WATERCOLORS ~非哲学的断章~

ジャズ・ロック・時評・追憶

畠山美由紀の無料LIVEに行ってきました。

2012年08月12日 | 音楽

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 数日前の記事で取り上げた畠山美由紀の無料LIVEに行ってきました。会場の小さなジャズ喫茶は超満員で中に入れず、入口前の路上でのテレビモニター観覧かと思いきや、LIVEが始まって数分、興味がなかったのでしょうか、会場から出てきた人が10人ほどおり、後ろからの立ち見ではありましたが、何とか中に入って演奏を聴くことができました。角度が悪くて、ピアノとギターは見れなかったけど・・・・。

 当日はお祭りのため、すぐそばの仮設商店街の広場で打ち囃子をやっていたり、熊谷育美らの無料野外LIVEがあったりで、その音が聴こえてあまりいい条件ではありませんでした。Liveは途中、親友の音楽教室の先生や、弟さんの友達だという男性が飛び入り出演して、自作のカラオケトラックをバックに「守ってあげたい」を歌ったりするなど、全体的にアットホームなものでした。

 感想は・・・・、「普通」でした。演奏は悪くないし、歌はやはりうまいのだろうなと思うのですが、全体のトーンに変化が乏しく、正直いえば、やや冗長で退屈に感じたのも事実です。まあ、無料なのでがたがたいうのも失礼というもの・・・・。

 今度は、お金を払ってもいいから、集中力のあるLIVEを見てみたい。是非また来てほしいものです。


畠山美由紀

2012年08月04日 | 音楽

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 8月11日に私の住む街のジャズ喫茶で畠山美由紀のコンサートがあるらしい。

 しばらくぶりにいってみようか。しかし、無料ということなので、多くの人が集まる可能性がある。入れないかもしれない。11日は震災で亡くなった人たちの月命日であり、港まつりの花火大会も実施される日だ。畠山美由紀さんは地元出身の人なので、そういうことも意図しての「無料」なのだろう。個人的には、お金を払ってもいいから、じっくり聴きたいのだが・・・・。

 畠山美由紀を教えたという、高校の先生を定年退職した知人によれば、彼女は高校時代からほかの生徒とは段違いに、別次元といってもいいほどに歌がうまかったという話だ。ちょっと前にやった、BS-japanの「ミュージック・トラベル」の特集もなかなかよかった。

 会場に入れれば、是非聴いてみたい。


しばらくぶりの酒井俊に感動!

2007年12月07日 | 音楽

Watercolors0003  先日、しばらくぶりに酒井俊のLIVEにいってきた。僕の住む町の小さなJAZZ喫茶でのLIVEである。これまで1~2ヶ月に一度の割合でJAZZを中心としたLIVEをやってきたこの店だが、事情があってしばらくLIVEができなくなるという。そのこともあってか、いつになく満席だった。

 良いライブだった。高木潤一・桜井芳樹という2人のギタリストを従えたしばらくぶりの酒井俊はまた大きく変化しているようだった。約一年半前に見た酒井俊は、ややアヴァンギャルドな方向に傾倒していたのだが、その傾向は影を潜め、誠実に歌の心を表現しようとする姿勢が印象的だった。(アヴァンギャルドだったのは酒井の服装だ。ピンクのピカピカパンツとひらひらシャツはちょっと「衝撃的」だった。正直いって、これにはちょっと引いてしまった。)。といっても、その表現はより演劇的になってきており、その意味では「前衛的」だともいえる。これは近年の酒井の一貫した方向性なのだと思う。MCをほとんどいれず、ただひたすら音楽空間の創出に没頭する「寡黙な」LIVEの構成はそのことを示している。

 ただそのような方向性を示しながらも、演奏全体が歌を歌うことの喜びと、音楽を奏でることの喜びに満ち溢れているのは、さすがだ。それは恐らくは酒井の人柄からにじみ出るものなのだろう。特に、「ヨイトマケの唄」から自身のオリジナル、さらには懐かしのオヤジロックナンバーにまでおよぶ今回の選曲は、彼女の歌を歌うという行為に対する誠実さと音楽的な幅の広さを表すものだった。それは、ある年代の聴衆にとってはニヤッとした笑みを浮かべざるを得ないような内容であり、実際、私も「アい・シャル・ビー・リリースト」が歌われた時には、ほくそえみをかくせなかった。

 いずれにせよ、より深い「表現者」たらんとする酒井俊の近年の活動は注目に値する。今回のLIVEはそのことを強く感じさせるものだった。しばらくLIVEを行えないという私の住む街のJAZZ喫茶だが、復活の折には是非また酒井俊を聴きたいものである。

 PS. アンコールでしばらくぶりに聴いた生の「満月の夕べ」は、やはり感動的だった。誰がなんと言っても、「満月……」はいい。


かれいどすこーぷ、再び

2007年06月30日 | 音楽

Watercolors0002_11  かれいどすこーぷというバンドのライブに行ってきた。私の街の小さなジャズ喫茶にやってきたのだ。かれいどすこーぷは、ボーカルの前田祐希さんとマルチ楽器奏者の松田秋彦さんのデュオであり、ライブを聴くのは昨年に続いて2度目だったが、今年のライブは松田さんがマルチ楽器奏者の本領を発揮し、ギター、ピアノ、ベース、ドラムの4つの楽器を弾きまくった。中でも、ベース、ドラムのソロはインパクトのある演奏であり、それらとボーカルのデュオという斬新な演奏もあった。私はこういう前衛的な、あるいは先進的な演奏は基本的に好きである。ただ、今回に関しては、前田祐希のボーカルにすっかり魅了された。昨年のライブでは、前田さんが風邪気味であったらしく正直言ってイマイチの感が否めなかったが、今回の前田祐希は好調で、どこまでもまっすぐで伸びやかな歌声に好感をもった。どちらかというと、松田さん主体の「先進的な」サウンドよりも、Cry Me a River や Tristeza などのしっとりとしたスタンダードやボサノヴァ曲で、前田さんの素晴らしさが前面に出たという感じだった。かれいどすこーぷの前田祐希だって悪くはないが、今度スタンダードを歌う前田祐希を是非見てみたいと思った一夜であった。

「watercolors0003.PDF」をダウンロード(演奏曲目付きのアンケート用紙)


渋谷毅 & 平田王子

2007年05月14日 | 音楽

Watercolors0003_10  昨夜、しばらくぶりにLIVEに行ってきた。渋谷毅 (p)& 平田王子(g,vo) のデュオだ。たった2000円の入場料だったのだが、しばらくぶりに本格的なボサノヴァの生演奏を聴いた気がした。演奏曲は、平田のオリジナル(これが結構良かった)から「コルコヴァード」「波」「おいしい水」「イパネマの娘」などの有名曲にまで及び、平田が客のリクエストに答える一幕もあった。

 それにしても、渋谷毅は特異な存在感を放っていた。ジーンズによれよれのシャツとジャンパーを着た渋谷は、地元のさえないおじさんと区別するのが困難な風貌だった。実際、開演前に狭い会場の客席をうろうろしていた渋谷は、よく注意しなければおよそ音楽家であるとは誰も気づかなかっただろう。しかも、開演直前にマスターから日本酒(コップ酒だ)をもらって、それを飲みながら寡黙にピアノに向い、一曲終わるたびに、ピアノの上にぐちゃぐちゃに散乱した楽譜から次の曲目を探す姿は、何というか、デカダンスの香りのする独特の何ものかを感じないわけにはいかにかった。

 しかし、そんな渋谷の指先が奏でるピアノからは、流麗で端正な音色が響くのだから不思議なものである。平田が演奏しはじめても、渋谷はピアノの前に立ったままで、髪の毛をかきあげながらじっと楽譜を見つめている。これから展開する構想を考えているのだろうか。そのうち彼はおもむろに椅子に座り、平田の演奏に合わせていくのだが、これが抜群なのだ。端正で美しいオブリガードだ。ボサノヴァのピアノはかくあるべしみたいな演奏だった。目をつぶって聴いていると、もしかしたらスタン・ゲッツのサックスがアドリブを吹くのではないかと錯覚するほどだった。

 平田王子というミュージシャンは今まで知らなかったのだが、有名な人なのだろうか。「王子」はキミコと読むらしい。中々いい演奏をする人である。もう一度聴いてみたいと思わせる人だった。

プロフィールはこちら ↓↓↓↓

「watercolors0004.PDF」をダウンロード


かれいどすこーぷ

2006年09月23日 | 音楽

2_10  今夜、「かれいどすこーぷ」というユニットのコンサートに行ってきました。私の街にある小さなジャズ喫茶にやって来たのです。

  「かれいどすこーぷ」は、ボーカリストの前田祐希さんとマルチ・インストゥルメンタリストの松井秋彦さんのデュオです。「かれいどすこーぷ」とは「万華鏡」の意味で、その名のとおりいろいろに変化するサウンドが持ち味とのことでした。

 今回は、前田祐希さんが喉の調子を悪くしたようで、本領は発揮できなかったようですが、後半には実力派の片鱗を垣間見ることのできる部分もありました。ただ、前田さんの歌唱は元気溌剌という感じで、表現に陰影が乏しかったのではというのが正直な感想です。喉の調子が良かったなら、もっとすごかったのかもしれません。

 一方、松井秋彦さんは、主にアコースティック・ギターとピアノ、そしてサイド・ボーカルを担当していましたが、ギターワークには目をみはるものがありました。また、編曲も松井さんが担当しているようなのですが、斬新なアレンジも随所にみられ、きっと才能のある人なのだろうなあ、と思いました。ただ、ギターもピアノもバッキングにおいてベースランニングを多様していたため、ややワンパターンという印象を受け、正直言ってしだいに辟易しました。数曲演奏するうちの何曲かがそうならば、目先が変わって面白かったのでしょうが、ほとんどがそれ一辺倒だったので飽きてしまったわけです。はっきりいって、曲の本質部分を破壊したり、ボーカルを邪魔しているのではないかと思われるような箇所もありました。

 今回のライブは、正直なところ、私は不完全燃焼でしたが、HPの視聴コーナーで聴くと印象的な演奏もありました。もう一度Liveを見たいと思っています。是非、今度はベスト・コンディションの「かれいどすこーぷ」を聴きたいですね。

 なお、私は見逃していたのですが、Swing Journalの2006-6月号(p166)に「かれいどすこーぷ」のアルバムが紹介されていました。

かれいどすこーぷ のHP  → http://kaleidoscope.modalbeats.com/


大西順子は凄かった!

2006年07月09日 | 音楽

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 大西順子を含むユニットのライブに行ってきました。峰厚介(s)、大西順子(p)、米木康志(b)、原大力(ds)というメンバー構成です。

 数年前から事実上引退的な状態だった大西順子が活動を再開したという話は聞いていましたが、まさか私の住む街の小さなジャズ喫茶で(しかも5000円という値段で)大西を聞けるとは思っていませんでした。会場は小さく、40~50人入るかどうかという規模でした。その会場で、私はわずか2メートル前で大西がピアノをたたくのを目撃したのです。

 事実上の引退の直前、フリー色を強めた大西でしたが、ここでもその傾向は継承されていました。ソロはもちろんですが、オブリガートやバッキンク゜での不協和音の使い方などオリジナリティー溢れる演奏でした。超絶技巧とはこのことをいうのでしょうね。ものすごいスピードでピアノをたたき続ける大西を、2メートルの距離で目撃したのです。前半最後の「ウンポコロコ」を聞き終わった時、オーディンスは絶句、凄すぎるの一言でした。ピアノという楽器は、弾くものではなく、まさにたたくもの、打楽器なのだということを身をもって感じさせられる演奏でした。 

 大西順子は凄かった。これからの大西順子に注目したい。

 余談だが、大西順子はかわいかった。時折微笑む時のエクボが素敵たった。実力のあるミュージシャンをこんな風にいうのは不遜だろうが、本当にチャーミングな女性だったのだから仕方ない。ちょっとエッチな視線だが、ピアノに座るお尻のラインがなんともいえなかった。


変化を恐れない酒井俊に拍手

2006年06月17日 | 音楽

 昨夜、しばらくぶり酒井俊のライブに行って来た。酒井俊(vo)林栄一(as)坂本弘道(cello)田中信正(p) という編成だった。これのまでの酒井のLIVEとは違い、かなりFree Jazz的でアヴァンギャルドな演奏を含むものだった。林栄一のasはハスキーなトーンでインプロビゼーションを展開し(といっても、彼の演奏には歌心があった。バルネ・ウィランを想起したのは私だけだろうか)、酒井はそれに呼応して時に静かに語り、時にシャウトし、時にしっとりと歌い、そして時に奇声を発した。celloの坂本弘道は、celloという楽器をパーカッションのようにたたいたりこすったりしたかと思うと、まるでギターのようにストロークプレイを展開したり、果てには電動ヤスリを楽器の金属部分に接触させて火花を散らしたり、といったありさまだった(当然、会場は沸いた。騒然、唖然。なお曲によってはオーソドックで正統派の荘厳なcello演奏も聞かせてくれた)。もうひとりの田中信正(p) は、実直な青年だったが……。 

 酒井の話では、最近はやりたい音楽を追究してみたいと思っているとのことで、そのため「満月の夕」で獲得した客の数も減っているのだという。私自身、「満月の夕べ」が聞けなかったのは残念だったが、こういうFreeな演奏は大好きである。また、Freeとはいっても日本的Freeというか、楽曲の世界を膨らませる意味でのFreeな表現といった印象であり、音楽至上主義的な演奏とは違うもののような気がした。(坂本弘道(cello)の演奏は音楽至上主義的でアヴァンギャルドなFree Jazzだ)

 しかし、表層的な表現のスタイルは若干変わったものの、酒井の歌唱の方向性は基本的に同じなのではないか。酒井は、明らかに演劇的な歌唱表現の方向性を目指しており、それがますます加速しているといった印象だ。そういう意味では、例えはよくないかもしれないが、「晩年」のちあきなおみの世界に近づいているような気がするのだがどうであろうか。

かつて、ジョージ・ハリスンはこういった。

「人間は変化することを恐れるが、変化することを逃れることはできない」

何はともあれ、変化することを恐れない酒井俊に拍手したい。


酒井俊という歌手

2006年06月05日 | 音楽

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私の住む町に小さなジャズ喫茶があり、月1~2回程度ライブをやっている。最近は仕事が忙しくいけないでいるが、以前はよく聞きに出かけたものだ。田舎のジャズ喫茶といっても、たまには大物が来ることもあり、例えばMal Waldronのソロを見たのもここだった。

ところでこのジャズ喫茶で年に1~2度ライブを行う歌手がいる。酒井俊という歌手だ。私が最初に酒井を聞いたのは、今から7~8年前、その店のライブだった。今ではすっかり名曲となった「満月の夕べ」にたたきのめされた。ポップスとも演歌ともつかぬ旋律だか、しっかりと何かが伝わってくる。また、「解き放って いのちで笑え 満月の夕べ」と歌う歌詞の内容とその解釈にすっかり魅了された。

その後、私の住む町に酒井俊がやってくるたびに、都合がつけばライブにいくようになった。CDも数枚買った。酒井のライブはたいへんアットホームでリラックスした雰囲気だが、どんな小さい会場でも懸命に歌を届けようとしてくれる姿勢には、本当に好感が持てる。レパートリーもジャズのスタンダードはもちろん、映画音楽からトム・ウエイツやジョン・レノン、果ては童謡や美空ひばり・越路吹雪にまで及び、場合によっては、マイクをつかわずに本物の生の声を披露してくれることもある(声が空気を伝わって聞こえてくる感覚はたまらない)。

名曲「満月の夕べ」はその後結構ヒットし、2003年の第45回日本レコード大賞企画賞を受賞したらしい。この曲は阪神淡路大震災のことを歌った曲で、その途方にくれるような悲しみとともに、すべてが壊れ去った後の人間の解放と自由と連帯を歌ったものだ。情景が浮かぶような歌詞を、噛み締めるように歌う酒井の歌唱は圧巻である。日本の音楽にあまり好感が持てない私だが、この作品は別である。人生に数曲出会えるかどうかの1曲であるとさえ考えている。ヒットしたおかげで、CDにはいくつかのバージョンがあるが、私のもっとも気に入っているのは、アルバム「四丁目の犬」収録のものだ。ライブ版だが、もっとも想いが伝わってくるような気がする。バイオリン・ピアノ・チューバ・テナーという変則的な編成もいい(私の住む街のライブハウスで同じ編成の演奏を聴いたことがあるが、アコーステックな雰囲気が前面に出ており、とても良かった。特にバイオリンの太田恵資は独特の風貌をもつ変な奴だが、なかなかかっこいい。私は好きだ)。なお、このアルバムにはThe way we were(追憶のテーマ)も収録されているが、私はこれはかなりの名唱だと考えている。薦めたい。

今月、この酒井俊が私の住む街のジャズ喫茶に来るらしい。しばらくぶりにいってみようかと思っています。

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ところで、数年前、ライブでアルバム「四丁目の犬」を購入した際、酒井にサインをしてもらったのだが、そこにはこう書かれている。

  「○○○さん ありがとう あきらめないで 本当の喜びに出会うまで」

やはり、私は人生をあきらめているように見えたのだろうか?


HELGE LIENというピアニスト

2006年06月04日 | 音楽

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HELGE LIENのTo The Little Radioという作品を購入した。出だしから(grandfathers waltz)、デリケートなタッチとリリカルな響き。2曲目(no mountains)、なんとデリカシーに溢れるタッチ……。あー、もうだめだ。力がぬけていく。倒れそうだ。

ちょっと少女趣味で恥ずかしいが、私は結構こういう静謐な演奏が好きなのです。

ヘルゲ・リエンは1975年ノルウェー生まれだ。ピンク・フロイドから最初の音楽的影響を受け、16歳でクラシックに転向。オスカー・ピーターソンを聞いてJazzの世界に進んだという人だ。私よりかなり若いのが気に入らないが、ピンク・フロイドから影響をうけているらしいということで赦してやろう。

私がHELGE LIENというピアニストをチェックしたのは結構前だ。レコード屋(CDショップのことです。どうしてもレコード屋といってしまうのはなぜでしょうか)でたまたま、What Are You Doing The Rest Of Your Life (これからの人生)という作品に出会い、衝動買いしてしまった。以前このブログに書いたように、わたしはこの曲が好きなのだ。その後、スウィング・ジャーナル誌でSpiral Circle という作品が高評価を得ているのを知り、早速購入。すっかりはまってしまった。その後に出たUnsymmetrics も手に入れ、HELGE LIENというピアニストをフォローしているような形になってしまった。

彼のピアノの特色は、タッチと響きだ。その意味では、キース・ジャレットや、ブラット・メルドーと共通点があるかもしれない(私はいずれも好きだ)。たまにちょっと難しい世界を描こうとするのが気がかりだが、決して難解な音楽ではない。普通に聞いて、キュンとくる音楽です。ベースとの「あわせ」がたまにぐーんと来るのもいい。

おそらくは人生の半分を過ぎた私は、見栄とか教養主義とかウンチクとかではなく、本当に好きなものだけを聞いて過ごしたいと思っている。その意味で、HELGE LIENというピアニストは気になるピアニストの一人なのだ。

というわけで、田舎に住む私は、例の如く通信販売で新作To The Little Radio を購入して、今、聞いているわけである。第一印象は最初に記したとおりで、この思いをとりあえず誰かに伝えたいと考え、今この文を書いているわけです。

ごめんなさい……。

平泉澄


The Water Is Wide

2006年05月21日 | 音楽

786 Charles Lloydの The Water Is Wideについて、何か語りたい。言葉がでてこない。語れない。けれども、とにかくすごいアルバムだ。ことばが出てこないほどすごいアルバムだ。

Charles Lloydは、すごい奴だ。無名のキース・ジャレットを見出し、ミシェル・ペトルチアーニを見出した。このThe Water Is Wideでもまだ出始めのブラッド・メルドーを起用しているのだ。それだけでも凄いことじゃないか。おまけに、1960年代後半の名作『フォレスト・フラワー』の爆発的ヒットの後、「心の雑草を摘み取る庭師になろう」といって、音楽活動をやめてしまった。かっこいい。かっこいいではないか……。私はこういう話が好きだ(ちょっと恥ずかしいが……)。だから私は、ソニー・ロリンズも大好きだ(絶頂期に突然引退して橋の上で練習していたなんて、すごいじゃないか。かっこいい。)。

ところで、近年の傑作The Water Is Wide。深遠なアルバムだ。わりとポップで判り易い曲Georgiaからはじまるのだが、それ以降は豊饒で深遠な世界だ。哲学的雰囲気すら感じるが、全然小難しくない。

「静謐」……。私は、このアルバムを聞くといつもこのことばを思い起こす。神秘性すら感じさせる豊饒な音の世界を聞きながら、実は、音と音の間の無音の空間を感じている気がする。その世界は、まさしく「静謐」だ。そして、すべての演奏が終わった時、私はその静謐な余韻の中に、じっとたたずむことになる。そこには静寂だけがある。放心状態になり、いすから立ち上がれなくなってしまうこともある。しかし、それは至福の時間だ。解放された制約なき時間。

音楽を聞きながら感動し、聞き終わってからさらに感動する。まったく稀有なアルバムである。

CDの帯にはこう書かれている。「緩やかに流れる大河の如く」

その通りだ。

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↓↓加筆修正しました↓↓

http://watercolors.blog.ocn.ne.jp/watercolors/20068/index.html

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これからの人生

2006年05月20日 | 音楽

What are you doing the rest of your life (これからの人生)

僕の好きな曲の一つだ。「これからの人生」って訳がいいじゃないか。フランスを代表する作編曲家でピアニストでもあるミシェル・ルグランの作品だ。映画「ハッピー・エンディング」の主題歌で、アカデミー映画主題歌賞にもノミネートされた。

気に入っている演奏は、新しいCDだけれど、2001年に録音されたArchie SheppカルテットのDeja Vu収録のものだ。Archie Sheppの歌心のあ、るそれでいて奔放なブローにググッときますね。

それから、意外といいのがBill Evansのfrom left to right 収録のもの。Bill Evansがエレクトリックピアノを使ったやつで世間的には酷評を浴びたものらしいが、わたしは結構好きです。Volペダルを使ったのかペダルワウワウなのか判らないが、あの揺れる感じがとてもいいですね。

歌ものでは、Carmen Mcraeの名作The Great American Songbook 収録のものがいいですね、。

いい演奏は、きっともっとあったと思うのですが、ちょっと思い出せません。今、思いついたものをあげてみました。

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ゴンザロ・ルバルカバ 

2006年05月12日 | 音楽

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美しい。なんて優しく美しいタッチなんだろう。胸がきゅんとしめつけられるようなピアノに出会ったのはしばらくぶりである。

ちょっと前、CHARLIE HADENのNOCTURNEを聞いていたら 一曲目から限りなくリリカルで美しいピアノが流れてきた。キューバ出身のピアニストGONZALO RUBALCABAだった。もちろん、名前は知っていたが、超絶技巧の新人テクニシャンなのかなと思い、聴いたことがなかった。ショックだった。キース・ジャレットをはじめて聞いたときに匹敵するといってもいいかも知れない。

数ヵ月後、GONZALOのINTER VOYAGE(タイトルがまたそれらしくていいではないか)という作品を入手した。これがまたいい。一曲目からリリカル。透き通った優しさを感じる曲だが、なんでもタイトルのYOLANDA ANASは自分の娘の名前らしい。最初の一音を聞いただけで、グッとくる演奏だ。

⑤⑦⑨などのバラードにおけるタッチはすばらしい。②④なども淡々とした独特の雰囲気をかもしだしていて好きだ。


アラバマに星落ちて

2006年05月07日 | 音楽

GW中は、仕事が忙しく、じっくり音楽を聴く余裕も、本を読む余裕もなかった。子どもの日だというのに温泉にも、レジャーランドにもつれていってあげられず、わずかに5/4に公共の森林公園に連れて行き、遊ばせたぐらいだった。

GW最後の日の夜(つまり今だ)、やっと音楽を聴いている。何気なく棚からcannonball adderleyのin chicagoを取り出し聞いてみた。かつて何度も聞いた作品だ。2曲目のstar fell on alabama、そういえば、昔この曲がすごく好きだったことを思い出した。ほかにどんなのがあったっけ……、と思い、ella and louis を棚から取り出し聴いてみる。最高だ。何か忘れていた感情を思い出したような気分だった。そういえば、billie holidayのやつもあったなと思い、探してみたがすぐには見つからなかった。

というわけで、今ella and louis を繰り返して聞いている。すばらしい。メロディーが、かけあいが、ハーモニーが……そして、限りなくやさしい歌声だ。年がいもなくなく、胸がきゅんと締めつけられた。

われわれは、しぱしぱ、音楽を通して大切なことを思い出すことがある。

もう寝なくっちゃ……