1990年10月から翌年9月まで1年間、全45話が放映されました。放映枠はテレビ朝日系列の日曜夜8時で『西部警察』シリーズから続く刑事ドラマ枠。
本作は日テレの『刑事貴族』から舘ひろしを強引に降板させて主演に引っ張り込んだと云われる、石原プロモーション制作の人情系刑事ドラマです。
当時の私は全く興味が沸かず、見向きもしませんでした。近年CATVでやってたのを何本か観ましたが、やっぱり惹かれるものが無かったですね。他局から主役を横取りしてまで創った番組がこれかよ?って、少々腹が立った位です。
まず、誰もが首を傾げずにいられない、意味不明なタイトル。Wikipediaによると「社会において市民を守る警察官は、企業において社員達を守る代表取締役みたいなもの」っていう意味があるらしいんだけど、無理がありませんか?w めっちゃ「後付け」臭いですよね。
本当にそういう発想から生まれたタイトルなんだとしても、説明されずに視聴者がそれを読み取る事は100%不可能でしょう。だから上記の意味付けはカモフラージュで、実は全然違う意図が隠されてるんじゃないかと私は思ってます。
その裏にある意図とは、石原プロの前作『ゴリラ/警視庁捜査第8班』における主役4人の内、今回は(そして次作『愛しの刑事』も)神田正輝さんだけレギュラーを外されてる事から察するに、当時の石原プロ社長だった渡 哲也さんが、次期社長は「正輝じゃなくて、ひろし。お前だぞ」っていう、社内人事を暗に予告した暗号じゃないでしょうか?w
それはつまり「正輝よ、辞表はいつでも受けとるぞ」っていうw、遠回しな辞職勧告にもなってたりするのかも?なんて、ゲスな勘ぐりを入れたくなるくらい不自然なタイトルです。
そんな事を渡さんが考えるとは思えない(思いたくない)んだけど、小林専務ならやりかねない。クレジットにも「企画=小林正彦」って、単独でドーンと名前を出してますからね。実質的に当時の石原プロを動かしてたのは、小林専務です。
石原プロを経営危機から救ったのは確かに小林専務かも知れないけど、ダメにしちゃったのも多分、小林専務。後に渡さん、舘さん、神田さんが重役を降りて石原まき子さんに全権を委ねたのは、モンスター化した小林専務を石原プロから追放する為の苦肉策だった、とも噂されてます。
その真偽はともかく、この時点じゃ神田さんをハブにして舘さんを次期社長に据えようと専務が目論んでたのは、まず間違いないだろうと思います。私がこのドラマに乗って行けないのは、そのせいもあるかも知れません。
だって神田さんは、’70年代半ばに石原裕次郎さんが自らスカウトし、石原プロ初のTVドラマ『大都会/闘いの日々』で芸能界デビューさせた、つまり手塩にかけた生粋の石原プロ俳優ですよ。
それが、ずっと後から入って来たミュージシャン上がりの舘ひろし(渡さん派である事を公言)を、裕次郎さん亡き後に引っ張り上げるのは、イヤな感じがしませんか? いくら弱肉強食の世界とは言え、やり方が汚いです。
『ゴリラ』が失敗に終わったのも、石原プロ内じゃ神田さんのせいにしてる節があります。『あぶない刑事』は成功したのに『ゴリラ』がダメだったのは「舘の相方になる俳優が違ったからだ」って。
確かに『あぶデカ』は柴田恭兵さんの存在なくしては成功しなかっただろうけど、だからこそ『ゴリラ』は企画そのものが間違ってたワケで、その責任は神田さんじゃなくて「企画=小林正彦」にあるんじゃないの?って、私は思うんですが。
『あぶデカ』が当たれば形だけコピーして、『はぐれ刑事純情派』が当たればコロッと人情路線にチェンジしちゃう。企画って、そんな安易な発想でやるもんじゃないでしょう?
まぁ、何もかも私の邪推に過ぎず、神田さんが外されたのも、実はご自身が「もう刑事役は飽きた。社長もやりたくない」って言われたからかも知れません。
だけど、社員のそんなワガママが絶対に許されないのが石原プロですよね? だからこそ舘さんも、お気に入りの『刑事貴族』から泣く泣く降りられたワケですから。
そもそも、かつて『大都会』シリーズを軌道に乗せてくれた日テレを裏切って、放映局をテレ朝に鞍替えした裏側には、相当どす黒いお金が動いたらしい、みたいな噂も流れてました。
それも真偽は知りようが無いけれど、火の無い所に煙は立ちません。少なくとも日テレ側が好き好んでヒット番組を手放すワケが無いですから、石原プロ側が裏切った図式は歴然としてます。
そんな強引かつダーティーなイメージを自ら世間に植え付けて来た石原プロが、今さら人情路線でイメチェンしようったって、そりゃどうにも無理がある。はっきり言って嘘臭い。なにせ暴力路線があまりにハマり過ぎてましたw
かと言って、被災地等でのボランティア活動に対して「偽善だ」などとケチをつけるつもりは毛頭なくて、ああいう事が出来る財力や行動力を持つ人達には、どんどんやって頂きたいと思ってます。
だけどTVドラマは、堂々と嘘がつける作り物の世界です。だからこそ、良い子ぶらずにダーティーなイメージを逆手にとって、暴力路線を突っ走るぐらいの潔さを見せて欲しかった。
ドラマとしてのクオリティーは、決して低くなかったと思います。メインライターに市川森一さんを迎え、多彩なゲスト俳優を起用して、今回は物量よりも中身で勝負しようっていう意気込みは伝わって来ます。
だけど、当時にして既に刑事物のジャンルはマンネリを極めてましたから、正攻法でやるならよっぽど魅力的なキャストを揃えないと、視聴者は食いつかないですよ。
係長(決して代表取締役ではない)役に昇進した舘さんはとりあえず置いといて、刑事を演じるメンバーが高松英郎、川野太郎、谷川 竜、池田政典、市川翔子(25話まで)、木之原賀子(25話より)、署長に安部譲二、そして課長に渡 哲也。
ほか、舘さんの元婚約者に根本りつ子、弟に沖田浩之、渡さんの娘に酒井法子、妻に阿木燿子といったセミレギュラー陣。
とにかくレギュラー刑事達に魅力が無さ過ぎます。華も無いし、ちゃんと芝居出来る人が高松さんと川野さん位しか見当たらない! 谷川竜さんは『ゴリラ』で1年間やって来た成果がまるで見られないし、安部譲二さんに至っては完全にド素人ですよ!w(安部さんは当時売れてたノンフィクション作家です)
そんな安部さんのチョー棒読み台詞がクセになっちゃう♪みたいな楽しみ方も出来なくはないけど、これはドラマであってバラエティー番組のコントとは違いますからね。
で、舘さんと渡さんは基本的に、演技よりもキャラクターで魅せる俳優さんです。ドンパチやってる分には格好良いけど、人情ドラマとなると「ああ、やっぱ演技力は無いんやなぁ……」って、あらためて気づかされちゃう。私は気づきたくなかったですよ。
ただ、舘さんや渡さんのファンの方なら、苦手な分野で悪戦苦闘してるお二人の姿に、かえって萌える事は出来るかも知れません。もはや私は、そういう視点でしか『代表取締役刑事』を楽しむ事が出来ませんでした。
それとレギュラーキャスト陣が地味な分、このドラマはゲスト俳優にメジャーな人をよく起用してくれてますから、その顔ぶれや組み合わせで楽しむ方法もあります。
特に三浦友和さんや神田正輝さん、西山浩司さん等、『太陽にほえろ!』や『西部警察』でレギュラー刑事役だった人達の登場は嬉しいですね。
神田さんは最終回のゲストって事で、いちおう花を持たせてもらった形でした。私は納得出来ませんけれど。谷川竜がずっと出てて、なんで神田さんがゲスト扱いなのか?って。
優秀なビジネスマンって、だいたいクリエイターには向いてないですよね。小林専務って人は、たぶん角川春樹さん等と同じタイプで、ドラマの内容にまで深く関わるべきじゃなかった。
経営に求められるセンスと、作品創りに求められるセンスとはまるで違う。野球やサッカーのチームを経営する人が、選手と一緒に試合に出てどうすんねん?って話です。
何から何まで小林専務のせいにしちゃいましたがw、とにかく『ゴリラ』以降における石原プロの迷走ぶりは、ちょっと痛々しく私の眼には映ってました。