横須賀総合医療センター心臓血管外科

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心臓人工弁の選択・機械弁

2018-02-18 03:29:37 | 弁膜症
弁膜症手術で最も多い手術の一つは人工弁置換です。大動脈弁狭窄症や僧房弁狭窄症などは、人工弁置換が基本的に人工弁置換の対象となり、特に近年増加している大動脈弁狭窄症は、人工弁置換の最も多い適応疾患です。

人工弁には機械弁と生体弁があります。

 機械弁はパイロライトカーボンという、炭素素材、いわゆる鉛筆の芯のような炭のもとになるような素材を17000℃の窯で三日間焼き固めたような素材です。これを産業ロボットがハウスという羽を入れて固定する素材と、二枚の羽に削って、それを鉄粉処理で磨いてできます。アメリカのミネソタ州にあるセントジュードメディカル社の工場を見学したことがありましたが、本当にまさに精密な工場で、最終工程は、アジア人のおばちゃんが手縫いでカフを付けたりしていました。オートメーション化可能な部分が多い為か、おそらく生産コストは生体弁よりも安価らしく、購入に関して生体弁よりも値引き額が一般に大きく、保険償還価格も生体弁よりも若干お安く設定されています。

 人工弁の初期モデルはラムネのガラス玉が上下するような形のボール弁というものから、一枚の羽が傾斜する一葉弁の時代があり、1970年代から現在の二枚羽の形態になっています。もともとの大動脈弁は三枚の羽(弁尖)でできており、これに真似て、三枚羽の人工弁が研究され学会発表などで聞いたこともありますが、最近は三枚羽の人工弁の実用化は難しいようで、現在の二枚羽が究極の形と言われています。機械弁ではセントジュードメディカル(SJM)弁が世界でも国内でも最も多く使用されており、他にATS弁、Sorin社製のSlimline、On X弁などが国内では使用されています。SJM弁も、ATS弁も最近は他企業に買収され、歴史ある人工弁の名称も今後変わっていってしまう可能性があります。

 機械弁の特徴として、耐久性が優れている反面、血栓が付きやすいので一生涯、ワーファリンという抗凝固薬を内服し続ける必要があります。抗血小板薬であるアスピリンと併用するのが今は一般的で、ガイドラインでも推奨されています。機械弁の対象は、65歳未満の比較的若年の患者さんや妊娠を希望する若い女性(機械弁が入っている女性は原則ワーファリン禁忌と言われていますが、実際には服薬の調整など行って妊娠・出産に成功した事例もあるそうです)。若い時に移植された患者さんでは数十年、機械弁を使用して元気にしている人もたくさんいます。定期的に病院でワーファリンの至適内服量を決めるために凝固検査(PT-INR:プロトロンビン時間)を測定する血液検査が必要です。INR値が2-3を目安に内服量を調整しますが食べたものや体調によって数値が変化するため、変動が大きい患者さんでは、比較的頻繁に検査する必要がありますが、数値が安定している患者さんでは2~3か月に一回の検査の人もいます。ワーファリンはビタミンKをブロックすることで抗凝固作用を発揮するため、ビタミンKの豊富な納豆やクロレラ、青汁などは摂取できません。第X因子阻害剤など新しい抗凝固薬が近年開発され、ワーファリンに代わる薬剤として期待されましたが、ワーファリンのほうがまだ優れているという理由で未だ代替薬はありません。

 現在人工弁置換を受ける患者さんの年齢が、社会の高齢化に伴ってどんどん上昇しているため、機械弁が使用される頻度が著しく減少しています。2007年くらいまでは、生体弁と機械弁では、機械弁の使用頻度が高く、一般に7割は機械弁と言われてきましたが、その頃から生体弁の使用頻度が逆転して増加しています。横須賀市立うわまち病院心臓血管外科では、心臓の手術を受ける患者さんの1/3が80歳以上となっており、機械弁の使用頻度は1割にまで減少しています。

特に2017年のアメリカの弁膜症ガイドラインで、より生体弁の推奨年齢が広がり、50歳未満は機械弁、50~70歳は患者さんのチョイスも含めた検討、70歳以上は生体弁の推奨となりました。これにより50歳でも生体弁を希望すれば、とくに躊躇することなく生体弁を移植するケースが増えると考えられます。最近は、TAVI(経カテーテル的大動脈弁位生体弁移植術)が進化し、生体弁の中に新しい弁をカテーテル的に移植も可能となってきました。生体弁が壊れても、新しい弁を再開胸せずに移植が可能となり、より生体弁を選択されるチャンスが増えています。また、抗石灰化処理や新しい心膜処理の方法によって生体弁の寿命も20年以上に延長が期待されており、時代は生体弁の時代となっています。
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