こころの文庫(つねじいさんのエッ!日記)

家族を愛してやまぬ平凡な「おじいちゃん」が味わう日々の幸せライフを綴ってみました。

結婚にいたる道

2014年11月29日 00時15分23秒 | おれ流文芸
 一歩を踏み出させた母の言葉

短大を卒業した後、子どもの頃からの夢だった保母の仕事を得て、もう毎日が充実していました。
 その頃、結婚を約束してつきあっていた彼も、私が自分の夢を実現させるその日まで待っていてやると見守っていてくれていたのです。
 いつになるか判らない結婚を待つのは、若い私と違って、十三歳年上の彼には大変なものだったでしょうが、「遅れついでだし、どちらかが何かに未練を残したまま結婚したって長続きしっこないだろう」と笑って許してくれる彼でした。それで当然とばかり、彼に甘えて保母の仕事に燃えた私は、どうやら彼に対する思いやりに欠けていたのかもしれません。その無責任さに気づけない若さでした。
 その罰が当たりました。
 保母の仕事にもようやく慣れて、「さあ、もっと!」と欲を覚えた時、私は自分の妊娠に気づきました。
 働いていた保育園は、保母は結婚すると退職が不文律になっていました。それに結婚もしないで母親になるなんて、とても考えられない私でした。私は迷いに迷った末に、彼に妊娠の事実を打ち明けました。
 いつも明解な彼が、酷く躊躇しながら答えてくれました。
「もし、君が仕事に夢の実現を目指していなかったら、俺だって迷いはしない。すぐ結婚して、二人で家庭を築くさ。ただ、君の意思を……?」
 私は無言で俯いていました。胸の中は、葛藤が渦巻いていました。受け持っている可愛い園児らの顔が次々と浮かんできます。その仕事と引き換えに、結婚し出産し母親になるなんて想像すらできない状態でした。
「それでも、君は赤ちゃんを始末するなんて考えるな。そないなこと……君は君の夢だった自分の仕事を裏切ることになってしまうやろ。君は保母にかけた夢を自分で踏みにじってしまうんや。そんなの、悲しいし、許されへんことや」
 彼は怒ったような口調で吐き出しました。
 見ると、彼は地面を睨みつけて肩先を僅かに震わせていたのです。まだまだ言い足りないことがあるのに、それ以上は、私への思いやりもあって、口にできないという様子がありありでした。
「無責任かもしれないけど、君自身が決めろ、絶対後悔しないように。情けないけど、俺は待ってるしかできへん。ゴメンな」
 別れ際に彼は真剣な表情で、そう言いました。
「アホッ!そんなの決まったことやないの。あんたに、赤ちゃんをどうにかしてしまうなんてできるかいな。そんな薄情な子に育ててないんやから、私もお父さんも」
 切羽詰まった状況を私から聞いた母は、反射的に私を叱りました。
「それでも……」
「間違った口答えはせんとき。たった一人の自分の子に愛情を持てないで、たくさんの人様のお子さんの保育やなんて、そんなのおかしいやろがな。よう考えてみ」
 自分の子供を産めなかった母でした。そう、母は私を育ててくれた二人目の母なのです。地のつながらない娘である私に深い愛情を注いでくれた母。おっちょこちょいで不器用な母でした。でも、いつだって傍にいてくれる母。その母が、これまで見せたことのないキツイ表情で私を見詰めていました。
「結婚しなさい。あの誠実な彼なら、絶対大丈夫。もし違ったら、あたしを責めたらええ」
 彼のことは母にだけ打ち明けていました。彼との楽しい日々を話す娘に笑顔で頷いてくれていた母でした。実物の枯れに会ったことはない母の保障なのに、それは有無をいわせぬ力強いものがありました。
 翌日にはもう、母は彼がやっている喫茶店を訪ねてくれていました。
「男であるあなたが、しっかりと引っ張ってやらなきゃダメでしょ。女に決めさせるなんて、男としてなってないわよ。男のあなたが、ちゃんと行動してやらないと。あの子、あなたなら、信じてついていく気なんだから。私も応援するから、行動するんよ。二人の問題は、二人で解決しないと誰もしてくれないでしょ」
 母の、そのきつい言葉に彼は何も言い返せなかったと、後で教えてくれました。私と彼は結婚への道を踏み出しました。
 そうなると、問題なのは頑固な私の父でした。普通の娘らしい結婚と幸せを掴んでほしいと願ってくれている父が、十三も歳の差のある彼との結婚を許してくれるとは、とても考えられませんでした。
 でも、私と彼の二人三脚の走りに障害など関係ありません。それに母という力強い味方がついていました。
「お父さんはキッチリした性格だから、世間の常識通りに、お仲人さんをたてて、彼に結婚の申し込みをさせたら大丈夫。理屈っぽい分、理にかなったものには何もいえないから」
 母の助言で、仲人を頼んだ彼は父の前に緊張しながら立ちました。
 頑固な父も、ちゃんと手続きを踏んだ彼の結婚の申し込みを前にしては、頭から反対もできなかったのでしょう。彼を認めてくれました。もちろん、父の柔軟な態度には、母の辛抱強い働きかけがあったのは解っていました。
 五か月後、私は彼と結婚しました。職場も辞して、私は新しい生活に一歩踏み出したのです。彼のやっている喫茶店で、慣れない接客もガムシャラに打ちこみました。
 出産した日、私を、夫となった彼と母が傍で見守っていてくれました。
 夫は私と赤ちゃんの無事を確認すると、嬉しさを隠さず、仕事に戻っていきました。
「おめでとう。今日から、この子の保母さんに専任やで。頑張りがいあるで」
 母の言葉に、しっかりと頷いた私は、一人の母親に変身していました。
 この娘と、夫と歩む人生がいま、始まる!胸が熱い私でした



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