隣の畑、軽トラで来られて、竹で手(支え)を作っている。
若いあんちゃんは歌を歌いながらジープを洗っている。
自転車で通っていった爺さんが「掃除が済んだらウラにくれやー」と
言って走り去って行く。
春の陽気に誘われてこんな冗談が言い合える長閑な町内。
足羽山西墓地公園。
跡20日もすればサクラが満開になる事だろう。
江戸末期の感じ辞典。
私の5代前の治郎さんが一之瀬(市瀬)笹木氏から譲り受けた物。
手垢で汚れているが今でも充分役立っている。
明治になって学校が出来るまでは
山の民は読み書きなど出来なかったと教えられているが
地主、小作に縛られていなかった山民には
文字を学ぶゆとりもあったのではし思う。
雪深い山の中は、楽しく、活き活きと生活の出来るところ
だったのではと思う。