先日,朝刊を読んでいると,あるページで紙面全体を使った派手な広告が目に飛び込んできました。内容は“イオン式空気清浄機”とやらの新聞広告。近頃,この手の売り込みが盛んなようです。“イオン”,目には見えなくても何やらとてつもなく大きな力を秘めているような,ありがたさを感じさせる類いのことばです。
わたしは,この手の手法に関心がなかったときに,“マイナスイオン”発生装置を組み込んだというドライヤーをたまたま買った経験があります。それによって,説明書に書かれたように効果が増大したという意識はまったくしませんでしたが。今では,この種の器具はほとんど相手にされていないと思われますが,まだまだ生き延びていました(このことについて後ほどもう一度取り上げます)。
科学とエセ科学,迷信,オカルト,風評,デマなど,不合理で不条理だと思える対象はいくらでもあります。近年では脳科学ブームとやらがあります。脳科学者と自称して一儲けを企むいい加減な人,喧伝過剰な研究者,それに群がろうとする企業。構図がちゃんと出来上がっています。ブームが起き始めると,二匹目のドジョウを狙う輩が現れます。
過日の朝刊で,大手電機メーカーの巨額赤字脱却戦略が大きな記事として取り上げられました。見出しは「イオンの力 苦境潤す」「除菌・脱臭売り」。このメーカーは業績回復を「イオンの力」に託しているというのです。
このために,複数の外部機関に実証実験をしてもらって,その結果を大々的にお墨付き数値として宣伝に利用しているというわけです。実際,ネット検索すればそのことがわかります。
これに対して,つい先日,消費者庁が物言いを付けました。「イオン発生装置搭載の掃除機について,外部研究機関に検証を以来した結果,表示されたとおりの性能は確認できなかった」というのです。この物言いは景品表示法という法律にもとづいて発せられる,消費者の立場を守るための措置命令です。
先の新聞中の記事で,見落とせないのは実はほんの数行の次のことばです。
一方,イオンの効果には疑問の声もつきまとう。今年7月には東京都が両社を含む4社にイオンドライヤーの検証実験について,実験の使用時間が長すぎることや被験者の人数不足などを指摘し,改善を求めた。
まことしやかな話にはきちんと疑問符を付けて,それを検証しようとする行政機関が存在していることに,消費者は幾分救われます。
メーカー,消費者庁ともに,外部機関のデータをもとにした見解を持っているわけですが,前者は販売する側の論理に立ちます。したがって,機関名を大文字で目立つように書いています。後者は購入する側の権利保護の立場に立ちます。
メーカーは売りたいという願いから敢えて強調したい文言を押し出し,見出し用語はいかにも万能だといわんばかり。しかし,巧妙な言い訳がちゃんと準備されており,ごく小さな文字で留保事項を併せて記載しています。いざという場合の責任逃れです。
今回も同様です。万能ではないという点について「……保証するものではありません」「……によって異なります」「……によって効果は異なります」と注釈を付けています。
しかし,メーカー側は消費者庁の指摘にさすが慌てたようで「ノーコメント」見解です。これを簡単に受け入れたら,“イオン発生機”を搭載した他の機器まで被害(?)が及ばないとも限らないので,慎重にならざるを得ないのでしょう。
同じ日の朝刊に入っていた新聞折込のチラシに,こんなものが出ていました。先に「ほとんど相手にされていないと思われます」と書きましたが,イヤイヤまだまだあるんだと思ってしまいました。一度蔓延した商法は細々であれ,行き続けるようです。
で,わたしたちはかしこい消費者であるために,折り合いのつけ方を考えておくのがいいかと思います。買うのなら「効果があっても,なくても自分は不満を感じないよ」と割り切れるかどうか,です。あるいは怪しいものは始めから相手にしないことでしょう。危険なのは,たくさん売れているらしいからそれなりの品なのだろうと思い込んでしまうタイプではないでしょうか。
要するに,金銭にゆとりある人はものを買うことをとおして“満足”を買えばいいのです。さらにいえば,騙されてもいいと割り切っていればいいのです。そうそうゆとりのない人は,十分品を吟味する習慣をつけて,自分を守る手を考えるほかありません。いうまでもなくわたしは後者です。
どちらにしても,問題は日頃からこうした問題について関心を向けているかどうかであって,このこころの持ち方がものの見方や考え方に影響してきます。くれぐれも「知らぬ間に騙されていた!」なんてことだけにはならないように……。