菜の花の記憶
朝早くに田舎の父が、
「ほら、春の味や。料理して食べろ」
と、いっぱい菜の花を摘んできてくれた。
ところが、さて調理の段になって、菜の花を手にひと思案。夫婦そろって菜の花を食べたことがないから、調理法に見当がつかない。
「まずアク抜くのよね」
「ワラビと一緒だろ」
「でも灰がないし…」
「油で揚げたらどうだ。精進料理みたいにさ」
と、ケンケンガクガクの末に、料理書を引っ張りだしてみたりしたが、結局、父に電話をかけて訊いた。
「ウーン。わしもよう知らんのやけど…湯がいて水にさらしてみたらどうだ」
と案に相違して、えらく自信がなさそうな口ぶり。それでも、野菜づくりに長年親しんできた父の言葉だからと、さっそく実行した。湯を沸かして菜の花を放り込む。三分ちょっとで鍋ごとおろして湯を捨てる。すぐに冷水にはなつ。
ひと晩、水にさらした菜の花を、おひたしと胡麻和えにした。結構いける味である。ちょっぴり残る苦味も、春の味わいと考えれば、気にもならない。
「菜の花が、こんなふうに食べられるなんて知らなかったわ。これが本当の季節の味なのね」
町育ちの妻はキャッキャッとはしゃぎながら食べている。
「オレも知らなかった……」
言いかけてハッと気づいた。
知らなかったわけじゃない。忘れていたのだ。
口の中に広がる自然の味わいが、遠く懐かしい子供時代を思い出させてくれた。タンポポ、ツクシ……なども口にしたっけ。そう、菜の花も、母が料理して食べさせてくれたんだ。
(サンケイ・昭和63年4月14日掲載)
朝早くに田舎の父が、
「ほら、春の味や。料理して食べろ」
と、いっぱい菜の花を摘んできてくれた。
ところが、さて調理の段になって、菜の花を手にひと思案。夫婦そろって菜の花を食べたことがないから、調理法に見当がつかない。
「まずアク抜くのよね」
「ワラビと一緒だろ」
「でも灰がないし…」
「油で揚げたらどうだ。精進料理みたいにさ」
と、ケンケンガクガクの末に、料理書を引っ張りだしてみたりしたが、結局、父に電話をかけて訊いた。
「ウーン。わしもよう知らんのやけど…湯がいて水にさらしてみたらどうだ」
と案に相違して、えらく自信がなさそうな口ぶり。それでも、野菜づくりに長年親しんできた父の言葉だからと、さっそく実行した。湯を沸かして菜の花を放り込む。三分ちょっとで鍋ごとおろして湯を捨てる。すぐに冷水にはなつ。
ひと晩、水にさらした菜の花を、おひたしと胡麻和えにした。結構いける味である。ちょっぴり残る苦味も、春の味わいと考えれば、気にもならない。
「菜の花が、こんなふうに食べられるなんて知らなかったわ。これが本当の季節の味なのね」
町育ちの妻はキャッキャッとはしゃぎながら食べている。
「オレも知らなかった……」
言いかけてハッと気づいた。
知らなかったわけじゃない。忘れていたのだ。
口の中に広がる自然の味わいが、遠く懐かしい子供時代を思い出させてくれた。タンポポ、ツクシ……なども口にしたっけ。そう、菜の花も、母が料理して食べさせてくれたんだ。
(サンケイ・昭和63年4月14日掲載)
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