WATERCOLORS ~非哲学的断章~

ジャズ・ロック・時評・追憶

天使の声

2009年01月30日 | 今日の一枚(I-J)

◎今日の一枚 226◎

Jimmy Scott

But Beautiful

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 ジミー・スコットが評価を受けるようになったのは、久々のアルバムを発表した1992年以降のことだ。それまでの約20年間、彼は全くの不遇の時代を過ごさねばならなかった。ミュージシャン仲間から絶賛され、多くの大物シンガーに影響を与えた存在なのにである。だから、ジミー・スコットは「伝説のシンガー」という言葉で形容される。不遇の時代が長かったのは、レコード会社とのトラブルや私生活の混乱のためらしい。「天使の声」というのも彼を表す言葉だ。病気で声変わりしない体質を克服し、少年の声はそのままにジャズシンガーとしての自らのオリジナリティーにまで高めていったからである。実際、彼の声は他のどんなシンガーとも違う、まったく独特の声だ。しかも、その声をたんなる美しい少年の声ではなく、まったく独自の説得力をもつ表現手段にまで昇華した歌唱技術が素晴らしい。

 「天使の声」「伝説のシンガー」……。ジャズ的物語である。デカダンスの香りのする絵に描いたようなジャズ的な物語だ。きっと、本当の話なのだろう。心のどこかででき過ぎた話だと疑いながらも、私は基本的にこのようなジャズの伝説が好きだ。ジャズにはこのような伝説が必要だ。それが仮に虚構であってもだ。私はそう思っている。

 ジミー・スコットの2001年録音作品、『バッド・ビューティフル』。いいジャケットだ。まるで何かに祈りを捧げるような、意味ありげな写真だ。誠実で、敬虔で、何よりまじめな雰囲気が好ましい。訥々としたジミー・スコットの声と歌はとても印象的だ。心が落ち着く。ひとつひとつの言葉を噛み締めるような歌唱である。その歌は、間違いなく、ワン・アンド・オンリーな独特の世界を形づくっている。私の英語が堪能であれば、もっとすごい感動を得られるに違いない。

 しかし、このアルバムを聴いて一番印象的なのは、サイドメンたちの演奏の素晴らしさである。

Wynton Marsalis(tp),Lew Soloff(tp),Eric Alexander(ts),Bob Kindred(ts),Renee Rosnes(p),Joe Beck(g),George Mraz(b),Lewia Nash(ds),Dwayne Broadnax(ds),

 すごいメンバーである。すごいメンバーたちであるが、彼らは決して過剰な自己主張をせずに、ジミー・スコットの歌にぴったりと寄り添い、しかし与えられたスペースの中できちっと言いたいことをいい、印象的なプレイを展開する。HMVのレビューでは② Darn That Dream におけるウイントン・マルサリスの演奏について、「歌伴の最中にこれほどのソロを聞いたのはトランペットではクリフォード・ブラウン以降記憶がない。」とまでいい、最大限の賛辞を贈っているが、それも決して誇張ではないと思うほどに素晴らしい。しかも、それぞれのプレイが互いに邪魔しあうことなく融合し、歌を中心に1つの演奏として大変聴き易いまとまりをもっいるのが素晴らしい。

 しばらくぶりにトレイにのせたが、昨日からずっとジミー・スコットを聴いている。このままでは明日も聴いてしまいそうだ。この昂ぶりを押さえ、心と頭を整理するために、私は今、この文章を書いている。


コペルニクス的転回

2009年01月29日 | 今日の一枚(G-H)

◎今日の一枚 225◎

George Shearing & Mel Torme'

An Evening With George Shearing & Mel Torme'

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「歳をとっていいことってそんなにないと思うんだけど、若いときには見えなかったものが見えてくるとか、わからなかったものがわかってくるとか、そういうのって嬉しいですよね。一歩後ろに引けるようになって、前よりも全体像が明確に把握できるようになる。あるいは一歩前に出られるようになって、これまで気がつかなかった細部にはっと気づくことになる。それこそが年齢を重ねる喜びかもしれないですね。」(「村上春樹ロングインタビュー・音楽を聴くということ」『Sound & Life』2005-9)

     ※     ※    ※

 ジョージ・シアリングとメル・トーメの1982年録音作品、『An Evening With George Shearing & Mel Torme'』。グラミー賞受賞作だ。この作品を購入したのは、もう20年以上も前の1980年代の後半だったように思う。発表されてほんの数年後だったわけだ。以前記したことがあるが、私にジャズボーカルの面白さを教えてくれた《恩人》から薦められたのだ。メル・トーメは彼が最も愛した男性ボーカリストだった。しかし、正直に言えば、このアルバムが胸に沁みるようになったのは、比較的最近のことである。当時は、何となく刺激が弱く、古い世代が聴く退屈な音楽のように感じたものだった。例えば、このアルバムの最後を飾る「バードランドの子守唄」にしても、もっと粘っこく、重いドライブ感があるサラ・ヴォーンのものの方が好みだった。ロックを聴いてきた若造には、より直截的な刺激のあるサラ・ヴォーンのものの方がフィットしたのだ。こんないい曲をメル・トーメはなぜあのように歌うのかわからなかった。自分の大好きなこの曲に感動できなかったことで、私はこの作品に対する興味を失ってしまった。

 しっくりきたのはほんの数年前だ。どういう理由か忘れたが、十数年ぶりにターンテーブルにのせたそのアルバムからは、このアルバムこんなだっけ、と思うような、魅力的な音が流れてきた。細胞のすみずみまでしみわたるような音楽だった。トーメのいわゆる《崩し》のタイム感覚が私の生理的リズムに合致して気持ち良かった。音と音との空白が心に沁みわたるようだった。肩の力を抜いたリラックスした感じが、何ともいえず落ち着きがあっていい。軽い感じのスウィング感も爽快である。ロンドン生まれの盲目のピアニスト、ジョージ・シアリングの奇をてらわない正統的なピアノも、気品が漂い好ましいではないか。端正でデリカシーのあるピアノだ。「バードランドの子守唄」にしても、サラ・ヴォーンとはまったく違う種類の名演であると思った。「バードランドの子守唄。それはあなたがため息をつく時にいつも聞こえる。……」という歌詞を考えると、この作品のほうが原曲の意を汲んでいるといえるだろう。

 そういう目でもう一度このアルバム全体を見渡すと、大好きな名曲がずらりと並んでいる。一転してこのアルバムが魅力的な作品に変わってしまった。カントのいう「コペルニクス的転回」とは、こういうことをいうのだろう。これは、私の聴く耳が深まったためだろうか、あるいはただたんに歳をとり「ディフェンスの人生」に入ったことによるものだろうか。どちらでもいい。間違いなくいえるのは、村上春樹氏もいうように、「人生でひとつ得をしたようなホクホクした気持ち」だということだ。いいものに出会える、いいものを発見できるということは、それだけで素晴らしいことだ。


マリガンがモンクに出会う

2009年01月25日 | 今日の一枚(G-H)

◎今日の一枚 224◎

Thelonious Monk & Gerry Mulligan

Mulligan Meets Monk

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 もう10年以上も前のことだが、退職まぎわのNさんが、私がジャズファンだと知って次のようにいったことがある。「若い頃、モンクを聴いて、ずっと引っかかっているんだよね」なんでも大学生の頃、当時流行のジャズ喫茶でたまたまモンクを聴き、何か引っかかるものを感じたのだそうだ。ジャズに詳しい当時の友人たちは解説を加えてくれたようだが、その高尚で難解な言語の意味はわからず、その引っかかるものの正体も結局わからずじまい。就職して日々の忙しさの中でジャズに接する機会もなく今日まできたのだという。「退職したら、ジャズを聴こうと思っているんだよね」といったNさんを羨ましく思ったことを憶えている。数年後、またまた秋吉敏子のコンサートで会い、悠々自適にジャズを聴いている彼の生活をさらに羨ましく思ったものだ。

 村上春樹氏にならっていえば、セロニアス・モンクは「謎の男」なのだろう。

 「モンクの音楽は頑固で優しく、知的に偏屈で、理由はよくわからないけれど、出てくるものはみんなすごく正しかった。その音楽は僕らのある部分を非常に強く説得した。彼の音楽はたとえて言うなら、どこかから予告もなく現れて、なにかすごいものをテーブルの上にひょいと置いて、そのままなにも言わずに消えてしまう 《 謎の男 》 みたいだった。」(和田誠・村上春樹『Portrait in Jazz』新潮文庫)

 ジェリー・マリガンとセロニアス・モンクの共作『マリガン・ミーツ・モンク』、1957年の録音だ。わざとアクセントをずらして言いたいことを強調するような個性的なモンクのピアノに対して、マリガンのバリトンサックスの大きく、太く、力強い音は決して負けていない。後藤雅洋氏が「モンクのピアノはかなりアクが強いが、マリガンのバリトンも音に力があるので、十分対抗できるのだ」(後藤雅洋『新 ジャズの名演・名盤』)という通りだ。あるいは、バリトンという楽器の特性上か、マリガンの演奏が決してスムーズなものではないことが、モンクの奏でる不協和音との相性の良さにつながっているのだろうか。いずれにしても、二人の絡み合いが、微妙な緊張を孕みながら、叙情的でどこか心地よく、しかし素通りすることのできない印象的な世界を形作っている。

 とても個性的な演奏であるにもかかわらず、特別な理論上の知識などなくとも大変聴き易く、十分にその魅力を味わうことのできる一枚だ。退職したNさんは、このアルバムを聴いただろうか。


ヴィーナス&マース

2009年01月24日 | 今日の一枚(W-X)

◎今日の一枚 223◎

Wings

Venus And Mars

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 懸案の仕事がやっと一区切りついて、今日は達成感と解放感でいっぱいだ。大音響でJazzを聴こうと家路を急いだわけだが、結局再生装置のトレイにのせたのは古いロックアルバムだった。なぜかそういう音楽を聴きたい気持ちになったのだ。いくつかのアルバムをつまみ食い的に再生した後、今日はこれをじっくり聴きたいと思ったのがこのアルバムだ。

 ポール・マッカートニー & ウイングスの1975年作品『ヴィーナス & マース』、ジミー・マッカロク(g)と、ジョー・イングリッシュ(ds)を加えた5人体制で制作されたウイングス4枚目のアルバムだ。ロック史上に燦然と輝く名作『バンド・オン・ザ・ラン』のあとをうけた作品である。『ヴィーナス & マース』をきちんと通して聴くのは何年ぶりだろう。このアルバムに接したのはほぼ同時代だったが、今聴くとなかなか良くできた作品であるということを再認識する。若い時分に繰り返し聴いたときより、このアルバムの優れているところが見える気がするのだ。完成度としては、『バンド・オン・ザ・ラン』に勝るとも劣らないのではないか。ポップで、メロディアスで、キャッチーな曲が並び、ホール・マッカートニーのソングライターとしての面目躍如といった感じだ。曲の配列も考え抜かれている。

 しかし、CDで聴くとやや冗長な感じがするのは気のせいだろうか。やはりこれはレコード時代の作品なのだという気がする。A面とB面の間の「一休み」は、思いのほか重要なのものだったのではなかろうか。特に、トータルアルバムを意識して作られた作品においては、それがどうしようもないほど顕在化することがある。音楽アルバムを聴くという行為は、曲そのものを聴くということと同時に、聴く者がどのように「時間」を過ごすのかという問題でもある。A面とB面というのはいわば「チャプター」なのであり、我々はその間にトイレに行き、コーヒーを淹れ、レコードを裏返すという儀式を行い、あるいは一旦そこで聴くのをやめたものだ。その時間は、耳を休め、反芻して感想を整理し、これからの展開について想像力を膨らませるための、重要なものだったのではないだろうか。1960年代後半以降のアルバムには、LPレコードという媒体の特質を意識して制作されたものが意外と多い。A面とB面がそれぞれ何らかの意味で完結し、まとまりをもっているのである。その時代のアルバムをCDで聴いて、ちょっとした「違和感」を感じた経験があるのは、私だけではないだろう。

 私のもっていた『ヴィーナス & マース』のレコードは、多くのビートルズ関係のLPとともに散逸してしまった。私が大学生で実家にいなかった頃、ビートルズに興味をもった年下のいとこたちが持ち去ってしまったのだ。今も残るビートルズ関係のLPは、10枚程度である。もう一度、このアルバムをLPでちゃんと聴いてみたい。今日しばらくぶりに『ヴィーナス & マース』を聴いて、私は考え込んでしまった。


Remembering Tomorrow

2009年01月22日 | 今日の一枚(S-T)

◎今日の一枚 222◎

Steve Kuhn

Remembering Tomorrow

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 寒い日が続いている。寒いのは嫌だが、空気が澄んでいる。とても清清しい気持だ。こういう日には、やはりECMサウンドだ。

 端正で美しいピアノの響きだ。こういうの好きだなあ。スティーブ・キューンの1995年録音盤、『リメンバリング・トゥモロウ』。タイトルもなかなかいいではないか。キューンが約10年ぶりにECMにカムバックした作品である。まさしくECM的サウンドだ。近年のvenusレーベルでの骨太でノリのいいキューンも嫌いではないが、このアルバムのキューンは繊細で今にも消え入りそうな、しかし研ぎ澄まされた音だ。同じピアニストなのにレーベルによってこうもちがうのだから不思議なものだ。私の知っている限りにおいて、スティーブ・キューンの最高傑作ではないだろうか。澄みきった、それでいてどこか墨絵のように霧のかかったサウンドに耳を傾けていると、心まで浄化されてくるような気になる。

 時折ピアノをあおるようにに割り込んでくるJoey Baronのドラムが目立っている。録音的にも鮮度が良く、なかなかスリリングなのだけれど、シンパルがカラフル過ぎて、あるいはタムが強すぎてちょっとうるさいなと思うこともある。いずれにせよ、存在感のあるドラムであることは間違いない。

 寒い冬の景色を見つつ、暖かいココアでも飲みながら聴きたい一枚である。


ジャズとしてのジョニ・ミッチェル

2009年01月22日 | 今日の一枚(I-J)

◎今日の一枚 221◎

Joni Mitchell

Mingus

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 ご存知、カナダ生まれのシンガーソングライター、ジョニ・ミッチェルの1979年作品『ミンガス』。もともとはチャールス・ミンガスとの合作アルバムとして制作されていたが、途中でミンガスが亡くなり、結果的にジョニがミンガスに捧げる追悼アルバムとして発表されたというものである。

 昨年の秋からしばらくの間、なぜかジョニ・ミッチェルがマイブームだった。以前から持っていたいくつかのアルバムを聴きなおし、いくつかのアルバムを新たに購入して聴いてみた。このアルバムを知ったのは、後藤雅洋『ジャズ喫茶四谷「いーくる」の100枚』(集英社新書:2007)によってである。この中で後藤氏は、「《いーぐる》の客層はかなり柔軟で、ロックミュージシャンのアルバムをかけたからといって特に拒絶反応はなかった」と語り、「《いーぐる》の客層の音楽的レベルを象徴する名盤」として紹介されている。有名ジャズ喫茶で、ジャズ以外の曲が常時リクエストの上位だったという話を聴いて、一体どんなアルバムなのかと興味が高まったのだ。

 衝撃的ともいえる名盤である。ジョニ・ミッチェルの歌の表現力、ジャコ・パストリアス、ウェイン・ショーター、ハービー・ハンコックといった参加プレーヤーの描き出す不安定で不思議な世界。深夜にひとり静かに聴いていると、暗闇の中から青白い炎が立ち上がってくるような、怪しく深遠なイメージが頭をよぎる。稀有なアルバムである。後藤氏は、ジョニについて「歌い方は別にジャズ的ではないのだが、これだけの歌手ともなるとそういったことはあまり問題にならなくなってくる」といっているが、私には非常にジャズ的な歌い方に思える。理論的なこと技巧的なことはよくわからないのだが、印象としては高度にジャズ的に思えるのだ。参加プレーヤーたちの演奏も含め、例えばマイルス・ディヴィスが『イン・ア・サイレント・ウェイ』以降のいくつかのアルバムで表出したような世界観との親近性を感じる。不安定で落ち着きが悪いのだが、どこか安らぎを感じるような世界観だ。そういった意味では、当時のジャズの方向性の中に位置づけられる正統的ジャズ作品と言えなくもない。そうだとすれば、《いーぐる》のお客さんたちについても、柔軟性がどうのこうのというより、いいものをきちんと評価できるセンスを持っていたということなのだろうと思う。


土曜日の夜

2009年01月19日 | 今日の一枚(S-T)

◎今日の一枚 220◎

Tom Waits

The heart Of Saturday Night

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 妻は仕事で泊りがけの出張だ。介護中の妻の母も今夜はショート・ステイ。子どもたちもどういう訳か今日ははやく眠りについた。そんなわけで、今日は家でひとりじっくり飲む酒だ。そんな酒は、妙に回りが速い。まるで、「土曜日の夜」だ。

 頭の中は、先週の土曜日にあった、HCを務める高校女子バスケットボールチームの県大会の試合のことだ。少人数の弱小チームで故障者を抱え、棄権も考えたが、結局何とか出場することができた。最後の一週間、選手たちの動きはしだいに良くなり、調子を上げていったのだ。とはいっても、客観的にみれば、最悪の状態から、調子が上向いたといった程度なのだが……。結果は、相手チームに111点を献上する惨敗だった。相手は都会の強豪チームなので敗戦は仕方ないとしても、問題はチームの持ち味のディフェンスが機能しなかったことだ。相手がうまい以上に我々のディフェンスがだめだった。故障者の起用方法を考えすぎるあまり受身にまわってしまった私の態度を選手たちが敏感に感じ取り、本来の積極的なディフェンスができなかったのだ。スポーツの指導とは難しいものだ。言葉でどういおうとも、選手たちはそのニュアンスを敏感に感じ取り、微妙にプレーに影響するのだ。4Qのはじまる前、選手たちに私の戦術の失敗を謝り、初心に返って「ディフェンス・リバウンド・ルーズボール」のバスケットボールをしよう。我々はそれで勝ちあがってきたのだから……」と語りかけた。勝敗はすでに決し、相手は控えの選手を投入した時間帯だったが、最後の10分間、私のチームの選手たちは、コートいっぱい走り回り、懸命にボールを追いかけ、自分たちのバスケットボールを示してくれた。

    ※   ※    ※

 酔いどれ詩人トム・ウェイツの人気を決定付けたセカンドアルバム『土曜日の夜』、1974年作品だ。私のような単純な男が、ひとり酔っ払って聴くにはぴったりのアルバムである。本当に酔っ払っているようなしゃがれた声で歌われるメロディーたちには、人生のさみしさやせつなさが漂い、それでいてどこかやさしい温かさがある。全編に流れるスウィング感、印象的なピアノの響き、哀愁の管楽器、そしてトム・ウェイツの味のある歌声。よくできた作品である。私はこういうのが結構好きだ。今日はもう2回もとおして聴いている。どれも素晴らしい佳曲ぞろいだが、やはりミーハーな私は、⑧ Please Call Me Baby に涙だ。説明不能な何かが心にグッと迫ってくる。身体はリズムと同化し、心はメロディーと解け合う。このようなことを「感動」と呼ぶのかも知れないが、私はそんな言葉では表現したくない。そう表現することによって、それは「感動」でしかなくなるからだ。

 ひとり酒を飲みながらトム・ウェイツを聴くなんて、いわば「クサい」話だ。ステレオタイプでありきたりの、できの悪い絵に描いたような情景である。けれど、人間はそういった「物語」を必要とすることもあるのだ。壊れそうな自分自身を支えるために……。


トゥディ

2009年01月18日 | 今日の一枚(A-B)

◎今日の一枚 219◎

Art Pepper

Today

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 今日は半日、障害者サークルの餅つき大会のボランティアをし、夕方からは次男と共に凧揚げをした。

 臼と杵で餅をついたのは本当にしばらくぶりだった。肉体的には疲れるが、餅をつく感触はやはりいいものだ。汗だくで一心不乱に餅をついていたら、昔読んだ中上健次の『枯木灘』の肉体労働の描写が思い出された。小説を読んであれほどリアルな鼓動を感じたことは今日までない。土を掘る主人公の息遣いが、心臓の鼓動が、額から流れ出る汗が、そしてつるはしが地面に突き刺さる衝撃が、文字という媒体を通して手に取るようにリアルに感じ取れる。本当に軌跡的な作品だ。文庫本を引っ張り出してみたが、その箇所がどこだかすぐには判明しなかった。

 洋凧は良くあがる。本当に簡単にあがってしまうのだ。今日も我が家特製のタコ糸で約200~300メートルはあがっただろうか。ただ、なぜか感動の度合いが低い。子どもの頃、熱中した日本凧とはやはりどこか違う。やはり、自分で骨組みを組んで紙を張り、あるいは市販のものでも新聞紙で長い足をつけ、何度も墜落して失敗し、試行錯誤しながら、凧を揚げることを考え続けることが重要なのかもしれない。日本凧に比べてスピード感に溢れ、遥かに豪快に、しかもずっと高く上がる洋凧だが、なぜか熱くなれない。どうも、凧というものは、あがる快感そのものよりも、そこに至る過程の方に真の魅力があるようだ。

   ※    ※   ※

 今日の一枚は、アート・ペッパーの1978年録音作品、『トゥディ』だ。復帰後の後期ペッパーは、コルトレーンの影響を受け、力強く、フリーキーなトーンも辞さない奏法へと変化した。本作でもリズムセクションに当時のウエストコーストの第一級の実力者たちが顔をそろえ、躍動感のあるダイナミックな演奏が展開される。しかし、私がひきつけられるのは、ペッパーのアルトの変わらぬ暖かい音色である。いや、音色の暖かさという点では、もしかしたら、後期ペッパーの方が一段優れているかもしれない。アルトの暖かい音色が優しく私を包み込んでくれ、私はその中で安堵の気持ちに浸る。時折顔を見せるペッパー節に細胞たちは同化し、心は解けていく。いろいろなJazzを聴いても、ときどき私はペッパーに帰っていく。その度に忘れていたものを思い出すような気持ちになり、あるいは自分がいるべき場所に帰ってきたような気持ちになる。

 本当に不思議なことだ。


ジャズダイニングバー「クルーザー」

2009年01月18日 | つまらない雑談

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 出張のついでに、宮城・石巻にあるジャズジャズダイニングバー「クルーザー」にいってきた。この店は2度目なのだが、ずいぶん前のことだったので、どこにあるのか薄ぼんやりの状態った。けれども人間の記憶というかフィーリングというものもそこそこ信頼できることもあるようで、なんとなく、この辺だったと思う辺りを歩いてみると、すぐに発見。それほど寒いおもいをせずにすんだ。

 夕食を終えていたので、サラダを注文し(てんこ盛りだった)、日本酒を3杯飲んだ。スピーカーは天井に埋め込まれもので、残念ながらいい音ではなかったが、船の中をイメージした店の雰囲気はなかなかよく、十分に気分の良い時間を過ごすことができた。店にあったジャズ関係の書籍を読みながら、レコード(CD?)を3枚聴いてきた。


不遇の才人

2009年01月14日 | 今日の一枚(O-P)

◎今日の一枚 218◎

Phineas Newborn Jr.

The Great Jazz Piano

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 「ニューボーンは、不遇の才人である。アート・テイタムに肉薄する技巧をもちながら神経障害、あるいは生活上の痛手から、何度となく入退院を繰り返し、ピアノを演奏しているよりも、姿を隠している期間の方が長い何とも不幸なピアニストだ。」(油井正一『ジャズ・ピアノ・ベスト・レコード・コレクション』新潮文庫:1989)

 可愛そうな人だったのですね。有名な人だが、フィニアス・ニューボーンJr. という人は聴いたことがなかった。「不遇の才人」、フィニアス・ニューボーン Jr. の1961年録音作品、『ザ・グレイト・ジャズ・ピアノ』。もう閉鎖されてしまったブログ『ジャズ喫茶道』で紹介されてから、その印象的なジャケットがずっと気になっていたのだ。購入したのはほんの数ヶ月前である。悪い作品ではない。それなりに楽しめる。ただし、《 アート・テイタムの生まれ変わり 》という評価があるのはどうだろう。アート・テイタムの死後、デビュー作を発表したことから、そういわれたらしいが、それほどだろうか。そもそも、アート・テイタムは私の大好きなピアニストのひとりなのだ。軽々しいことはいわないでもらいたい。

 確かにバップ期のピアニストとしてはテクニシャンだったのだろう。けれど、わかりやすいアルバムなのに、今ひとつ、心が躍らないのは何故だろうか。きっと、根本的には真面目で優秀な人だったのだろう。指使いは流麗で、テクニシャンであることはよくわかるのだが、音楽を奏でることの喜びが今ひとつ伝わってこない。何というか、迫力に欠けるのだ。躍動感がないのは、録音が悪いせいだろうか。あるいは、サイドメンがイマイチのせいだろうか。

 否定的なことばかり書いてしまったが、私は結構好きだ。事実、CDプレーヤーのトレイに乗ることも少なくはないのだ。ただ、尊敬あるいは崇拝するアート・テイタムと比べられることにはちょっと我慢ならない。まあ、アルバム・ジャケットはいいのだが……。

 自分の大切なものを卑しめられると、人間はちょっとヒステリックになってしまうものらしい。


心は踊る、ハンプトン・ホーズ

2009年01月12日 | 今日の一枚(G-H)

◎今日の一枚 217◎

Hampton Hawes

Vol.2 The Trio

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 午後からしばらくぶりに雪が降った。積もったのはほんの数センチ程度だ。それにしても、私の住む東北地方(太平洋側だが)でも近年は本当に雪が少なくなった。地球温暖化のためなのだろうか。私の幼い頃は、よく大雪が降り、雪だるまやかまくらをつくり、あるいは竹スキーや木馬(きんま=木製のそりのこと)で遊んだものだが……。雪が降ると、父親から命じられ、一緒に雪かきをしたものだ。結構、疲れる作業だが、それが男の、ましてや長男たるものの任務なのだと勝手に考えていた。今日、雪が降ったということで、中学生になった長男にもちかけると、意外なことに、長男は素直に応じ、30分程だが一緒に家の前の道路の雪かきをした。長男はいつになく、真剣に作業した。

 子どもの頃の経験があるからだろうか。雪が降ると、何かしら心が躍る。雪深い地方の方々には大変申し訳ないが、心はワクワク、ドキドキである。そんな今日の一枚として取り出したのは、ウエストコーストのピアニスト、ハンプトン・ホーズである。日本駐留の経験があり、日本のミュージシャンたちとも交流して、大きな影響を与えたピアニストだ。

 1955,56年録音の『ザ・トリオ Vol.2』。『ザ・トリオ』シリーズのVol.1、Vol.3 と比べてなぜか陰の薄いアルバムであるが、内容は決して劣るものではない。飛び跳ねるような左手のベースラインと右手の奏でる明快な旋律。とてもわかりやすく、親しみ易いjazzだ。jazzはこうでなくちゃいけない。心が躍る。雪の降った日の踊る心にぴったりのアルバムだ。ハンプトン・ホーズのピアノはもちろん最高にご機嫌だが、レッド・ミッチェルのベースのドライブ感がいいじゃないか。ベースが全体のサウンドに迫力と強烈な躍動感を与えている。彼のベースがなかったら、きっとこんないい出来ばえにはならなかったかも知れない。

 もう夜中の12:00だ。雪もすでにやんだようだ。長男は明日の実力テストのために、まだ最後の悪あがきをしているようだ。天窓からは月が見える。なかなかに美しい月だ。外の空気はやはり冷たい。明日は路面が滑るかも知れない。

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心の原風景のようなものに出会う

2009年01月11日 | 今日の一枚(C-D)

◎今日の一枚 216◎

Charlie Haden & Hank Jones

Steal Away

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 1年間も更新できなかったもうひとつの理由は、妻の母親が倒れたことだ。妻の母親は、女手ひとつで田舎の小さな商店を経営し2人の娘たちを育ててきたが、一昨年末をもって店じまいし、悠々自適の老後を送るはずだった。店じまいをしてわずか2ヵ月後、脳梗塞で倒れた彼女は、田舎の何の設備もない病院に運ばれ、結局半身不随になってしまった。車で1時間かかる彼女の入院した病院へ通うこととその介護のため、物理的に時間を創り出すことができなかったわけだ。数ヶ月間、ちゃんとした治療も受けられずに半ば放置され、やっと容体が安定して妻の妹の住む仙台の大きな病院へ移ったのは、もう夏も近い頃だった。もう歩くことは無理だといわれた妻の母親だったが、リハビリの成果もあって、本当にゆっくりだが杖をつき足を引きずりながら歩くことができるようになった。12月からは、我が家で引き取って一緒に生活し、昼間はディ・ケアに通っている。とういわけで、現在私は介護中である。負担はやや増えたが、自分の親とともに暮らせるということで、妻はご機嫌である。障害をもった妻の母は涙もろくなり、よく自分の街を懐かしむ話をするようになった。

     ※    ※    ※    ※

 今日の一枚(2枚目だが)は、チャーリー・へイデンとハンク・ジョーンズのデュオによる黒人霊歌・聖歌・民謡集だ。1994年の録音である。ずっと以前によく読むブログの「ぽろろんぱーぶろぐ」さんが紹介した記事を読んで興味を持ち、購入したアルバムだ。チャーリー・へイデンとハンク・ジョーンズはただただまっすぐに曲の旋律を奏でていく。ぽろろんぱーさんの言うとおり確かに「いかにも渋すぎる」と思うし、「曲の良さに寄りかかったような演奏」なのではという気もするが、これまたぽろろんぱーさんのいう通り、不思議に後味は良い。何か懐かしい風景を見たような、不思議な安心感に包まれる。そういえば、ジャケットの写真も、どこか懐かしい、帰るべき場所のようにも見えるではないか。ヘイデンのアルバムには、カントリーミュージックやアメリカン・フォークのテイストがしばしばあらわれるが、そうした性向を隠さないヘイデンが私は好きだ。jazz業界にありがちな、演奏技術の腕比べや革新的で実験的な音楽世界の創造ではなく(それはそれで面白いのだが)、ただまっすぐに、何とてらいもなく、音楽を味わうように奏でるヘイデンの姿勢に好感を持つ。それは卓越した演奏技術と確固とした音楽観をもっているからこそ可能なことなのだろう。かつて実験的で挑戦的な音楽と格闘してきたヘイデンだからできることなのかもしれない。いや、あるいはもしかしたら、そうした心の原風景のようなものを捜し求めることは、チャーリー・ヘイデンにとっては十分に実験的で挑戦的な行為なのかもしれない。

     ※    ※    ※    ※

 障害をもった妻の母が涙もろくなったのもそうした心の原風景を思い出すからなのだろうか。


やはり、「スターダスト」は美しい

2009年01月11日 | 今日の一枚(K-L)

◎今日の一枚 215◎

Lionel Hampton All Stars

Stardust

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 1947年のジャスト・ジャズ・コンサートの模様を収録した、ライオネル・ハンプトン・オールスターズの『スターダスト』。大名盤である。ジャズ入門書などにも必ずといっていいほど取り上げられる超有名盤である。超有名盤であるが、私がこのアルバムを購入してちゃんと聴いたのは比較的最近のことだ。

 十数年前、山形蔵王の野外ジャスフェスティバルでたまたまライオネル・ハンプトン楽団の演奏に出会ったことがある。夏にスキー場で行われたライブである。そのときは、「とりたてて特徴のない普通のジャズ」という印象で、特に啓発される何ものかや、心を揺さぶる何ものかを感じなかった。むしろ、ずっと昔の有名人が博物館的に演奏しているという印象だった。それ以来、私の中のライオネル・ハンプトン株に高値がつくことはなく、ずっとこの超有名盤に接することなく過ごしてきたわけだ。 数年前に、たまたま仕事で知り合った年上の知人に薦められ、遅ればせながらこのアルバムを聴いた次第である。

 名盤という評価に異存はない。素晴らしい演奏である。特に冒頭の「スターダスト」の美しさは、多くの評者が論ずる通りだ。中には「ハンプトン一世一代のソロ」などという評もあるようだが、きっとその通りなのだろう(ハンプトンの他の演奏を聴いたことがないのでわからないが……)。ハンプトンの揺れる感じのvibが美しいのはいうまでもないが、出だしのウィリー・スミスのアルトがなんとも言えない味わい深さを表出している。デリカシーのある演奏だ。続くトランポットやテナーサックスだってなかなかのものだ。スキャットボイス付のベースソロもユニークだ。スタイルは古いが実に表情のある、起伏に富んだ演奏である。だいたい、1947年は大戦がおわって2年後なのだ、日本では憲法が施行された年だ。現在の地点から見て、革新的な演奏を求める方が無理な話だろう。

 実に気持ちよく聴けるアルバムである。ライオネル・ハンプトンを気持ちよく聴ける私は、やはりそれなりに年をとったということなのだろうか。それともやはり、このアルバムの持つ力なのだろうか。村上春樹氏は『Portrait In Jazz』の中で、ライオネル・ハンプトンについてその「生ぬるさ」を認めつつも、一定の評価を与えた後で次のように語る。

《 時代とともに野垂れ死にし、風化していった数多くのいわゆる「革新性」に、どれほどの今日的意味があるのだろうか 》

耳に残る言葉である。

 


ファイアー・ワルツが耳から離れない

2009年01月10日 | 今日の一枚(M-N)

◎今日の一枚 214◎

Mal Waldron

The Quest

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 今日は休日であるが、HCを務める高校女子バスケットボール部の練習につきあった。出かける前にたまたま聴いたマル・ウォルドロン『ザ・クエスト』の最後の曲「ファイアー・ワルツ」が耳から離れず、練習を見ていてもずっとあの独特のリズムと節回しが頭の中で鳴り響いている有様だった。

 1961年録音の『ザ・クエスト』。好きなアルバムである。1週間後にファイブスポットであの歴史的な録音を残すことになるマル・ウォルドロンとエリック・ドルフィーが、それに先駆けて行ったセッションである。マルについては、ずっと以前に書いたように、その晩年の演奏を至近距離で体験したことがある。本当にかっこよかった。以来、マルの作品を聴くと、そのときの情景が頭に浮かんでどうしようもない。恐らくは、一生そのイメージを背負って生きていくことになりそうだ。実際、若い時代のこの作品においても、そのソロパートにおいてマルのピアノの個性は十分に表れており、目をつぶると、私が見たライブの情景が今でもありありと浮かんでくる。

 ところで、何といってもドルフィーである。この作品においても彼の存在感はとてつもなく大きい。彼のヘンテコな音楽の何が私を惹きつけるのか、うまく説明できないのだが、とにかく私はなんとなく好きなのである。しいて言えば、そのヘンテコな雰囲気に惹きつけられるとでもいおうか。難しい理論上のことや彼がjazz史にもたらした革新的なことがらなどは書物で読んだこと以外は正直よくわからないのだが、彼が創り出す音楽世界の雰囲気がすごく好きなのだ。ドルフィーの音楽の何が自分を惹きつけるのか。少々理屈っぽい私は、それをきちんと説明したいという欲望を抑えきれない。しかし、今は「説明できない」ということに耐え続けよう。人は心をゆすぶられるような不安定な状態を抜け出すべく、言葉によって説明し、心を安定させようとするのだから……。ドルフィーの音楽を言葉で説明した時、その音楽がもたらす「感動」ももしかしたら消え去ってしまうのかも知れない。

 ドルフィーを熱狂的に聴いたことはない。しかし、どんな時でもずっと好きだった。なんとなく好きなのだが、それは確かなものだ。

 


ディフェンス・リバウンド・ルーズボール

2009年01月10日 | 籠球

 約1年間更新できなかった理由の1つは、HCを務める女子バスケットボール部に入れ込んだことだ。

 ずっと以前にも記したことがあるが、我々のチームは2年生8人しかいない弱小チームだ。しかも、そのうち1人はマネージャーで、1年生はひとりもいない。昨年の夏に1年生がひとり入部してくれたのだが、結局4日間しかもたなかった。我々のチームの選手の多くは、中学時代いわゆる"弱いチーム"の出身で、補欠で試合にほとんど出たことのない者も約半数を占める。けれども、誠実で、教わったスキルを一生懸命実行しようとする人間性にはとても好感が持てる。何より、全員がバスケットボールが大好きであり、運動能力や技術的には劣っても、もっとうまくなりたいという気持ちに溢れている。私は、素直さやひたむきさというものも、身体能力や身長と同様重要な資質であり、才能なのだと考えている。我々のチームの合言葉は、《 ディフェンス・リバウンド・ルーズボール 》だ。不恰好でもとにかくボールに飛びつき、それを奪い取る泥臭いバスケットボールがモットーだ。走ることやシュートすることは誰でもできるが、ディフェンス・リバウンド・ルーズボールのようなプレーはそうはいかない。苦しい練習を地道に続けることが必要なのだ。そして、そこには選手たちの人間性が反映されるのだと考えている。

 春の高校総体地区予選ではそれまで勝てなかったチームをいくつか破る大健闘だったが、S高校に僅か3点差で破れ、惜しくも県大会への出場権を得ることができなかった。たったひとりの3年生を、部員不足で大会に出場できなかった時代にひとりで黙々と練習を続けた3年生を、県大会に連れて行くことができなかったのだ。チーム全員が顔の形が変わるほど大声で泣いた。しかも不運なことに、中心選手のひとりが、最後の試合中に膝半月板を痛め、チームとしては大打撃をこうむった。その時点では最も有望なプレーヤーだったのだ。それでも選手たちは向上心失わずに練習に取り組み、故障した選手もマネージャーの仕事を手伝うなどチームをサポートしながら懸命にリハビリを続けた。その姿を見て、何とかしないわけにはいかなかった。きれい事ではなく、彼女たちのために何かをしないわけにはいかなかったのだ。そんなわけで、何とか彼女たちにいい結果を残させてやれぬものかと、チームに多くの時間を捧げることになったのである。以来、多くのバスケットボール関係書や論文を読み、練習メニューを考え、戦術を練った。熱くなりやすい青二才のようにバスケットボールに入れ込んだ日々だった。こんなにバスケットボールを真剣に考えたのは何年ぶりだろうか。

 11月の新人大会地区予選、我々のチームはシード校を1点差で破り、3位で県大会出場権を獲得した。またしても、全員が大声で泣いた。しかし、2位を決めるS高校との最後の試合中、またしても中心選手が膝を痛めた。前十字じん帯断絶である。ディフェンスの要である彼女を失ったチームは結局その試合に僅差で破れ、3位にとどまった。彼女のケガは手術を必要とするもので、リハビリも含めて約10ヶ月かかるとのことで、事実上今年の春の高校総体出場も絶望的だ。あまりのショックで、彼女は学校を数日間休む始末だった。その彼女も現在は気を取り直し、マネージャーの補助をしてチームを助けている。

 来週は県大会だ。相手は県ベスト4・ベスト8常連の強豪だ。冬休み中の練習で、キャプテンが膝を故障し、また、もうひとりの中心選手も持病が悪化して、良い練習ができていない。本当に何かに取り付かれたように不運なことが続いている。キャプテンの膝の故障は幸い軽傷で済んだが、本調子ではない。持病をもつ選手は薬を服用しながらがんばっている。春に半月板を痛めた選手も復帰はしているが、まだまだ膝は本調子ではなく、なにより半年間のブランクで体力やボールに対する感覚に不安が残る。実際のところ、HCとしての私は、最悪の場合、棄権することも念頭においており、出場できた場合でも、勝ち負けよりいかに40分間無事にゲームを終えるかを考えている程だ。

 我々のチームは、試合の前、円陣を組んでこのように叫ぶ。

《 ディフェンス! リバウンド! ルーズボール! 》

 彼女たちのバスケットボールにかける思いを考えると、県大会に出場させ、県大会のコートで円陣を組んでこの言葉を言わせてやりたい。しかし、だからこそ、彼女たちのこれからを考え、鬼になって棄権という道を選択することも必要かも知れない。悩み多き一週間になりそうである。