NHKであれ民放であれ,わたしは熱心な番組視聴者ではありません。とりわけ良質な番組づくりに精を出すべきはずのNHKで,「これではなあ」と首をかしげてしまうほどお粗末に感じるものがあって気がかり。それに,これでは民放の二番煎じではないかと感じてしまうものがあるのには,正直まいってしまいます。
そんなこともあって,「これっ!」と思った番組だけを見ることにしています。何げなくテレビ視聴で時間を費やすのはもったいない,もったいない。実のところ,我が家にテレビを置いたのは5年ほどまえのことです。
ところで,ついこの間見たNHKの45分番組『足元の小宇宙』は出色の出来で,見る価値がたっぷり詰まっていたように感じます。当日新聞で番組欄を見ていると,興味深いこのタイトルが目に飛び込んできたものの,肝心の主役であるはずの作家名が記載されていません。なぜか,必要のないナレーター名が書かれているのは気になりましたが。「どなたなのかな」と興味がふつふつと湧いてきて,見たくなったのです。
土地は京都市郊外の山間部にある農村。作家は甲斐信枝さんでした。これまでわたしは,甲斐さんの絵本にずいぶん助けられました。『雑草のくらし』はその典型です。「こんな絵本がよくつくれたもんだなあ」と感じ入ったことを覚えています。番組をとおしてその背景がくっきりと見えてきました。とことん目と感覚をはたらかせ,徹底して事実を見抜こうとする作業がそこにはありました。
何げない風景のなかに,お気に入りの地点を見つけ,何時間も描き続ける情熱。85歳の情熱! 生きものの,微妙で確かな変化を見逃さない観察眼は「まことにスゴイ」のひとことに尽きます。絵本に描かれた内容から,専門家も学んでいるとか。
甲斐さんの手にかかると,どんな田舎にもある自然のなかで,こんなにゆたかにいのちが推移していくのかと感動を覚えます。いのちを,絵を描くことをとおして解き明かし続けてこられた粘っこい生き方に触れることができ,ホッ。それはこころを注ぎ続ける芯の強さといってもよさそうです。
こんなわけですから,これからも甲斐さんノファンであり続けるでしょう。
制作には時間をかけ,日を費やさなくてはこんな番組はできっこないというお手本です。制作費はさほどかからなくても,甲斐さんの好奇心とこれまでの生き方にメスを入れる情熱があれば,こんな出色の出来栄えのものを提供できるのです。制作者に拍手,ですね。
こうした良質の番組づくりに受信料をしっかり使っていただきたいものです。