大野郡史によれば、谷説教場は 従来、加賀大杉圓光寺門徒にて、勝山浄願寺へ庭参りせしも、
明治13年、本山再建用材曳出の件より訴訟起りしかば、該寺との関係を絶ち、道正、大西の両道場を合し、谷説教場と
稱するにいたれり。とあります。
ゆえに、圓光寺に行けば、過去帳などもあって 先祖のルーツが分かるのではと 行ったのですが、
そういう 記録は無く、ただ越前門徒がいたという事は 伝えられているとの事でした。
少し残念でしたが、この圓光寺の場所を探して 下さったのは。
谷から小松へ嫁に行った人のご主人で 小松市の職員をされていた人でした。
私の従兄弟と同じ 今江に住んでおられるとの事です。
大杉谷も 現在の車が走る道路を通って行くと 随分遠くに感じますが、
地図上の直線距離では、20キロに満たない所です。
今年の5月に大府市の宮田様に頂いた、昔の経ケ岳の地図によれば、
加賀と越前を結ぶ 峠道は 縦横に走っています。白山への禅定道であったり、木地師の道、ボッカの道など今の国道157号を通るより ずっとたやすく 利用出来ていたものと 思われます。
現在の我々の時間に対する 価値観とは 違う時の流れでは あった事だろうと 思いますが、
もっと調べて みたくなりました。
我が家にあった 資料のコピーを 圓光寺のご住職に見て頂くと、これは京都の本山に行って、お経をあげたしるしだと 言われました。明治22年12月19日。と書かれてあります。そのころ 鉄道は 未だ福井までは 伸びていなかったと思います。
同じく明治22年11月28日には相続續講金弐円進納候段神妙之事と候依之五等賞品被成授與掏也
大谷派 本山寺務所。又、明治25年には 参円を本山相讀事務局に納めたとして 白木金鶴丸紋香盒を頂いています。
しかし これらの事は 郡史には 記載されていないので とるに足りない事なのかも知れませんが
明治20年代の2円、3円は山村の人々にとっては、大金であったことだろうと思います。
たぶん 自分たちの生活を切りつめてでも 本山に寄進をしたのだと思いますが その思いは
何処にあったのかも 調べてみたいと思っています。
追伸。管理棟に帰って来ると、マッタケ夫婦さん。(竹内さんが松田さんへ嫁いだので)マッタケ夫婦と 呼ぶ用になりました。が、管理棟の受付の看板を作って 持って来て 下さって おられました。
とても カラフルで カッコいい看板です、沢山の人の目にとまって 受付に来てくれると 思います。 ありがとうございました。
明治13年、本山再建用材曳出の件より訴訟起りしかば、該寺との関係を絶ち、道正、大西の両道場を合し、谷説教場と
稱するにいたれり。とあります。
ゆえに、圓光寺に行けば、過去帳などもあって 先祖のルーツが分かるのではと 行ったのですが、
そういう 記録は無く、ただ越前門徒がいたという事は 伝えられているとの事でした。
少し残念でしたが、この圓光寺の場所を探して 下さったのは。
谷から小松へ嫁に行った人のご主人で 小松市の職員をされていた人でした。
私の従兄弟と同じ 今江に住んでおられるとの事です。
大杉谷も 現在の車が走る道路を通って行くと 随分遠くに感じますが、
地図上の直線距離では、20キロに満たない所です。
今年の5月に大府市の宮田様に頂いた、昔の経ケ岳の地図によれば、
加賀と越前を結ぶ 峠道は 縦横に走っています。白山への禅定道であったり、木地師の道、ボッカの道など今の国道157号を通るより ずっとたやすく 利用出来ていたものと 思われます。
現在の我々の時間に対する 価値観とは 違う時の流れでは あった事だろうと 思いますが、
もっと調べて みたくなりました。
我が家にあった 資料のコピーを 圓光寺のご住職に見て頂くと、これは京都の本山に行って、お経をあげたしるしだと 言われました。明治22年12月19日。と書かれてあります。そのころ 鉄道は 未だ福井までは 伸びていなかったと思います。
同じく明治22年11月28日には相続續講金弐円進納候段神妙之事と候依之五等賞品被成授與掏也
大谷派 本山寺務所。又、明治25年には 参円を本山相讀事務局に納めたとして 白木金鶴丸紋香盒を頂いています。
しかし これらの事は 郡史には 記載されていないので とるに足りない事なのかも知れませんが
明治20年代の2円、3円は山村の人々にとっては、大金であったことだろうと思います。
たぶん 自分たちの生活を切りつめてでも 本山に寄進をしたのだと思いますが その思いは
何処にあったのかも 調べてみたいと思っています。
追伸。管理棟に帰って来ると、マッタケ夫婦さん。(竹内さんが松田さんへ嫁いだので)マッタケ夫婦と 呼ぶ用になりました。が、管理棟の受付の看板を作って 持って来て 下さって おられました。
とても カラフルで カッコいい看板です、沢山の人の目にとまって 受付に来てくれると 思います。 ありがとうございました。