昼からぐらい晴れるかと思っていたのですが、霧雨で一日中寒かった。
昨日夜なべで仕上げたお写経。
1枚目。
あと2枚あります。
短気な私には一番の薬かもしれません。
昼からぐらい晴れるかと思っていたのですが、霧雨で一日中寒かった。
昨日夜なべで仕上げたお写経。
1枚目。
あと2枚あります。
短気な私には一番の薬かもしれません。
霧が濃く、昨日までの風も止んで静寂な朝となりました。
霧のフトンのお陰か、気温は高めです。
ホウのツボミも雨に濡れて一服状態。
それでも、2.3個は白いツボミが見えて来ました。
ホウの花は枝の先に1個づつ咲きます。
早く咲いたのは早くに散りますが、枝が多いので咲いている期間が長く香りが
管理棟の中まで漂ってきます。
ヤマザクラのサクランボにも色が付き始めました。
昼過ぎに晴れてくれれば嬉しいのですが。
※敦賀のM様コメントありがとうございました。
宮本数男著「ふるさとふくいの山」の「ごまんどう山」のところに
山スキーを始めた昭和26年ごろ、源野さんの家に泊まり谷峠からこの山に登る。
関西の人たちも同宿していた。
その当時勝山駅からバスで終点の谷まで行き、ここから御所が原の源野さん宅まで
スキーを担いで歩いた。1時間の道のりだったがあまり苦にならなかった。
若さとスキーをやれる喜びのほうが大きかったと思われる。
また源野さん宅のおばさんは、やさしい人柄と、にこにこ顔の話好きで、
山菜料理がおいしかったのが思い出される。
と書かれています。
この頃に来られたのでしょうか、家族が10人の茅葺の農家に多い時には
30人余りの人が宿泊されていました。
6帖、8帖、8帖に大きい囲炉裏がきって在ってそこには、炭が赤々と燃やされていましたが、
夜寝ていると、隙間から吹き込んだ雪がフトンに積もっている様なところでした。
それでも、山奥までスキーに来られた人たちがおられた事、
戦後間もないころ、食料なども豊富でない時、山男たちの根性には敬意を表します。
コロナが終息したら、どうぞ山行きにいらして下さい。