WATERCOLORS ~非哲学的断章~

ジャズ・ロック・時評・追憶

オール・シングス・マスト・パス

2011年02月28日 | 今日の一枚(G-H)

●今日の一枚 302●

George Harrison

All Things Must Pass ( New Century Edition )

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《91年発売の旧盤をお持ちのジョージ・ハリソン・ファンの中で、まだこの01年発売のニュー・センチュリー・エディションを未購入の方は、今すぐ買い求められることを強くお勧めしたい。それ程本盤の音質は飛躍的な向上を遂げている。フィル・スベクターの作り出した"ウォール・オブ・サウンド"の中に埋没していた数多くのスタープレーヤーの演奏が、細かいディテイルに至るまで極めて鮮明に聴き取れることに、誰もがきっと驚くことと思う。》

 「Beat Sound」誌No.6に掲載された和田博巳氏のレヴューである。このアルバムを知るファンの購買欲をそそるに十分な宣伝文である。かくいう私も2006年に雑誌に掲載されたこのレヴューがずっと頭の片隅にあり、2ヶ月程前、ついに購入してしまった。

 ジョージ・ハリスンの1970年作品『オール・シングス・マスト・パス』を、ジョージ自らが生前にデジタルリマスターの監修をしたニュー・センチュリー・エディション盤である。白黒だったアルバムジャケットもカラーになり、いくつかのボーナストラックもついて、大きくリニューアルされた。もちろん、彼の代表作であり、歴史的名盤であるが、約30年ぶりにジョージ自身がここまでするのは余程気に入っていた作品なのだろう。音質については、私はずっとLPから落としたカセットテープで聴いてきたので、公平な判断を下すことはできないが、確かに30年前の作品にしてはかなり鮮明な音だと思う。

 音質の向上はもちろんだが、私にとっては、かつて繰り返し聴いていた大好きな作品をCDでもてたということが、単純に、この上なく嬉しい。まるで子どもが欲しかったおもちゃを買ってもらったように嬉々として、車のHDDに入れて毎日聴き、悦に入っている始末である。CD-1-⑤美しき人生、この曲を聴くたび、心はウキウキ、ワクワクである。

 今このアルバムを聴きなおしてみて気づくのは、それまでのロックのイデオムとは一味違う、後のAORにでも通じるような、何というかアンニュイなテイストの作品が多いことだ。肩の力を抜いて聴ける大人のロックだ。AORに通じるなどとはまったく見当はずれな意見だろうが、なぜだかそう感じてしまう。ビートルズ時代のインド音楽への傾倒が一風変わった和音の使い方とメロディーラインをもたらしたのだろうか。

 1970年の発売当時は、3枚組LPで日本での価格は5,000円だったという。私の手が届かなかったのも当然である。かつて買えなかったものを、大人になって経済的余裕をもってから買うことを「大人買い」というのだそうだ。結構大きなマーケットらしい。団塊の世代の人たちが退職するここ数年、「大人買い」商品はビジネスチャンスなのだそうだ。音楽ソフトも同じだ。そういえば、古い音源のりマスターが相次いでいる。だいたい、いくら名盤でも、このジョージ・ハリスンの作品を買う現代の若者がそう多いとは思えない。ターゲットは「大人買い」のおじさんたちだ。そしてもちろん私もそのひとりだ。資本主義に躍らされている。そう考えながらも、私などは、できれば「バングラディシュ」も欲しいなどと思ってしまう。悲しきは、我が物欲である。

 「すべてのものは過ぎ去っていく」……。インド哲学から影響を受けたと思われるジョージのこの歌詞は、無常観とともに、執着することの愚かしさを説いているようだ。物欲にまみれた私は、どうやらジョージの境地とは程遠いようだ。


不思議の国のアリス

2011年02月27日 | 今日の一枚(C-D)

●今日の一枚 301●

David Hazeltine

Alice In Wonderland

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 デヴィッド・ヘイゼルタインの2003年録音盤『不思議の国のアリス』である。実に、印象的なジャケットである。この荒涼とした風景は何だろう。あまりの寒々しさに心がざわめく。決して好きなジャケットではない。けれども、あまりのインパクトにずっと気になっていたのだ。venusが1500円シリーズで発売したので買ってみた。

 ビル・エヴァンス愛奏曲集といった内容だが、一聴、私は結構気に入った。デヴィッド・ヘイゼルタインという人は、現代ニューヨークを代表するピアニストなのだそうだ。彼のアルバムを買ったのは初めてだが、よくスウィングしつつ、なかなか美しく、しかも破綻のないソロを展開するピアニストだと思った。しかし、私の耳を釘付けにしたのは、ベースの音である。この存在感のあるベースは一体誰だ、と思ってジャケット裏をみたら、何とまたしてもジョージ・ムラーツだった。腹に染み入るように深く、しかもよく「歌う」ベースである。決してでしゃばっている訳ではないが、もの凄い存在感だ。ドラムスはシンバルの音がやたら気になる。ちょっと耳ざわりな感じもないではないが、録音が鮮明でしかも硬質な響きなのでこれはこれでいいという気がする。高音域をシンパルが、中音域をピアノが、そして低音域をベースが担当するといった感じで各楽器がすみわけ、喧嘩することがない。

 一ヶ月程前に買ったのだが、慰みにもう10回程聴いている。⑨ ダニー・ボーイ、いいなあ……。


ザ・サウンド

2011年02月23日 | 今日の一枚(S-T)

●今日の一枚 300●

Stan Getz

The Sounds

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 2月も下旬だが、今月はじめての更新だ。特に忙しかったわけではない。「今日の一枚」もやっと#300になるので、何か記念碑的な作品を取り上げ、ちょっとはましな文章を書いてみようかなどと夢想していたら、候補作が次々思い浮かんでしまい、ひとつにしぼりきれずに今日に至った。まったく、いつもながらの決断力の無さである。結局、メモリアルなことを考えるのは止めにしようと思いなおし、数日前に聴き、たまたま机においてあったCDを取り上げることにした。

 紹介するまでもない名盤である。スタン・ゲッツの1950-51年の録音作品、『ザ・サウンド』である。クールジャズのスターとして活躍していた頃のゲッツの名演を集めたものだが、永らくCD化されず、幻の名演扱いされていた。数年前だったろうか、東芝EMIがワーナーミュージックから権利を譲り受けてオリジナルCD化され、幻扱いは解消された。

 演奏時間が短すぎるという歴史的制約を除けば、本当にいいアルバムである。ゲッツのアドリブがよく歌うからだろうか、聴きやすい。クールだがどこか怪しげな雰囲気を醸しだすサウンドは、深夜に書斎にこもってひとり静かに聴くのにうってつけのアルバムである。ひとり静かに聴きながら、想像を膨らまし、あるいは考える。音楽のことや、歴史のことや、形而上学のことについてだ。至福の時間である。こういった時間がないと、日常生活の心のゆがみは修正されない。その背後でこのアルバムがなっている。その意味で、「ザ・サウンド」というタイトルは、私にとって本当にしっくりくる言葉である。

 名演の誉れ高い「ディア・オールド・ストックホルム」は、やはり何度聴いても素晴らしい。ゲッツの展開はもちろん見事であるが、出だしのピアノの神秘的な響きは何だ。そして、一音一音が研ぎ澄まされたピアノソロの美しさは一体何だ。こういうピアノを弾くから、アル・ヘイグは好きだ。そういえば、この「今日の一枚」でアル・ヘイグを取り上げたことはなかったかも知れない。そのうち取り上げてみようか……。