(1)第二次世界大戦中、ウクライナの民族主義者でステファン・バンデラという人がいた。ウクライナの独立運動を率いた人物だ。
バンデラの運動を見て協力を申し出たのがナチスだ。「それはいい考えだ、われわれナチス・ドイツはウクライナ独立を断固支持する」と言ってウクライナ軍団を作り、バンデラもウクライナ軍団指揮下でユダヤ人やポーランド人、チェコ人、スロバキア人の虐殺に積極的に加担した。特にガリツィア地方はユダヤ人が多かった。イスラエルを建国した人びとの相当部分はガリツィア出身だが、実はその陰にウクライナ軍団によるユダヤ人虐殺がある。
ウクライナ軍団の戦いはウクライナ解放戦へと発展し、最終的にソ連軍を追い出したところでナチスは「独立を支持すると約束はしたが、約束を守るとは言っていないよな」と、手のひら返しを行って、ウクライナ人を奴隷化し、ドイツの工場や炭坑で働かせだした。バンデラは怒って、今度はナチス・ドイツに抵抗してウクライナ独立国家を旗揚げしたんだが、これは3日ぐらいしか持たなかった。彼は逮捕されてドイツの強制収容所に入れられ、バンデラなきバンデラ軍はナチスの下でユダヤ人やスロバキア人たちの殺戮を続けた。だから、ウクライナ人はナチス・ドイツとソ連の両方に別れてあの戦争を戦ったことになる。
(2)1945年にガリツィアにソ連軍が入ってくると、ナチスと協力した連中の幹部は家族を含め皆殺しにされ、幹部より下、真ん中ぐらいの連中はシベリアの強制収容所送り、末端の兵隊たちはウクライナの東のほうに移住させられた。
ユニエイト教会は、ソ連の公式発表によると1946年に「自発的に」正教会に合同した。ユニエイト教会側はスターリンの指示による強制合同だったと主張しているけれど、こうしてユニエイト教会は消滅し、信者はシベリア送りになった。
戦後もウクライナ西部の山岳地帯では1950年代半ばまで10年以上にわたって反ソ・ゲリラ闘争が続いた。米軍によって強制収容所から解放されたバンデラは西ドイツに行って、反ソ運動とウクライナの武装抗争を支持するが、1959年にミュンヘンの自宅近くでKGBの刺客によって暗殺された。暗殺したKGBの刺客が後に米国へ亡命したために、バンデラを殺したときの話が表に出てきたのだ。
ソ連の支配を潔しとしないガリツィア地方のウクライナ人たちは、カナダに亡命した。今もカナダには、エドモントンを中心に120万人のウクライナ人が住んでいて、ユニエイトを信仰しながら、ウクライナ人の自己意識を失わずに生活を続けている。カナダで一番話されている言語は英語で、次がフランス語だが、その次が実はウクライナ語だ。
(3)1980年代末、ゴルバチョフのペレストロイカ政策で、ソ連人の外国人との接触条件が緩和されると、カナダのウクライナ人はガリツィアの親戚や知人が展開するウクライナ独立運動に資金援助を行い始めた。最近は沈静化したが、北アイルランドの独立運動も、米国のアイルランド系移民の資金援助によって行われていた。自分のルーツとなる国に一度も住んだことのない人たちほど、母国に過剰な思い入れをしがちだ。これを〈遠距離ナショナリズム〉と呼ぶ。
国際紛争はこの遠距離ナショナリズムが強く関係してくる。2014年のウクライナ紛争に際しても、カナダは強い抗議の念を表すために、真っ先に駐露大使を本国に召還した。それはこうした事情があったからだ。
紛争は、西ウクライナの反ロシア・親欧米政権がロシア語を公用語から外して、ウクライナ語だけを公用語とした結果、大変な混乱が起きたことが発端だ。自分たちがウクライナ人なのかロシア人なのか区別がつかないくらいロシアに同化している東部・南部の人たちにとっては、とんでもない出来事だったのだ。
ウクライナ語ができない公務員はクビになる。企業と役所がやり取りする文書も全部ウクライナ語になる。ウクライナ語がわからないと仕事にならない。結果として、ウクライナ人だけれどもロシア語しかしゃべれない人は二級市民に転落して、肉体労働かそれに準ずる低賃金労働にしか従事できなくなってしまう。あの、ステファン・バンデラを旗印に掲げて、火炎瓶を投げているような西ウクライナのお兄ちゃんたちが東ウクライナへやってきて、役所の幹部になって、国営工場の幹部になるだろう。そんなのは冗談じゃないと。
普段はあまりデモなんかに参加しないウクライナ人tqあちも、これだけ生活基盤が脅かされれば立ち上がるしかない。そこでロシアがウクライナの安定化を口実にクリミアへ侵入した・・・・そういう構図だ。
□佐藤優『君たちが知っておくべきこと 未来のエリートとの対話』(新潮社、2016)の「戦争はいつ起きるのか 2014年4月5日」
↓クリック、プリーズ。↓

【参考】
「【佐藤優】近代の矛盾が凝縮するウクライナ ~イエズス会が播いた種~」
「【佐藤優】安倍政権が日本を壊しつつある ~反知性主義~」
「【佐藤優】健康志向はナチスが始めた」
「【佐藤優】民主政治はフランス革命をなぞる ~アベノミクスはジロンド派~」
「【佐藤優】出世頭の外交官が書いた間違いだらけの外交教科書 ~権威に惑わされるな~」
「【佐藤優】ギリシャ的伝統を引き継いだドイツ ~ライプニッツと帝国主義~」
「【佐藤優】民主制の起源 ~中学や高校の教科書が教えないこと~」

バンデラの運動を見て協力を申し出たのがナチスだ。「それはいい考えだ、われわれナチス・ドイツはウクライナ独立を断固支持する」と言ってウクライナ軍団を作り、バンデラもウクライナ軍団指揮下でユダヤ人やポーランド人、チェコ人、スロバキア人の虐殺に積極的に加担した。特にガリツィア地方はユダヤ人が多かった。イスラエルを建国した人びとの相当部分はガリツィア出身だが、実はその陰にウクライナ軍団によるユダヤ人虐殺がある。
ウクライナ軍団の戦いはウクライナ解放戦へと発展し、最終的にソ連軍を追い出したところでナチスは「独立を支持すると約束はしたが、約束を守るとは言っていないよな」と、手のひら返しを行って、ウクライナ人を奴隷化し、ドイツの工場や炭坑で働かせだした。バンデラは怒って、今度はナチス・ドイツに抵抗してウクライナ独立国家を旗揚げしたんだが、これは3日ぐらいしか持たなかった。彼は逮捕されてドイツの強制収容所に入れられ、バンデラなきバンデラ軍はナチスの下でユダヤ人やスロバキア人たちの殺戮を続けた。だから、ウクライナ人はナチス・ドイツとソ連の両方に別れてあの戦争を戦ったことになる。
(2)1945年にガリツィアにソ連軍が入ってくると、ナチスと協力した連中の幹部は家族を含め皆殺しにされ、幹部より下、真ん中ぐらいの連中はシベリアの強制収容所送り、末端の兵隊たちはウクライナの東のほうに移住させられた。
ユニエイト教会は、ソ連の公式発表によると1946年に「自発的に」正教会に合同した。ユニエイト教会側はスターリンの指示による強制合同だったと主張しているけれど、こうしてユニエイト教会は消滅し、信者はシベリア送りになった。
戦後もウクライナ西部の山岳地帯では1950年代半ばまで10年以上にわたって反ソ・ゲリラ闘争が続いた。米軍によって強制収容所から解放されたバンデラは西ドイツに行って、反ソ運動とウクライナの武装抗争を支持するが、1959年にミュンヘンの自宅近くでKGBの刺客によって暗殺された。暗殺したKGBの刺客が後に米国へ亡命したために、バンデラを殺したときの話が表に出てきたのだ。
ソ連の支配を潔しとしないガリツィア地方のウクライナ人たちは、カナダに亡命した。今もカナダには、エドモントンを中心に120万人のウクライナ人が住んでいて、ユニエイトを信仰しながら、ウクライナ人の自己意識を失わずに生活を続けている。カナダで一番話されている言語は英語で、次がフランス語だが、その次が実はウクライナ語だ。
(3)1980年代末、ゴルバチョフのペレストロイカ政策で、ソ連人の外国人との接触条件が緩和されると、カナダのウクライナ人はガリツィアの親戚や知人が展開するウクライナ独立運動に資金援助を行い始めた。最近は沈静化したが、北アイルランドの独立運動も、米国のアイルランド系移民の資金援助によって行われていた。自分のルーツとなる国に一度も住んだことのない人たちほど、母国に過剰な思い入れをしがちだ。これを〈遠距離ナショナリズム〉と呼ぶ。
国際紛争はこの遠距離ナショナリズムが強く関係してくる。2014年のウクライナ紛争に際しても、カナダは強い抗議の念を表すために、真っ先に駐露大使を本国に召還した。それはこうした事情があったからだ。
紛争は、西ウクライナの反ロシア・親欧米政権がロシア語を公用語から外して、ウクライナ語だけを公用語とした結果、大変な混乱が起きたことが発端だ。自分たちがウクライナ人なのかロシア人なのか区別がつかないくらいロシアに同化している東部・南部の人たちにとっては、とんでもない出来事だったのだ。
ウクライナ語ができない公務員はクビになる。企業と役所がやり取りする文書も全部ウクライナ語になる。ウクライナ語がわからないと仕事にならない。結果として、ウクライナ人だけれどもロシア語しかしゃべれない人は二級市民に転落して、肉体労働かそれに準ずる低賃金労働にしか従事できなくなってしまう。あの、ステファン・バンデラを旗印に掲げて、火炎瓶を投げているような西ウクライナのお兄ちゃんたちが東ウクライナへやってきて、役所の幹部になって、国営工場の幹部になるだろう。そんなのは冗談じゃないと。
普段はあまりデモなんかに参加しないウクライナ人tqあちも、これだけ生活基盤が脅かされれば立ち上がるしかない。そこでロシアがウクライナの安定化を口実にクリミアへ侵入した・・・・そういう構図だ。
□佐藤優『君たちが知っておくべきこと 未来のエリートとの対話』(新潮社、2016)の「戦争はいつ起きるのか 2014年4月5日」
↓クリック、プリーズ。↓



【参考】
「【佐藤優】近代の矛盾が凝縮するウクライナ ~イエズス会が播いた種~」
「【佐藤優】安倍政権が日本を壊しつつある ~反知性主義~」
「【佐藤優】健康志向はナチスが始めた」
「【佐藤優】民主政治はフランス革命をなぞる ~アベノミクスはジロンド派~」
「【佐藤優】出世頭の外交官が書いた間違いだらけの外交教科書 ~権威に惑わされるな~」
「【佐藤優】ギリシャ的伝統を引き継いだドイツ ~ライプニッツと帝国主義~」
「【佐藤優】民主制の起源 ~中学や高校の教科書が教えないこと~」
