◎今日の一枚 226◎
Jimmy Scott
But Beautiful
ジミー・スコットが評価を受けるようになったのは、久々のアルバムを発表した1992年以降のことだ。それまでの約20年間、彼は全くの不遇の時代を過ごさねばならなかった。ミュージシャン仲間から絶賛され、多くの大物シンガーに影響を与えた存在なのにである。だから、ジミー・スコットは「伝説のシンガー」という言葉で形容される。不遇の時代が長かったのは、レコード会社とのトラブルや私生活の混乱のためらしい。「天使の声」というのも彼を表す言葉だ。病気で声変わりしない体質を克服し、少年の声はそのままにジャズシンガーとしての自らのオリジナリティーにまで高めていったからである。実際、彼の声は他のどんなシンガーとも違う、まったく独特の声だ。しかも、その声をたんなる美しい少年の声ではなく、まったく独自の説得力をもつ表現手段にまで昇華した歌唱技術が素晴らしい。
「天使の声」「伝説のシンガー」……。ジャズ的物語である。デカダンスの香りのする絵に描いたようなジャズ的な物語だ。きっと、本当の話なのだろう。心のどこかででき過ぎた話だと疑いながらも、私は基本的にこのようなジャズの伝説が好きだ。ジャズにはこのような伝説が必要だ。それが仮に虚構であってもだ。私はそう思っている。
ジミー・スコットの2001年録音作品、『バッド・ビューティフル』。いいジャケットだ。まるで何かに祈りを捧げるような、意味ありげな写真だ。誠実で、敬虔で、何よりまじめな雰囲気が好ましい。訥々としたジミー・スコットの声と歌はとても印象的だ。心が落ち着く。ひとつひとつの言葉を噛み締めるような歌唱である。その歌は、間違いなく、ワン・アンド・オンリーな独特の世界を形づくっている。私の英語が堪能であれば、もっとすごい感動を得られるに違いない。
しかし、このアルバムを聴いて一番印象的なのは、サイドメンたちの演奏の素晴らしさである。
Wynton Marsalis(tp),Lew Soloff(tp),Eric Alexander(ts),Bob Kindred(ts),Renee Rosnes(p),Joe Beck(g),George Mraz(b),Lewia Nash(ds),Dwayne Broadnax(ds),
すごいメンバーである。すごいメンバーたちであるが、彼らは決して過剰な自己主張をせずに、ジミー・スコットの歌にぴったりと寄り添い、しかし与えられたスペースの中できちっと言いたいことをいい、印象的なプレイを展開する。HMVのレビューでは② Darn That Dream におけるウイントン・マルサリスの演奏について、「歌伴の最中にこれほどのソロを聞いたのはトランペットではクリフォード・ブラウン以降記憶がない。」とまでいい、最大限の賛辞を贈っているが、それも決して誇張ではないと思うほどに素晴らしい。しかも、それぞれのプレイが互いに邪魔しあうことなく融合し、歌を中心に1つの演奏として大変聴き易いまとまりをもっいるのが素晴らしい。
しばらくぶりにトレイにのせたが、昨日からずっとジミー・スコットを聴いている。このままでは明日も聴いてしまいそうだ。この昂ぶりを押さえ、心と頭を整理するために、私は今、この文章を書いている。