(1)7月15日の強行採決を新聞はどう伝えたか。翌日の社説は、「合意形成力の低下を示した採決」と国会審議の不毛を嗟嘆した日経新聞の論調を真ん中に、
「批判」と「擁護」
が見事に分かれた。
朝日新聞は「戦後の歩み覆す暴挙」、東京新聞は「違憲立法は許されない」と踏み込んだ。
・世論より米国への約束を優先する安倍首相の政治姿勢
・違憲とされる法律を数の力で押し通す立憲主義の否定
・質問に答えない国会軽視
・曖昧で分かりにくい法案そのもの
にも矛先を向けた。
(2)擁護派は、読売新聞が「首相は丁寧な説明を継続せよ」と今後に注文をつけたが、産経新聞は「与党の単独可決は妥当だ」と言い切った。憲法違反や立憲主義の論点には触れず、「116時間、論点はほぼ出尽くし」(読売)、「審議はすでに尽くされた」(産経)。国会論議の中身は素通りし、審議時間で「採決」の正当性を論じたのだ。
読売・産経とも、まだ国民の理解が進んでいる状況ではない、との首相の言葉を引きながら、読売は「法案の内容は専門的で複雑だが、日本と世界の平和と安全を守るうえで極めて重要な意義を持つ」とし、「丁寧な説明の継続」を求めた。これまでも丁寧な説明をしてきたと言わんばかりだ。
産経は「中国が活動を活発化させるなど日本を取り巻く安保環境は悪化している。政府はそのことを国民に率直に説明すべきだ」と説く。
説明すべきは、法案の中身より「日本を取り巻く安保環境の変化」というのが両紙の主張らしい。
読売はこの日の二面で大きな記事「安保環境厳しさ増す、東・南シナ海中国進出」を載せている。強行採決にぶつけるように海岸での中国の動きを取り上げ、軍事情勢の変化を強調した。
(3)メディアの使命は
「何を世間に問いかけるか」=問題提起する力
こそ命だ。政権が憲法解釈を変え、安保法制を力ずくで再構築しようとする今、メディアは読者に何を問いかけるべきか。
朝日、毎日、東京・・・・憲法がないがしろにされる「立憲主義の危機」を訴え、
読売・産経・・・・「中国・北朝鮮による軍事的脅威」に警鐘を鳴らす。
どこも似た記事ばかり、と言われてきた日本の新聞が、違った視点で記事を書くようになった。紙面に個性が出て、読み比べる興趣は増したが、気がかりはメディアの磁場に政府の威力が強まっていることだ。
(4)真っ二つに割れた論調の片方は、政府の言い分そのものだ。
安保法制を正当化する論拠とされる「中国の脅威」を改めて印象づけたのが、東シナ海での「ガス田開発」をめぐる報道だ。防衛白書(7月1日発表)で、中国が日中境界線近くの海域で掘削を行うプラットホームを増設していることが「軍事上の脅威」と指摘された。
この情報は産経新聞が2週間前に先行していた。暴露したのは、櫻井よしこ・ジャーナリストだ。彼女は、「確かな情報が私の手元にある」と書きだしたコラムで、プラットホーム増設の情報と、中国側の軍事的利用の危険性に警鐘を鳴らす。
東シナ海に飛んで調べたわけではあるまい。「手元にある情報」を誰が櫻井ジャーナリストに託したか。
国会審議で沸騰している時だ。安倍首相は、「こうした大きな安全保障環境の変化に対応すべく、切れ目ない対応を」と訴えた。中谷元・防衛相は、国会で櫻井ジャーナリストの主張をなぞるように軍事的脅威を強調。自民党は国防部会は、中国の海洋進出の証拠として防衛白書で扱うことを求めた。ガス田情報は「機密扱い」になっていたが、菅官房長官は「差し支えない範囲で公表する」と述べ、外務省は海図とともに航空写真を公開した。
(5)経済行為であるガス田開発さえ、中国脅威論を補強する事実として動き出す。櫻井ジャーナリストは、政府の情報戦略の拡声器なのか。
産経新聞は、宣伝の場として機能する。産経は、以前から保守的な学者や評論家の論断紙としての役割を果たしてきた。立ち位置は保守内右派と見られてきたが、安倍政権の登場でど真ん中に躍り出た。だが、読者層に限りがあり、媒体としての力に欠ける。
弱点を補ったのが読売だ。安倍官邸になってすり寄りが目立つ。読売の紙面にリーク情報が躍るようになった。
(6)7月10日付け読売四面に載った「安倍政権考・外交4」は、首相側近の今井尚哉・首相秘書官(政務担当)とスピーチライター谷口智彦・内閣官房参与の手柄話を記事にしたものだ。「対外発信スピーチに力」という見出しで米国の議会演説など海外における首相スピーチの裏で側近たちがどんな工夫をしたかが内容だ。
ブエノスアイレスで行った国際オリンピック委員会での「Under Control」演説などには触れず、取材相手の得意げな話を言われるままに書いたような記事。
この二人こそ安倍官邸で情報戦略を担う要人だ。緊張感に乏しい「安倍政権考」に読売の官邸取材が滲み出ている。
□神保太郎「メディア批評第93回」(「世界」2015年8月号)の「(2)官邸癒着メディアと「機敏な反撃」」
↓クリック、プリーズ。↓

【参考】
「【メディア】“愚者の砦”と化したNHK(2) ~かすかな希望~」
「【メディア】“愚者の砦”と化したNHK(1) ~強行採決を中継しない不作為~」
「批判」と「擁護」
が見事に分かれた。
朝日新聞は「戦後の歩み覆す暴挙」、東京新聞は「違憲立法は許されない」と踏み込んだ。
・世論より米国への約束を優先する安倍首相の政治姿勢
・違憲とされる法律を数の力で押し通す立憲主義の否定
・質問に答えない国会軽視
・曖昧で分かりにくい法案そのもの
にも矛先を向けた。
(2)擁護派は、読売新聞が「首相は丁寧な説明を継続せよ」と今後に注文をつけたが、産経新聞は「与党の単独可決は妥当だ」と言い切った。憲法違反や立憲主義の論点には触れず、「116時間、論点はほぼ出尽くし」(読売)、「審議はすでに尽くされた」(産経)。国会論議の中身は素通りし、審議時間で「採決」の正当性を論じたのだ。
読売・産経とも、まだ国民の理解が進んでいる状況ではない、との首相の言葉を引きながら、読売は「法案の内容は専門的で複雑だが、日本と世界の平和と安全を守るうえで極めて重要な意義を持つ」とし、「丁寧な説明の継続」を求めた。これまでも丁寧な説明をしてきたと言わんばかりだ。
産経は「中国が活動を活発化させるなど日本を取り巻く安保環境は悪化している。政府はそのことを国民に率直に説明すべきだ」と説く。
説明すべきは、法案の中身より「日本を取り巻く安保環境の変化」というのが両紙の主張らしい。
読売はこの日の二面で大きな記事「安保環境厳しさ増す、東・南シナ海中国進出」を載せている。強行採決にぶつけるように海岸での中国の動きを取り上げ、軍事情勢の変化を強調した。
(3)メディアの使命は
「何を世間に問いかけるか」=問題提起する力
こそ命だ。政権が憲法解釈を変え、安保法制を力ずくで再構築しようとする今、メディアは読者に何を問いかけるべきか。
朝日、毎日、東京・・・・憲法がないがしろにされる「立憲主義の危機」を訴え、
読売・産経・・・・「中国・北朝鮮による軍事的脅威」に警鐘を鳴らす。
どこも似た記事ばかり、と言われてきた日本の新聞が、違った視点で記事を書くようになった。紙面に個性が出て、読み比べる興趣は増したが、気がかりはメディアの磁場に政府の威力が強まっていることだ。
(4)真っ二つに割れた論調の片方は、政府の言い分そのものだ。
安保法制を正当化する論拠とされる「中国の脅威」を改めて印象づけたのが、東シナ海での「ガス田開発」をめぐる報道だ。防衛白書(7月1日発表)で、中国が日中境界線近くの海域で掘削を行うプラットホームを増設していることが「軍事上の脅威」と指摘された。
この情報は産経新聞が2週間前に先行していた。暴露したのは、櫻井よしこ・ジャーナリストだ。彼女は、「確かな情報が私の手元にある」と書きだしたコラムで、プラットホーム増設の情報と、中国側の軍事的利用の危険性に警鐘を鳴らす。
東シナ海に飛んで調べたわけではあるまい。「手元にある情報」を誰が櫻井ジャーナリストに託したか。
国会審議で沸騰している時だ。安倍首相は、「こうした大きな安全保障環境の変化に対応すべく、切れ目ない対応を」と訴えた。中谷元・防衛相は、国会で櫻井ジャーナリストの主張をなぞるように軍事的脅威を強調。自民党は国防部会は、中国の海洋進出の証拠として防衛白書で扱うことを求めた。ガス田情報は「機密扱い」になっていたが、菅官房長官は「差し支えない範囲で公表する」と述べ、外務省は海図とともに航空写真を公開した。
(5)経済行為であるガス田開発さえ、中国脅威論を補強する事実として動き出す。櫻井ジャーナリストは、政府の情報戦略の拡声器なのか。
産経新聞は、宣伝の場として機能する。産経は、以前から保守的な学者や評論家の論断紙としての役割を果たしてきた。立ち位置は保守内右派と見られてきたが、安倍政権の登場でど真ん中に躍り出た。だが、読者層に限りがあり、媒体としての力に欠ける。
弱点を補ったのが読売だ。安倍官邸になってすり寄りが目立つ。読売の紙面にリーク情報が躍るようになった。
(6)7月10日付け読売四面に載った「安倍政権考・外交4」は、首相側近の今井尚哉・首相秘書官(政務担当)とスピーチライター谷口智彦・内閣官房参与の手柄話を記事にしたものだ。「対外発信スピーチに力」という見出しで米国の議会演説など海外における首相スピーチの裏で側近たちがどんな工夫をしたかが内容だ。
ブエノスアイレスで行った国際オリンピック委員会での「Under Control」演説などには触れず、取材相手の得意げな話を言われるままに書いたような記事。
この二人こそ安倍官邸で情報戦略を担う要人だ。緊張感に乏しい「安倍政権考」に読売の官邸取材が滲み出ている。
□神保太郎「メディア批評第93回」(「世界」2015年8月号)の「(2)官邸癒着メディアと「機敏な反撃」」
↓クリック、プリーズ。↓



【参考】
「【メディア】“愚者の砦”と化したNHK(2) ~かすかな希望~」
「【メディア】“愚者の砦”と化したNHK(1) ~強行採決を中継しない不作為~」