今年2回目の葬儀の日、久しぶりの青空が広がって穏やかな日になった。
小さな小さな村なのだが去年9月からこれで6人があの世に旅立ってしまった。
生まれる日と死ぬ日は通常自分では選べないのだが早すぎる旅立ちが2人、残念でならない。
最初に亡くなったお爺さんの家は昔お隣さんだった。
薪を燃やしてせぇふろをたてた(風呂を沸かした)時代、毎日入浴するわけではなかった。
よく風呂をもらいに(入浴に)隣の家に行った。
御婆さんが(当時は若かったが)陽気な人で、神棚の貯金箱から5円玉を小遣いにくれた。
風呂入りに来た子供にお駄賃を、、、、まさに子供は地域の子、そうやって地域のつながりは作られてきた。
そのおばあさんの葬儀には巻の一人として送ることができたが、お爺さんは晩年息子のところに引っ越し、そこで最期を迎え、家族葬で送られたとか。
90年余もこの村で生きた人を送ることができなかった。
今日葬儀のおばあさんは同級生の母親で、子供のころ泊まりに行くと朝食にどんぶり飯を出してくれた。
体の小さかった自分は全部食べれなかった。
そんなことを思い出しながら、、、送った。
古い白黒写真。
46年前、小学5年生の時の婆さんの葬儀。季節は真夏。お盆の葬儀だった。
当時は土葬。リヤカーで棺桶を運んでいる。
写っている父母は今89歳と88歳の爺さん婆さん。まだまだ健在だ。
日々を大切に生きる なんてかっこいい言葉には実感がないが、明日も生きていることを前提に今日を過ごす。
来年も同じように仕事をすることを前提に今年も仕事をする。 日々の送り人? そんな格好良いものではないけどね。
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