こころの文庫(つねじいさんのエッ!日記)

家族を愛してやまぬ平凡な「おじいちゃん」が味わう日々の幸せライフを綴ってみました。

草ぼうぼう

2016年05月09日 00時33分08秒 | 文芸
「墓の権利を申し込まへんかいな」
 家に顔を覗かせた父は、いきなり言い出した。寝耳に水である。墓など頭の片隅にもない。気楽な新宅の身分で、村のあれこれは実家の父親に任せておけばよかった。
「敷地が空いとるらしいぞ。今年から墓守役は、よう知っとる〇〇はんや。便宜計ろうてくれるがな。墓を手に入れるええ機会やで」
 二人しかいない子供の一人。兄は二十数年前に急逝し、今は一人っ子状態。父や母は、いつも気にかけてくれる。
「この村に住む気やったら、家がいるやろ」
 先祖代々守り続ける田圃を家の敷地に地目変更してくれた。家の新築費用を借りる保証人も引き受けてくれた。そんな父である。定住するのに、墓は必要不可欠と考えている。
「……墓って……要るもんか?」
「アホ。村で一家を構えとるんや。墓がなかったら、他所さんに恥ずかしいやろが」
 世間体が父の言葉の根底にある。絶対に墓を持ちたいとは思わないが、村の住人になる以上、父の言い分に従うのが無難だ。
「この一角が空いてるんや。ええ場所やぞ」
 墓守の〇〇さんは、「どうや」としたり顔。確かに条件は揃っていた。進めるのも鼻高々といったところだろう。立ち会う父は物静かだ。同行の妻は物件を見て頷く。どちらも、人徳のある〇〇さんを信頼している。
 村の共有墓地はなだらかな小山の傾斜地に広がっている。実家の墓は山の頂近く。墓参りするのに勾配が急な坂道をのぼらなければならない。雨が降れば滑る恐れに陥る。
堅牢な階段が作られているわけではない。高齢の父や母がかなり難儀する姿を見ているだけに、墓が山麓にあれば楽なのにと、お参りするたびに何度となく思ったものだ。
墓守が示した敷地は山を下った道路沿いにある。墓参に理想的な位置だった。しかもかなり広い。立派な墓石を有する墓地が居並ぶ中で、信じられないスペースを保っている。
「今やったら競争相手もおらんさかい」
「〇〇さんが良かれと進めてくれてはるんや。いま決めてまえ」
「いや、まあ慌てんでもええさかい。ゆっくり考えて答えだしたらどないや」
 父を窺うと、「はよ決めてまえ。他のもんに取られてまうぞ」と言いたげな顔である。
「どないする?」 
 独り決めは出来ない。妻にお伺いを立てる。夫が墓に入ったら守っていくのは彼女だった。
「せっかくのええ話やから、受けたら」
 これで決まった。墓の権利を手にするのだ。
 村墓の権利を得るのに、五千円を支払った。

「墓を建てても、私らがおらんようになってしもうたら、誰か守ってくれるやろか……」
「墓は不要な時代やて、ニュースやってたな」
 草がぼうぼうの、我が家の墓地に立ち、何とも締まらない夫婦の会話だ。墓が邪魔者扱いされる時代が、いつの間にか来ていた。

 

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