさき色、口からよだれが出て、呼んでも返事がない。そんな状態だった。髄液を頭の中から体に流す手術で一命を取り留めたものの、もういつもの息子ではなくなっていた。
■全国に5万5千人
A子さんは悔やんでも悔やみきれなかった。でも、立ち止まっていられない。家事を除き、1日の大半を病院で過ごしてきた。
息子にとって大切なのは刺激を与え続けること。絶えず声をかけ、体が固まらないように手足を動かすなどのリハビリを繰り返す。入院当初は目も口も開きっぱなしだったが、今年に入り、名前を呼ぶと反応するようになり、表情も出てきた。3年間で身長は10センチ伸び、体重も10キロ増えた。
今月、長男は一時外泊で自宅に戻った。A子さんは「長男を家に戻したい。でも、在宅で介護するためには金銭的なことを含めて行政の支えが欠かせない」と訴えた。
A子さんの長男のような遷延性意識障害の人は、全国に5万5千人いると言われる。だが、国も道も実態を把握し切れていないため、行政の対応は患者やその家族の要望に応じ切れていないのが実情だという。
札幌市内の会社員Bさんも、そんな思いを抱く1人。2011年秋、妻が原付きバイクで買い物に行く途中、乗用車に衝突され、頭を道路にたたきつけられた。手術を受けるも意識がない状態。医師の「記憶も言葉も戻らない。これ以上よくならない」との説明に、Bさんは言葉を失った。
■月に100万円の負担
幸運だったのは、交通事故で同じ障害を負った人を受け入れる道内唯一の専門病床に入院できたこと。約3年間、充実したリハビリを受け、妻は快方に向かった。意識を取り戻し、今では食事も自分で食べられるようになり、「おはよう」「いただきます」などの簡単な言葉を話せるまでに回復した。
千日を超える闘病生活を経て、8月から自宅に戻った妻。24時間介護が必要なため、障害者総合支援法に基づく重度訪問介護サービスを受けることにした。それでも、リハビリや入浴などは公的ヘルパー1人では手が足りず、自己負担でさらに2人に来てもらっている。支払額は月100万円を超えるという。「こうした障害者を支える仕組みを考えてほしい」。Bさんは、同じ悩みを抱える人たちに呼びかけ、家族会立ち上げを準備してきた。
04年には遷延性意識障害の患者の家族会の全国組織が発足、各地で八つの家族会が活動している。道内では11月1日、札幌市内で初めて発足する。
自宅で患者を介護する場合、24時間のケアが必要な人も少なくなく、家族の肉体的、金銭的負担は重い。交通事故で障害を負った長男を持つ発起人の1人は「孤立感を深めている家族が悩みを共有するとともに、乏しい介護や医療体制の改善を求めていきたい」と会への参加を呼びかけている。
会が発足する11月1日午後1時半から、札幌市教育文化会館(中央区北1西13)で、遷延性意識障害の治療に詳しい「とまこまい脳神経外科」の高橋義男(たかはしよしお)医師が記念講演を行う予定。問い合わせは電子メールで。koishigawa-s@khai.plala.or.jpへ。(佐藤一)
遷延性意識障害日本脳神経外科学会は《1》自力で移動できない《2》自力で食べることができない《3》失禁状態《4》目でものを追えるが、認識できない《5》声は出るが、意味のある言葉が言えない《6》簡単な指示に応じても、それ以上の意思疎通はできない―という状態が3カ月以上続いた場合を遷延性意識障害と定義している。「植物状態」ともいわれ、自発呼吸がある点で脳死状態とは異なる。
09/01 北海道新聞