WATERCOLORS ~非哲学的断章~

ジャズ・ロック・時評・追憶

ロンドン・クラブ・シーンを熱狂させた一枚?

2015年01月31日 | 今日の一枚(G-H)

●今日の一枚 413●

Horace Silver

The Cape Verdean Blues

 「ロンドン・クラブ・シーンを熱狂させた一枚」とCD帯の宣伝文にある。本当だろうか。確かにダンサブルなサウンドではある。けれど、当時は本当にこういうビートで踊っていたのだろうか、と思ってしまう。私には無理だ。1980年代のディスコで少しだけならした私も、これでは踊れないと思ってしまう。ビートが古風すぎる。中には、ド・ドン・パと聴き間違えそうなものもあるほどだ。

 ホレス・シルヴァーの『ザ・ケープ・ヴァーディーン・ブルース』、1965年録音作品である。あのSong For my Father(1964)の次のアルバムということになる。ビートの感覚がちょっと古臭い感じがするといったが、作品が好きか嫌いかと問われれば、迷わず好きだと答える。④Nutvilleのスピード感と爽快さに魅了される。Woody Shae(tp), J.J.Johnson(tb), Joe Henderson(ts),の管楽器陣が何ともいえずいい。アンサンブルはたいへんスムーズであり、ソロパートではそれぞれが奔放で縦横無尽に吹きまくる。Horace Silver(p)その人も彼らに触発され、次第に熱くなっていくところが手に取るようにわかる。

 ホレス・シルヴァーが昨年、2014年の6月に亡くなったことを今日知った。85歳だったようだ。そのことはもちろん残念だ。遅ればせながら、ご冥福を祈りたい。けれど、変ないい方だが、この偉大なる歴史的存在が、昨年まで実在していたことへの驚きの方がもっと大きいかもしれない。機会に恵まれれば、その演奏を生で聴くことが可能だったのかもしれないのだ。


彩(aja)

2015年01月25日 | 今日の一枚(S-T)

●今日の一枚 412●

Steely Dan

Aja

 ジャケットのミステリアスな女性は、世界的に活躍したファッションモデルの山口小夜子さんである。パリコレクションにアジア人で初めて起用され、1977年には『ニューズウィーク』の世界のトップモデル6人も選ばれた人だ。その山口小夜子さんも2007年に亡くなってしまった。

 高校生や大学生の頃、夢中になっていても不思議ではなかった。私がこのアルバムに出合ったのはずっと後のことだ。ラジオでグループの名を何度も聞いた記憶は確かにある。しかし、コルトレーンを中心に生々しい音楽をフォローしていた当時の私にはピンとこなかったのかもしれない。このサウンドに共感するには、当時の私はあまりに子どもで、あまりに貧しかったというべきかもしれない。

 スティーリー・ダンの1977年作品、『彩(エイジャ)』である。スティーリー・ダンは、ドナルド・フェイゲン とウォルター・ベッカーを中心に、その都度いろいろなスタジオミュージャンたちによって構成されたユニットである。高度な演奏技術と複雑なアンサンブル、そして録音技術への深い造詣をベースに、ソウルやファンクとジャズを融合させたサウンドで、独特の世界を形作っている。このアルバムでも、ウエイン・ショーターやスティーヴ・ガットというジャズ畑のミュージシャンが起用され、重要な役割を果たしている。もう30年以上前の、あるいは40年近く前の作品だということに、改めて驚かされる。

 現在でも聴く数少ないロック作品のひとつだ。リアルタイムで聴いたアルバムではないのに、不思議なことだ。ここ数年、時々スティーリー・ダンを聴く。この『彩(エイジャ)』と『ガウチョ』がよく聴くアルバムだ。彼らがやろうとしていたこと、めざしていた方向性、時代の中での革新性と位置づけが、今になってよくわかる。今となっては、リアルタイムで聴かなかったことが悔やまれる。そのサウンドの意義を理解できなかったことが口惜しい。同時代にスティーリー・ダンときちんと出合っていたなら、私の青春は何かもっと違うものになっていたかもしれないと思うことすらある。


「ゆ」 沸いてます

2015年01月24日 | 今日の一枚(A-B)

●今日の一枚 411●

Art Pepper

The Trip

「『ゆ』 沸いてます」

 風呂屋の前の国道沿いに、こう書かれたのぼりが数本立っている。これには何とも抗しがたい・・・。すごい宣伝文句である。直截的で、明快で、これほど人の心を穏やかならざるものにする言葉があろうか。けれども、行き過ぎはよくないと、今週はずっと、その魅惑的な宣伝文句に抗して我慢した。しかし今日は別だ。一週間我慢したのだし、土曜日だし、妻は友だちに会うとかで東京に行ってしまったし・・・。次男と2人きりである。チャンスである。次男はあまり乗り気ではないようだが、もう一度説得してみよう。がっちりと時間をかけて風呂とサウナを楽しみ、風呂屋で晩飯を喰うというプランはどうだろう。ちよっと高いメニューを奮発しようか。ジュースもつけようか。

 今日の一枚は、アート・ペッパーの1976年録音作、『ザ・トリップ』である。1975年に約15年ぶりに復帰して以降の、いわゆる後期ペッパーは概して評価が高くはない。例えば、「いーぐる」の後藤雅洋さんは、70年代以降のアルバムは、前期ペッパーを全部購入してから、「気が向いたら誰かに借りて、一度試してみるとよいだろう」と語り、次のように続ける。

やけに力強くなったペッパーの変身ぶりに驚かれるだろうが、僕はそれらのアルバムを聴いて面白いと思ったことはなかった。ペッパーの長所、陰影の美が失われてしまっているからだ。(後藤雅洋『新 ジャズの名演・名盤』講談社現代新書)

 そうなのかもしれない、と思う反面、やはり私は後期ペッパーにものすごい吸引力でひきつけられる。時々、無性に聴きたくなるのだ。『ザ・トリップ』は、中でも好きな作品だ。コルトレーンの影響を受けて、より内省的で、暗く、シリアスになったペッパーを、エルビン・ジョーンズのドラムが激しくまくしたてる。デビッド・ウィリアムスの柔らかい音のベースと、ジョージ・ケイブルスの瑞々しいピアノが絶好のサポートでペッパーのアルトを補完する。そんな構図が目に浮かぶ。

 1950年代のペッパーの輝かしいフレーズをひとつの卓越した「芸」とするなら、後期の生々しいペッパーは「私小説」的だといえるかもしれない。それが虚構の物語かもしれないと思いつつも、人は時々、そこに真実の「物語」を求めてしまう。後期のペッパーは、抗しがたい、魅惑的な吸引力で、時々私をひきつける。

 今、私の傍らでは③ A Song For Richard が流れている。最高だ。いいサウンドだ。

 


キラー・クイーン、がんばれタブチ!

2015年01月24日 | 今日の一枚(Q-R)

●今日の一枚 410●

Queen

Sheer Heart Attack

 クイーンが聴きたくなってCDを注文した。1974年リリースの『シアー・ハート・アタック』である。クイーンのレコードやカセットテープはたくさん持っているが、CDは『オペラ座の夜』のみだった。レコードプレーヤーも、カセットデッキも破損したままだったので、ずっと聴くことができなかったのだ。クイーンが聴きたくなって・・・と書いたが、正確には「ブライトン・ロック」が聴きたくなって、といった方が正確だ。「ブライトン・ロック」がクイーンの曲の中で一番好きだ。本当にご機嫌な曲だ。

 クイーンはやはりすごいバンドだったのだと思う。知的で、革新的で、実験的でありながら、聴く者を拒絶するような音楽ではない。ポップで、歌心に溢れている。もちろん、だからこそ売れたのであろう。ギター少年だった私は、クイーンを聴く時はいつも、ブライアン・メイのフレーズを追っていたものだ。けれど、追随できるギタリストではなかった。実際私は、ブライアン・メイの完全コピーなどしたことはないし、してみようという考えすらもったことはなかった。エリック・クラプトンがインタビューで、あなたに弾けないフレーズなどないでしょうといわれ、そんなことはない、例えばクイーンのギタリストだ、といったのをいまでもよく憶えている。フェイズシフターやディレイを駆使した複雑なサウンドは、それを前提にしたフレーズの構成と相まって、簡単にまねできるようなものではなかったし、40年以上経過した今日にあっても、圧倒的なオリジナリティーの光を放っている。クイーンとはそういうバンドだったのではないか。そのサウンドはあくまで鑑賞すべき対象だったのであり、ひとつの完結した世界だったのだ。「ブライトン・ロック」は、そのようなブライアン・メイのギター・サウンドのエッセンスが凝縮されたナンバーだと思う。

 ところで、「ブライトン・ロック」に続いて2曲目に収録されている「キラー・クイーン」である。ポップで、ギター・アンサンブルが魅力的な、全英2位に輝くヒット曲だ。もちろん、好きな曲だ。いい曲だと思う。この曲の、She's Killer Queen Gunpowder,gelatine いう部分について、大学時代の友人に「キラー・クイーン、がんばれタブチ」って聞えるんだよねといわれてショックを受けたことを昨日のように思い出す。このことは、当時は多くの人たちの間に流布していたようであるが、私にはまったく思いもかけなかったことだった。ある種の芸術性をもった崇高な存在と考えていたクイーンの世界と、漫画のタイトルであり流行語でもあった「がんばれタブチ」が並列的に並べられたことについて、純粋なショックを受けたものだ。それ以来、「キラー・クイーン」を聴くたびに「がんばれタブチ」が想起されるようになり、30年以上たった現在でもそれは変わらない。

 げに恐ろしきは大衆であり、民衆的世界である。

 


ニトログリセリンをもらった!

2015年01月23日 | 今日の一枚(A-B)

今日の一枚 409●

Brad Mehldau

Places

 50歳を過ぎて病気のデパートである。一年半前のドックでは胸腺種がみつかった。半年おきに検査しているが、今のところ悪性ではないとのことだ。一か月程前、下の血圧が高いのが気になって病院に行ったら、心臓が通常より大きいことを指摘され、??型心筋症の疑いをかけられた。昨日、再び病院に行った。血圧の方はちょっと高いもののまだ服薬するレベルではないらしい。ちょっと安心。??型心筋症を調べる心臓エコーでは異常が見られなかったものの、心臓CTでもう少し調べてみる必要もあるとのことで、大きな病院の紹介状をもらった。そして・・・・、念のためにニトログリセリンを出しておきます・・・・といわれたのだ。ニトロ・・・グリセリン・・・、????。その、あまりに聞き覚えのある薬の名前を耳にして、思わず聞きかえしてしまった。大丈夫、爆発したりはしませんから・・・、というのが医者の答えだった。万一、発作がおきたときのためということだったが、5~6年程前から年に一度ほど胸が苦しくなるような気がするといったことへの対処だったのかもしれない。しかし・・・、ニトログリセリンという、そのあまりに聞き覚えのあることばに、気の弱い私ははっきりいってビビってしまった。

 今日の一枚は、ブラッド・メルドーの2000年録音作品の『プレイシズ』である。私が最初手に入れた、ブラッド・メルドーの作品である。今でも、好きな作品だ。いい作品だと思う。和音の響きが素晴らしい。様々な和音を試行するような演奏であるが、それがきちんと音楽になっている。ブラッド・メルドーの演奏を動画で見ると、あまりに音楽に入り込み、自意識過剰で気持ち悪いと思うこともある。また、作品によっては、ちょっと考えすぎだと思うこともある。けれど、初期のこの作品は、清新な気風に満ち、まっとうな美意識を感じることができる。

 アルバムのブックレットには、唐突に、ゲーテの『若きウェルテルの悩み』が引用されている。

おお、遠方はさも未来に似ている! 漠然たる多いな魂が、われらの魂の行手にうかんでいる。われらの眼とおなじくわれらの感覚はそのうちに溶け入り、われらは、ああ、われらの全存在を投げ出して、ただ一つのかがやかしい感情の大歓喜も充たされたいと願う。それだのに、ああ!われらがいそぎ赴きて、かしこにありしものがここにあるとき、すべてはつねに旧態依然である。われらは変わらぬ貧困と制約の中にあり、魂はついに捉えなかった膏肓を求めて、渇えあえぐ。

 いいたいことはわからないでもないが、ドイツ人の大げさな表現は嫌いだ。また、若い音楽家のさわやかな野心と功名心があったとしても、唐突な文学の引用にスノビツシュなものを感じてしまうのは私だけだろうか。ブラッド・メルドーは優れたピアニストであり音楽家であると思う。けれど、それが本物かどうかの判断にはもう少し時間がかかりそうだ。

 


ファーマーズマーケット

2015年01月19日 | 今日の一枚(A-B)

●今日の一枚 408●

Art Farmer

Farmer's Market

 美しいアルバムジャケットである。ジャズのレコードであることを忘れてしまうような洒落たジャケットだ。アート・ファーマーの1956年録音作品、『ファーマーズ・マーケット』のジャケットである。アート・ファーマーにはこのようなすっきりとしたお洒落なアルバムジャケットが多いように思うのだが、気のせいだろうか。

 こういうのをB級名盤というのだろうか。決して重厚な作品ではない。ジャズ史の中ではどちらかというと地味な作品かもしれない。けれど、良質な演奏である。演奏の水準の安定した、質の良いハードバップ作品だ。どこかに影のある、少しだけ哀愁を帯びだファーマーのトランペットが好ましい。ハンク・モブレーが元気である。ちょっとだけファンキーでブルージーなテナーが縦横無尽に吹きまくる。ケニー・ドリューのピアノも、狂おしい美旋律こそないものの、粒のそろった音が小気味よい。

 『別冊Swing Journal ジャズ・バラード・ブック』という雑誌が手もとにある。平成4(1992)年に発行された別冊雑誌のようだ。主要ジャズメンのバラードを紹介したもので、一時期、ガイドブックとして結構お世話になった。この雑誌のアート・ファーマーの項の 第1位に「リミニッシング」という曲が取り上げられている。『ファーマーズ・マーケット』に収録されている曲だ。そうだった。私はこの記事によって、この『ファーマーズ・マーケット』というアルバムを知ったのだった。「リミニッシング」は今聴いても素晴らしい演奏だ。ちょっと甘すぎるきらいはあるが、一瞬、リー・モーガンの「アイ・リメンバー・クリフォード」を思いおこしてしまう程、美しい演奏だ。ファーマーの歌心豊かなプレイが何ともいえずいい。本当に歌を口ずさんでいるようだ。

 B級名盤というのは失礼かもしれない。B級とは、人生をひっくり返すような種類の音楽ではない、という意味である。人生をひっくり返し、価値観の変更を迫るような音楽は素晴らしい。けれども、我々の世界はそのような音楽だけから成り立っているわけではないし、またそうあるべきでもない。人生を肯定し、慰安する。心をウキウキさせ、あるいはともに哀しみ、あるいは心を落ち着かせる。そういう種類の音楽が、我々の人生には絶対に必要だ。B級名盤は我々を優しく包み込み、我々の心に寄り添う。そんなB級名盤によって、毎日、無数の人々の心が救われている。  


グレープフルーツムーン

2015年01月17日 | 今日の一枚(S-T)

●今日の一枚 407●

酒井俊

あいあむゆう (I Am You)

 7時過ぎにおきた妻が、早起きして黙とうしなかったことを悔いていた。妻のそういう誠実なところが好きだ。阪神淡路大震災から20年目だ。地震はわずか15秒程度であったという。たった15秒程度の地震が神戸をあのような惨状にしたのだ。戦場だと思った。テレビの映像で見た時、戦争が起きたようだと思った。けれども落ち着いて考えれば、やはり戦争などではないのだ。震災はそのあとに被災者を救出しようとすることができる。途方に暮れ、悲しむことができる。戦争は引き続きやってくる爆撃におびえ、逃げ惑うしかないのだ。あるいはこうもいえる。地震は不可抗力だ。避けることはできない。防災の努力によって被害を最小限にとどめることができるのみだ。しかし戦争は、人間の想いと、知恵と、勇気によってくい止めることができる。その可能性があるのだ。だからこそ・・・、戦争を決して許してはならない。辛酸をなめるのはいつも民衆だ。

 震災の日の夜は満月だったという。酒井俊には震災を歌った「満月の夕べ」という名曲・名唱もあるが(→「四丁目の犬」、→「満月の夕べ」)、今日は違う作品を取り上げたい。2001年作品の『あいあむゆう(I Am You)』である。録音は1999年と2000年のようだ。冒頭とラストに配された2つの「グレープフルーツムーン」をしみじみと聴きたい。トム・ウェイツの名曲を、日本人が日本人のために歌った好演だ。酒井俊の歌う横文字の歌はちょっと演歌チックだ。それを日本的な貧困だと片づけてしまう評価もあるだろう。けれども、それはよりリアルな表現を求めた結果なのだと思う。おそらく、酒井俊はそのこと自覚している。演歌やジャズや洋楽や邦楽といったカテゴリーはどうでもいいのだ。日本人の歌手としての自身が、日本人の聴衆にむけてどのように表現するか、それが酒井俊のテーマだ。彼女のライブを聴きにいくと、そのことが本当によくわかる。「表現」のために、グローバリズムを潔く断念しているのだ。ジャズを歌ってジャズっぽくない、洋楽を歌って洋楽っぽくない。そのような批判を酒井俊は甘んじて受けるだろう。「表現」ということに対する矜持が、酒井俊には確かにある。その意味で、グローバリズムを断念した場所から、酒井俊の言葉は発せられている。グローバリズムを断念したところから、酒井俊の歌唱は生まれるのだ。

 


ペトルチアーニの清々しい響き

2015年01月17日 | 今日の一枚(M-N)

●今日の一枚 406●

Michel Petrucciani

MICHEL PETRUCCIANI

坂本光司『日本で一番大切にしたい会社』という本の中で、従業員の約七割を知的障がい者が占める日本理化学工業という会社が紹介されています。その中に、幸福とは①人に愛されること、②人に褒められること、③人の役に立つこと、④人に必要とされることであり、このうちの②③④は施設では得られず、働くことによって実現できる幸せなのだ、というこの会社の社長さんの話が紹介されています。障がい者の就労や社会参加を考える上でまことに示唆に富んだ言葉ではないでしょうか。ダストレスチョークの三割のシェアを誇るこの会社は、このような考え方で、もう50年以上も障がい者の雇用を続けているのだそうです。

 ちょっと恥ずかしいが、数年前に地域の障害者支援団体の広報誌に寄稿した私の文章の一部である。私と同じ1962年の生まれで、1999年に亡くなったフランスのピアニスト、ミシェル・ペトルチアーニの人生は、その意味では幸福だったというべきなのだろう。もちろん、骨形成不全症という重い障害をもち、わずか36歳の若さで逝ってしまった彼自身にしてみれば、もっと自由に、そしてもっと長い時間生きたかったに違いない。やりたかったことももっともっとたくさんあっただろう。ただ、人に愛され、人に褒められ、人の役に立ち、人から必要とされるという観点においては、ペトルチアーニの生涯は完全にその要件を満たしていると思うのだ。

 ペトルチアーニの1981年録音盤の『ミシェル・ペトルチアーニ』である。年の同じ私が大学に入学した年の作品だ。まだ自分自身が何ものかも知れず、蹉跌の日々を送っていたその頃の私を顧みれば、まったく恥ずかしい限りである。18歳の若者の清新な気風に満ちた、素晴らしいアルバムだ。ピアノの音が鮮明である。響きが素晴らしい。録音がいいのだろうか。ペトルチアーニのタッチの技術が素晴らしいのだろうか。いずれにしても、硬質で芯のある、曖昧さのない音だ。論理の国フランスらしい、明晰な音の響きというべきだろうか。アルバム全体にわたって、清々しさ、爽やかさが充溢している。いい作品だ。

 40代の、あるいは50代のペトルチアーニを聴いてみたかったと痛切に思う。彼自身も悔しかったに違いない。けれど、彼の生きた証は、こうやって私たちに感動を与え、何かを伝え続ける。これからも、ずっとずっとそうだ。


誘惑

2015年01月12日 | 今日の一枚(S-T)

●今日の一枚 405●

Steve Kuhn

Temptation

  一昨日、HCを務めるバスケットボール部の県大会で強豪チームに惨敗し、昨日と今日はしばらくぶりのお休みである。昨日は午前中から風呂屋にいってまったりした時間を過ごし、午後はオールジャパンの女子決勝をテレビで観戦した。今日は朝から必要な資料や文献を読みつつずっと書斎で音楽を聴いているのだが、午後になって風呂屋に行きたいという強い強い「誘惑」に駆られている。14:00からオールジャパン男子決勝の生中継もあるのだが、どうもこの誘惑には勝てそうもない感じがする。

 スティーブ・キューンの2001年録音作品、『誘惑』、ヴィーナス盤である。ECM時代の透明感のあるスティーブ・キューンからすると、嘘のような力強い演奏である。ピアノの音が強い。ベースもゴリゴリである。ドラムスも存在感を誇示してやまない。しかし、ずっと聴いていると、アドリブ演奏の普通でなさに感銘を受ける。スピード感のある曲では十分すぎるスピード感をもって、スローな曲では狂おしいほど情感豊かに、普通でない独特の音使いによるアドリブが冴えわたる。

 ところで、CDの帯の宣伝文にこう書いてある。

スティーブ・キューンのロマンティシズムがスローでもアップでもゴージャスにアドリブ展開され・・・・

 ゴージャスなアドリブ展開って何だ。イメージがわかない。「ゴージャス」って「贅沢な」とか「豪華な」という意味ではないか。「ゴージャスにアドリブ展開され・・・」?????わからない。意味不明だ。


成人式の背広

2015年01月12日 | 今日の一枚(S-T)

●今日の一枚 404●

Sonny Criss

Crisscraft

 私の住む街では昨日成人式が行われたようだ。街中でも振り袖やスーツ姿の若者たちを見かけた。被災地ということで、TVでも私の街の成人式が映し出されたようだ。困難な時代ではあるが、幸多かれと祈るのみだ。

 数十年前の私の成人式、貧乏学生の私はジーパンで参加するつもりで帰省した。何の準備もしていなかった。お金がなかったこともあったが、格式ばった行事へのアンチの気持ちもあった。そういう時代の雰囲気もあったのだ。しかし、祖母がそれを許さなかった。私を不憫に思ったのだろう。これで背広を買ってこいと、10万円を渡された。箪笥の奥のなけなしの貯金だった。私は事情を説明して固辞したが、祖母はきかなかった。結局、成人式前日の夕方、私は紳士服店で高価なグレーのスリーピースの背広を買った。閉店間際にもかかわらず、紳士服屋さんは丁寧な対応をしてくれ、閉店時間をオーバーしてズボンにきちんとしたすそ上げを施してくれた。もはや体型が変わって着ることはできないが、その背広は今でも捨てることができずにクローゼットの奥ににしまってある。来年は私の息子が成人式を迎える。息子に私のような屈折した思いがあるのかどうかはわからない。

 今日の一枚は、哀愁のアルト奏者、ソニー・クリスの1975年録音作『クリスクラフト』である。サックスの音色が美しい。繊細でどこか弱々しいが、透明感があり、サウンドの中にくっきりと浮かび上がるようなアルトである。手元にある『ジャズ喫茶マスター、こだわりの名盤』(講談社+α文庫:1995)は、このアルバムのソニー・クリスのアルトを、「クリスの美しい高音は天まで届くようだ」と記している。まったく至言である。

 ブルースらしいブルース。ジャズらしいジャズだ。変ないいかただか、品行方正で折り目正しい演奏に思える。きっと、まじめな人だったのだろう。そうでなければピストル自殺などしなかったはずだ。この作品から2年後の1977年に、ソニー・クリスは原因不明のピストル自殺でなくなってしまう。私がジャズを聴きはじめる前のことだ。彼の人生はもちろん彼自身のものだが、演奏を聴くたび彼が亡くなってしまったことを本当に残念に思う。

 

 


「紅白歌合戦2014」雑感

2015年01月12日 | つまらない雑談

 大晦日に今年も紅白歌合戦をみた。全くつまらなかった。番組としての賞味期限切れだと思った。歴史的な役割を終えたのだとも思った。そうそろそろ紅白歌合戦の最終回を模索してもいいのではなかろうか。

 視聴率が下がったと騒いでいるようだが、視聴率についてもかつてとは見方を変えなければならない。一世帯に何台もテレビがある時代なのだ。ビデオ録画もある。仮に、数字の上で視聴率が高いとしても、紅白歌合戦だけを視ている家庭はそう多くはないというべきだろう。国民の心に対する紅白歌合戦の占有率は、例えば私の子供の頃に比べて、極めて低いと考えられる。もちろん、NHKも紅白存続のために必死だ。若者の紅白離れをくいとめ、みんなが一緒にみれる紅白を再建しようと努力と妥協をしているようだ。よく批判される、ジャニーズによる紅白支配や、AKBのでしゃばり過ぎ問題、ヒット曲のない昔の歌手の出場問題などは、その結果だと考えていいだろう。結果的に、紅白全体がちぐはぐとした、寄せ集め的な番組になっている印象を受ける。

 今回の紅白歌合戦についても様々な批判や問題点の指摘があるようだ。特に、中森明菜の出場はあまりに唐突で異質な印象を受けた。何かにおびえるかのような、おどおどした、病的な雰囲気だった。その出場はある種のサプライズなのかもしれないが、大晦日の家族だんらんの時間に、あのような中森明菜を登場させる意味が理解できない。サザンオールスターズや福山雅治、また「アナ雪」の外人の人が中継で出場したことは、紅白歌合戦の地位の低下を如実に物語っている。はっきりいって、やっつけ仕事だった。もはや、紅白歌合戦に出場することは特別なことなどではないのだ。

 一方、本当に問題だと思うのは、演歌に対する扱いだ。かつて演歌歌手は独自の世界を構築したものだ。歌う前に精神を集中して独特の雰囲気を漂わせ、楽曲と歌唱力と舞台演出によってひとつの世界を形作った。その世界はものすごい吸引力だった。演歌が好きではない私も、しばしばその吸引力にひきつけられ魅了されたものだ。けれどどうだろう。森進一の「ダメよ、ダメダメ」発言に象徴的なように、時代の軽薄さと手を結ぶことによってしか、もはや演歌は存立しえないのだ。哀愁の曲を歌う演歌歌手の背後で、ジャニーズやAKBがへらへらした顔でダンスし、合いの手を入れ、生意気な声援を送る。もはや、独自の世界の構築などない。演歌はおちゃらけの道具に過ぎない。

 芸能人は与えられた仕事をこなさなければならないのはよくわかる。次の仕事を得るためにテレビ局と良好な関係を築く必要のあることもよくわかる。個人的なわがままや仕事のえり好みなどすべきでないことも当然だろう。けれど、この演歌のおかれた状況を放置していては結局、ファンは離れ、演歌はますます衰退していくほかなかろう。時には、反乱を起こしてはどうだろう。番組に対して意見をいい、必要があれば出演拒否する。ひとりでやるのが大変なら、演歌歌手で対紅白の労働組合を結成し、団体交渉やストライキを行うなんていうのはどうだろう。

 近年の紅白歌合戦は、ジャニーズやAKBなど若者への譲歩・妥協と、演歌歌手ら大人への軽視・冷遇をその特徴としている。紅白存続のためにはある意味仕方のないことなのかもしれない。しかし、そういったNHKの姿勢が、結果的に紅白歌合戦を蹂躙する結果になっているように思える。かつて阿久悠は、「歌謡曲」というものを、老若男女が共感できる音楽であると規定した。けれど、近年の紅白歌合戦が映し出したのは、皮肉にもその歌謡曲の解体と不可能性である。もはや、老若男女がともに紅白歌合戦を楽しむのは不可能な時代なのだと思う。そこで提案だが、前半をジャニーズやAKB中心の構成にして若者たちに大いに盛り上がってもらい、後半は大人の歌手が真剣にそれぞれの世界観をもった歌で勝負するコーナーにするというのはどうだろう。若者たちは前半のコーナーが終わったら除夜の鐘でも聞きに行けばよい。もちろん、紅白歌合戦を存続する必要はない。解体してまったく別の番組に編成してもよい。国民的番組である紅白歌合戦にどうしてもこだわるのなら、国民の代表による「紅白歌合戦再建委員会」を組織するというのもあろうが、そこまでして延命する必要もないと思う。もうそういう時代なのだ。

 紅白歌合戦は最終回を迎えても一向にかまわないが、「ゆく年くる年」は続けてほしい。真の国民的番組だ。できれば、バージョンアップも考えてほしいぐらいだ。

 


「浜の湯」と「相馬屋」の想い出

2015年01月09日 | 今日の一枚(A-B)

⚫️今日の一枚 403⚫️

Bruce Springsteen

Nebraska

 また風呂屋にまつわる話である。幼い頃、よく父親に連れられて銭湯に行った。「浜の湯」という銭湯だった。その頃のうちの風呂は、薪をくべる直火式の、粗末だが今考えるとなかなか趣のある五右衛門風呂だった。けれど、どういうわけか父親はよく私を銭湯に誘った。広くて熱い風呂に入り、風呂上りにコーヒー牛乳やフルーツ牛乳を飲ませてもらい、帰り道にはほとんど決まってホルモン屋に寄った。「相馬屋」という店だった。七輪でホルモンをつつきながら、父親はビールを、私はオレンジジュースを飲んだ。ホルモン屋で父親とどんな話をしたのかは憶えていない。ただ、ずっと後に、私が大人になってから、ホルモン屋にいくとお前は自分のいろいろなことをよくしゃべったんだ、と父親がいったのを憶えている。今の私がそうであるように、父親も息子の話を聞くことが楽しかったのかもしれない。ホルモン屋での話の内容は全然記憶にないが、無声映画のような映像が頭に浮かぶ。懐かしい情景だ。

 ブルース・スプリングスティーンの1982年作品、『ネブラスカ』を聴くと、懐かしい情景が頭に浮かぶ。見たことも行ったこともないのに懐かしい、実体のない情景だ。ほんとうにゆっくりとした曲の流れが、細胞の隅々にしみわたる。ぐったりと疲れ果てた心と身体をやさしく包み込み癒してくれる気がする。

 ブルース・スプリングスティーンについては、私の愚かな誤解と偏見の故に、同時代に聴くことはなかった。そのことはずっと以前に記した通りだ。村上春樹『意味がなければスウィングはない』(文芸春秋)によって、スプリングスティーンがアメリカのワーキングクラスの閉塞感を代弁する歌を歌っていたことを知った。その音楽を聴くようになったのは比較的最近のことだ。

 このアルバムに「僕の父の家」という曲が収録されている。

目が覚めた時
二人を引き離したいくつかの辛い出来事を思った
でもそれが再びお互いの心を引き離しはしないだろう
服を着て、父の家に向かった
道路に車をとめると
窓が朝の光を浴びて輝いていた

 「浜の湯」と「相馬屋」のあった地区は、津波と火災で文字通り全滅した。今はかさ上げ工事がはじまり、まったく違う見知らぬ街に生まれ変わろうとしている。


「友の湯」のきちんと熱いお湯

2015年01月06日 | 今日の一枚(K-L)

●今日の一枚 402●

King Crimson

Red (30th Anniversary Edition)

 銭湯についての話だ。スーパー銭湯ではない。昔ながらの銭湯である。その名を「友の湯」という。震災の時の数週間は風呂に入るのが困難だった。「友の湯」は震災直前にその長い歴史を終え廃業した銭湯だったが、多くの人が風呂に入ることのできない状況の中、市から委託を受け数週間という限定で復活した。支援物資のタオルを無料で配り、身一つでいけば入ることができた。私も、その時期に世話になった一人である。「友の湯」が限定的に復活するという情報を得て、文字通り「一族郎党」を率いて入浴しに行った。多くの人でごった返す、超満員の状況であったが、そのお湯は本当にきちんと熱く、涙がでるほど気持ちよかった。停電と断水の、凍えるような3月の冷えきった身体を芯からか温めることができた。震災という特異な状況の中で、そのきちんと熱いお湯に風呂屋の気概を感じたのは私だけではあるまい。あの時の「友の湯」を恐らくは一生忘れないだろう。・・・・凍えるような3月と、きちんと熱いお湯。

 今日の一枚は、プログレッシブ・ロックの愛聴盤である。キング・クリムゾンの1974年作品の『レッド』である。第一期キング・クリムゾンの最後の作品であり、ファンの間ではえらく評価の高いアルバムである。私の中では『クリムゾン・キングの宮殿』が一番だが、もちろんこのアルバムも好きだ。複雑なアレンジ、サウンドでありながら、構想や曲想が非常にシンプルなものに思える。そこに共感する。サウンドの背後に流れる不思議な叙情性に魅了される。今、② Fallen Angel が流れている。いい・・・。たまらなく好きだ。

 年齢を重ねるにしたがって、どんどんプログレッシブ・ロックへのシンパシーが深まっていく。どうしたことだろう。


一枚のおいしい水

2015年01月05日 | 今日の一枚(C-D)

●今日の一枚 401●

David Liebman

Water

 正月の2日と3日は、続けてマイブームの風呂屋に行った。サウナと水風呂を数セット繰り返し、脱衣所にもどって飲む水のおいしさは格別である。水は大切である。そう頭で思っても、そのことが骨身にしみてわかるのはやはり特異な状況なのかもしれない。震災の時は、給水所に並んでやっとの思いで水を手に入れ、水の入った重いタンクを自宅まで運んだものだ。それが男の仕事だった。それでも水は足りなかった。通常は焼酎を入れるであろう宝酒造の大きなタンクローリが、水をいっぱいに詰め込んできてくれた時には感動を禁じ得なかった。サウナの後の、おいしい水を飲みながら、ふとそんなことを考えることがある。

 「一枚のおいしい水」・・・。デイヴ・リーブマンの1997年録音作『ウォーター』の帯の宣伝文句である。

David Liebman(ss, ts)
Pat Metheny(g)
Billy Hart(ds)
Cecil McBee(b)

 発売当時に買ってなぜかほとんど聴かず、長い間CD棚で眠っていたアルバムである。当時の私には、コンテンポラリー・ジャズはピンとこなかったのかもしれない。風呂屋で水のおいしさが身にしみて、もう一度手に取ってみようという気になった。

このレコードの音楽はすべてオープニングのソロギターのテーマを展開したものである。どの作品もこのメロディーのハーモニーを変えたものをベースにしている。多様な表現形式に加え、ギターとリードのさまざまな音色を生かすことが全体的コンセプトの不可欠な構成要素である。

 デイヴ・リーブマンのことばである。これを読んでももう一度聴いてみると、なるほどと納得しできる。デイヴ・リーブマンはこう続ける。

この宇宙に欠くことのできない水は、さまざまな大きさのエネルギーを内包する無数の形をもつ

 水のエネルギーが変幻自在に変化することを、オープニングのギター・ソロが多様な形で展開するということとダブらせているわけだ。ちょっと考えすぎで頭でっかちだなと思いながらも共感を覚えてしまう。やはり、私もまだ色眼鏡でものを見ているということだろうか。けれど、このコンテンポラリー・ジャズの本質を理解できたかどうかは別にして、以前よりずっと、聴きやすく親しみやすい音楽だと感じる。悪くない・・・。

 

 


やった!「大吉」

2015年01月01日 | 写真

 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

 私の住む街は大晦日から雪だったので、初日の出は無理かなと思っていましたが、ちょっと遅れて、雲の間からお日さまが現れました。写真は、私の書斎の天窓から撮ったものです。

 震災からもうすぐ丸四年ですが、被災地域ではかさ上げ工事もはじまり、春には震災復興住宅第一号も入居可能となるようです。経済力のある人たちは次々と新しい住宅を建て、街の風景もだいぶ変わってきました。街のいたるところで山を切り崩す工事が行われ、道路は切り崩した土を運ぶ大型トラックでいっぱいです。一方、被災した人たちの多くが未だ仮設住宅住まいで、不自由な生活を強いられているという現実は相変わらずです。神戸の時とは違って高齢者が多く、自力で新しい住居を手つくることができる人ばかりではありません。自宅のすぐそばの仮設住宅にも大きな変化は見られません。私の書斎から見えるこの仮設住宅には、教え子も何人か住んでおり、複雑な思いです。

 

 午後になって近くの神社にお参りに行ってきました。海のすぐ近くにあるにもかかわらず、その周辺だけ津波の被害を受けなかったという、神様のパワーを感じる神社です。田舎のさびれた神社ですが、意外にも多くの参拝客でにぎわっていました。お参りするのに行列ができる程でした。

 次男の進路決定の年でもあるので、絵馬を奉納し、おみくじを引きました。肝心の次男は「小吉」でしたが、私は何と「大吉」でした。おみくじで「大吉」なんて何年ぶりでしょう。おみくじに本当に「大吉」なんてあるんですね。私の周りに何かいいことがあればいいと思います。津波で荒れ狂った、すぐそばの海は、今日は本当に穏やかでした。