WATERCOLORS ~非哲学的断章~

ジャズ・ロック・時評・追憶

アート・オブ・ティー

2010年06月27日 | 今日の一枚(M-N)

●今日の一枚 275●

Michael Franks

The Art Of Tea

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 忙しい1週間だった。仕事は山積み、その上、出張が重なって首が回らない状態だったくせに、World Cup サッカーなどを見てしまったため、生活のリズムもちょっと崩壊気味になってしまった。最近通いつめていたスポーツジムにも一度もいけず、やっと昨日の夜、何とか時間をつくって汗を流した。しばらくぶりのジムではりきりすぎて筋肉全体がまだ熱をもっている有様である。

 忙しさのあまり、CDをとりかえることもせず、持ち帰りの仕事をしながら、1週間ずっと同じアルバムを聴き続けていた。AORの推進者、マイケル・フランクスのデビュー作、1975年録音の『アート・オブ・ティー』である。クルセイダーズの面々やデヴィッド・サンボーンなど今考えれば豪華ミュージシャンをバックに展開されるマイケル・フランクスのシティ感覚溢れるクールでジャジーな世界が好ましい。

 私がこの作品を今でも聴き続けている理由は、そのセンチメンタルな雰囲気にある。都会的で洗練されたサウンドでありながら、アルバム全体に漂う静かな哀しみがたまらなくいい。マイケル・フランクスの弱々しい声がそれを絶妙なテイストに味付けしている。

 都会とは、目くるめくような非日常的な喧騒の世界であるが、1970年代には「都会的」という言葉の中に、このようなセンチメンタルな語感が確かにあったような気がする。


ノンストップ・トゥ・ブラジル

2010年06月11日 | 今日の一枚(A-B)

●今日の一枚 274●

Astrud Gilberto

Non-Stop To Brazil

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 ジムに通っている。今週はもう3回も通った。明日も行こうと思っている。次男と一緒に泳ぐために入会したスイミングクラブだが、2階にあるジムも自由に使えることを知り、会費の元をとろうと通ってみたのであるが、これがなかなか気持ちいい。ウエイト器具で筋肉をいじめ(といってももちろん初心者程度だが)、サイクリングマシーンやランニングマシーンで40~50分程度汗を流す。身体はもうへろへろで筋肉痛だらけだが、事後の火照ったからだと脱力感がたまらない。

 若い頃、飲み友達のひとりが、突然酒を飲まなくなり、理由を聞いたところ、恥ずかしそうに「実は俺、スイミングクラブで泳いでんだよね。筋力トレーニングもやってるんだ。身体を鍛えていると酒よりウーロン茶の方が飲みたくなるんだ。最近、ボディービルに熱中した三島由紀夫の気持ちがよくわかるんだよね。ナルシスティックだけど、自分の身体が変わっていくのが快感なんだよね。」といったのを思い出す。私は酒を止めたわけではないが、その気持ちは何となくわかる気がする。生来飽きやすい私のこと。いつまで続くかわからないが、来週もジム通いは続きそうである。

 身体をいじめたあとの至福の脱力感の中で最近聴くのが、数年前市内のCDショップでなんとなく購入したこのアルバムだ。名門レーベル verve の廉価盤のコンピレーション・シリーズのうちの一枚、「ボサ・ノヴァの女王」??、アストラッド・ジルベルトの『ノンストップ・トゥ・ブラジル』である。彼女の歌をうまいと思ったことは一度もないが、透明でナチュラルな歌声はやはり気持ちがいい。ジャケット写真にやや不満が残るが、代表曲が集めてあり安心して聞き流せる。

 疲れた身体でベッドに横たわり、このアルバムを聴きながら、深い眠りに落ちていく。至福だ。⑭ メディテーション、ああ快感だ……。


ワルツ・フォー・デビー

2010年06月05日 | 今日の一枚(A-B)

●今日の一枚 273●

Bill Evans

Waltz For Debby

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 本当にしばらくぶりに聴いてみた。説明する必要もあるまい。ビル・エヴァンスの1961年録音作品『ワルツ・フォー・デビー』である。いわゆるリバーサイド4部作のひとつ、伝説的なヴィレッヂヴァンガードでのライブ・レコーディングである。このライブは2枚のアルバムに分けて発売され、これはその第2集にあたる。このライブから10日後にスコット・ラファロ(b)が自動車事故でなくなり、ラファロをフィーチャーした曲を中心に編集された第1集の『サンデイ・アット・ザ・ヴィレッヂ・ヴァンガード』がまず発売され、半年後に発売されたのがこのアルバムである。なお、数年前には、『コンプリート・ライブ・アット・ザ・ヴィレッヂ・ヴァンガード 1961』(3枚組)が発売され、このライブの全容を聴くことができる。先の2作とは同じ録音でありながら、若干違う処理をされているようで、目をつぶって聴くと音像が異なるのが興味深い。 

 超人気盤であると同時に、傑作・名盤といっていいだろう。かなり聴き飽きたはずのアルバムだが、今聴いても本当にピュアで新鮮な感動がある。私は今でも大好きだ。傲慢な言い方だが、このアルバムを聴いて何も感じないビギナーはジャスを聴くのは止めた方がいい、といいたくなる程である。 

 はじめて聴いたのは大学生の頃だったろうか。友人にインタープレイの何たるか、① My Foolish Heart の出だしに注目せよ等のレクチャーを受けた後、聴かされた。ジャズ・ビギナーだった私にも、3人が物凄い集中力で対峙していることが、そのピリピリとはりつめた空気感から手に取るようにわかった。しかもこれだけ緊密な演奏でありながら、聴くものを拒絶するような「孤高な」雰囲気がまるでない。聴くものにとって、受け入れやすく、聴けば聴くほどその凄さの理解が深まる一枚である。 

 ところで、私はLPも持っているが、最近はもっぱら数年前に買ったCDで聴いている。理由はCDのボーナス・トラックとして収録されているPorgy(I Love You , Porgy) が聴きたいからである。まったく素晴らしい演奏だ。My Foolish Heart に劣らない、美しい演奏である。ゆっくりとした演奏が生み出す、音と音のすき間の静けさがたまらない。エヴァンスが、繊細な指先で注意深く鍵盤にタッチしている様が目に浮かぶ。ラファロの腹にしみたわるような太いベースはサウンドに安定感を与え、我々の心をほっとさせ安心させる効果を生み出している。ポール・モチアン(ds) のブラッシュ・ワークもカラフルにならず、静寂感を演出している。 

 ただ、ひとつ残念なのは、やはり聴衆の騒がしさである。ティーカップやグラスの音はさほど気にならないが、先のPorgy(I Love You , Porgy) の後半で、女性(中年のオバサンか?)がアハハと高笑いするのにはちょっと怒りを感じてしまう。1961年の6月25日、3人はそのような聴衆の中でこの名演を生み出したのだ。しかしあるいは、このような騒がしさの中だからこそ、あのすごい集中力の緊密な演奏が可能だったのかも知れない。

 


星へのきざはし

2010年06月02日 | 今日の一枚(M-N)

●今日の一枚 272●

New York Trio

Stairway To The Stars

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 晴れだ。太陽が輝いている。そよ風がここちよい。周囲からは田んぼの蛙の鳴き声と小鳥たちのさえずりが聞こえる。気持ちのよい朝だ。こういう朝には音楽は必要ない。自然の音にただ身をゆだねていれば良い。至福の時だ。ただ、昨夜の楽天イーグルスの逆転劇に興奮してちょっと飲みすぎたため頭が痛い。また、その後音楽を聴きすぎたようで、まだ耳の中で鳴り響いている。Swing Journal 誌の休刊の報に接して感慨深く、同誌が協力にプッシュしていたvenusレーベルの作品のいくつかを聴きなおしてみたのである。

     *     *     *     *     *

 一昨日につづいて、ニューヨーク・トリオ。2004年録音作品の『星へのきざはし』である。Swing Journal 誌の読者リクエストに応えた企画盤であり、スタンダード曲中心の構成だ。企画盤だがなかなかよいできだ。ジャケットもロマンティックでいい。ビル・チャーラップのピアノは、時に繊細で趣のある響きを聴かせ、時にスウィンギンによく歌うピアノを披露する。気分が良い。

 ビル・チャーラップという人はやはりうまいひとだ。職人タイプの人といってもいいかもしれない。魂を揺さぶるような「呪われた」演奏を聴いたことはないが、どの曲も合格点というか、楽しくあるいはしみじみと聴くことができる。何というか、芥川賞タイプというより直木賞タイプなのだろう。けれども、私はいつかこのピアニストが魂を揺さぶる真の傑作を創り出すことを期待している。それは例えば、『Love You Madly』収録の「Star Crossed Lovers」などを聴いてからそう思うようになった。静寂で深遠な響き……。

 ところで、最近のニューヨーク・トリオはどんな感じなのだろう。Swing Journal 誌の購読をやめてから、venusレーベル盤との距離が遠くなってしまったようだ。今月発売の「最後」のSwing Journal は買ってみようかと思う。