太田裕美の1979年作品、「青空の翳り」である。「振り向けばイエスタディ」の次に発表された太田裕美14枚目のシングルであり、この作品から松本隆・筒美京平コンビではない新たな世界が展開されてゆく。作詞は来生えつ子、作曲は浜田金吾である。
私がこの曲を繰り返し聴き、味わうようになったのは、ずっと後のことだった。同時代にこの曲を聴いた記憶はあるし、実際メロディーも耳に憶えのあるものなのだが、オリジナルアルバムに収録されていなかったためか繰り返して聴くことはなかったのだろう。そもそも、17歳の私には、この大人びた歌詞の意味がピントこなかったのかもしれない。
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哀しみをさりげなく笑いばなしに 出来る人は素敵ね
歓びもおだやかに 飾り立てずに 話す人は素敵ね
私も心残り吹き消して 過去にはやさしく手を振るわ
あなたにこだわらず生きてゆく 余裕が生まれて来たけれど
春から夏へ移りゆく 空はさわやかすぎて
かえって辛い季節だわ あなたへの想い
私の心のすみずみまで 広がったまま
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いつでも燃え尽きて精一杯に 生きる人は素敵ね
私も青空に負けないで カラリと心を解き放ち
あなたの手紙やら束ねては 捨て去るつもりでいるけれど
風がさらっていけるほど 軽い恋ではないし
涙で溶かしぼやけても あなたとの日々は
私の背中のすぐ後ろに 広がったまま
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名曲である。大人の、あるいは想い出を清算して大人になろうとする女性の歌である。恋人との別れに揺れ動きながらも、凛として明日に向かおうとする女性の決意がすがすがしい。You Tube には、当時のものと思われる「夜のヒットスタジオ」における映像と、ややぽっちゃりとしたおばさんになった最近の太田裕美のコンサートにおける映像とがアップされていて聴き比べることができるが、私としては圧倒的に後者に共感を覚える。多くの年月を経て、太田裕美が獲得した表現力に感服するとともに、その穏やかで暖かい、心の余裕を感じさせるトーンがこの曲にはよくマッチしているように思う。歌詞にあるような、「哀しみをさりげなく笑いばなしに出来る」、「歓びもおだやかに飾り立てずに話す」、そんな素敵な大人の女性を感じる。揺れ動いていた心さえも相対化して見ることができるようになった大人の女性の余裕と、軽いノスタルジーがとてもさわやかである。
ところで、過去を清算して明日に向かおうとするこの曲が1979年に発表されていることは、大変興味深い。内省と自閉の時代である1970年代から、その呪縛からの解放の時代である《明るい》1980年代へのテイクオフとして興味深いのである。この作品の後、2つのシングルをへて、1980年にあの溌剌とした「南風~South Wind~」がリリースされるのは、何とも象徴的である。この「青春の翳り」を1970年代という時代からの清算と、そこからの旅立ちの歌ととらえるのは考えすぎであろうか。私には、恋人からの旅立ちであると同時に、青春からの旅立ち、そして内省と自閉の70年代からの旅立ちの歌であるような気がしてならない。