語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】人びとの認識を操作する法 ~ゴルバチョフに会いに行く~

2016年07月18日 | ●佐藤優
 

 (1)ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』や『罪と罰』の新訳で日本にドストエフスキーブームを再来させた亀山郁夫(名古屋外国語大学学長/元東京外国語大学学長/ロシア文学者)氏が2014年12月にゴルバチョフ・元ソ連大統領と会談した。
 この会談の内容が微妙にずれているところが面白い。

 (2)亀山氏は、ソ連崩壊について、文学的、思想的問いかけを誠実に行っているのに、ゴルバチョフから返ってくるのは、政治的返答だけだ。
 ウクライナ問題に亀山氏が、
 「そもそもロシア・ウクライナ紛争の問題の根はどこにあるとお考えでしょうか」
と、ゴルバチョフの母親がウクライナ人、父親がロシア人であることに踏み込んで尋ねているのに、ゴルバチョフの以下の回答は紋切り型だ。
 <クリミアはかつてロシアが獲得した領土です。そのために多くの血が流されました。ロシアは何世紀にもわたって、黒海への出口を求め、クリミアを得るために戦いました。(中略)
 ウクライナ人がソ連邦から離脱した時、ロシア人はクリミアの返還をエリツィン[当時の大統領]に提言すべきでした。(中略)現在のクリミア状況に関して言えば、クリミアの住民は独自に住民投票を実施することを求め、2014年3月に実施しました。そして80%以上の住民がロシア編入に賛成しました。賛成したのはロシア人たちです。彼らはウクライナから独立し、ロシアに戻ることを望んでいました。結果を見て、ロシアはクリミア編入を了解しました>

 (3)こんな釈明に納得する国際政治の専門家は一人もいない。
 クリミア住民の大多数がロシアへの編入を望んでいたのが事実としても、あの住民投票は、黒海に駐留するロシア軍の策動がなければできなかった。
 ゴルバチョフがここで述べたことは、プーチン政権のプロパガンダそのものだ。積極的な嘘はつかないが、重要事項はあえて考察の対象から外して語ることにより相手の認識を操作する。
 ソ連共産党内の権力闘争で身につけた技法は、既にゴルバチョフの人格の一部になっているのだろう。

□亀山郁夫『ゴルバチョフに会いに行く』(集英社、2016)
□佐藤優「ゴルバチョフ流「認識操作術」 ~読まずにいられない Book 160~」(「AERA」2016年7月25日号)
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【水木しげる】+武良布枝 好きなことだけやる ~長寿の秘訣~

2016年07月18日 | 生活
 (1)対談当時、水木しげるは90歳(満93歳で没)。長寿の秘訣なんて何もないという。
 細君(武良布枝)は市役所でやっている定期健診に「無理やり捕まえて連れて行く」が、どこも悪くないと。
 60歳代くらいまでは、一日中、何かの締め切りに追われる生活だった。70歳代になってちょっと落ち着いてきたが、ホッとしているヒマなんかない。90歳代になっても、こういう対談の企画を持ち込まれて忙しい。
 1日のスケジュールは、365日、まったく同じ。起きるのはだいだい10時ごろ。
 <眠るだけ眠る。健康の秘訣は眠り狂うっちゅうことかな>
 夫人、<たまに朝6時ごろに起きてくることもありますが、起こさないと半日寝てます。それで朝食兼昼食を食べてから、ゆっくり新聞に目を通して、お昼前後に自宅を出て、ここ(事務所)まで歩いて行きます。だいたい1キロぐらいを、ゆっくり1時間くらいかけて。途中で腰をおろすのによさそうなところを見つけて休んだりしているようです。行き帰りには、(次女の)悦子が付き添っています>

 (2)この年齢でも肉が好きだそうだ。すき焼きとかトンカツもぺろりと食べる。胃が丈夫で、軍隊にいた2年間、お腹を壊すということがなかった。腹がすいたらカタツムリを焼いて食べたりした。
 アルコールは飲めない。付き合いでビール1杯飲んだだけで真っ赤になってしまう。
 漫画仲間は徹夜自慢が多かったが、雑誌の連載を減らしても睡眠時間を確保した。
 夫人、<今も寝床に入ったかと思うと、すぐホチャッと寝てしまいます(笑)。年をとると夜中に目が覚めるとか眠りが浅くなるとか聞きますけれど、驚くほどよく寝ますね> 
 夫人、長寿の秘訣は<やっぱり睡眠と、あとは、何があっても物事に動じない“自然体”なところでしょうか。漫画家には結構神経質な方も多いようですが、こっちはドシっと動かない。眉間にシワ寄せている感じじゃなくて、雰囲気は案外明るいんです>
 水木しげる、長寿の秘訣は<やっぱり、好きなことだけやってきたから。ずっと漫画描いてメシを食っていくということが、このごろは不思議に感じるね。本が売れた売れないで一喜一憂していたのは20年前までで、その心配がなくなってからは、ずっと幸福な状態が続いている>

 (3)水木しげるが好きなことは、寝ることと食べること。絵を描くことは仕事。
 漫画を描くためには、絵だけじゃなくてストーリーをつくらなきゃいけないというので、海外の小説から日本の古典まで読んで勉強した。
 子どもの時から哲学的傾向があって、カントもヘーゲルも読んだ。聖書も。最後にはゲーテを尊敬するようになった。
 <ゲーテは言っていることが幅広いし、なかなか面白い>
 次女悦子、<「お父ちゃんはゲーテの言うとおりに生活しているんだ」と言っていたよね>
 <ニーチェも読んだが、あれはちょっと刺激が強すぎて、自分が立ち上がって何かやらにゃならんという気持になる。その点、ゲーテはやんわり「これこれこうだ」とくるんだ>
 <ゲーテの弟子のエッカーマンが書いた『ゲーテとの対話』の三冊本を暗記するまで読んだ>【注】

 【注】「【本】水木しげるが選ぶゲーテの賢言 ~『ゲゲゲのゲーテ』~

□『文藝春秋クリニック アンチエイジング決定版!元気で長生きはこんな人』(文春ムック、2016)の水木しげる×武良布枝「対談:ゲゲゲの夫婦が語る「睡眠と図太さがヒケツ」(初出は『文藝春秋』2012年8月号)
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 【参考】
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