(1)片山善博・慶應義塾大学教授は、かねてから「知事と議会は車の両輪であって、一輪車にならないように」と全国の地方議会に向けて警鐘を鳴らし、そのありようを批判してきた。
わが国の自治体の統治の仕組みは、二元代表制である。知事などの首長と議会議員とが、いずれも住民によって直接選ばれる。この「二元」は互いに索制しつつ、緊張感をもって自治体運営の舵取りをする。これを比喩的に、知事と議会は「車の両輪」の関係にあるという。
「両輪」は車軸で繋がっているが、通常二つの車輪には適度な距離がある。距離があるからこそ、そこに異論や反論の入り込む余地がある。そんな異論や反論を交えて議論したり、そこから合意を形成することで、「両輪」は安定して前に進むことができる。
ところが、現実の多くの(ほとんどの)自治体では、「両輪」の間にほとんど距離がない。ぴったりくっついている。そこには異論や反論の入り込む隙間がない。したがって、議論もない。これを一体化と言ってもいいが、癒着と言う方がわかりやすい。両輪が癒着した「一輪車」である。
「一輪車」と化した議会では、まともな議論を欠いたまま、執行部が提案した議案はすべて無傷で可決される。何ごとも人目につかない所で決められていて、表の議場では質問者と知事が原稿を整然と読み合う儀式が繰り広げられる。「八百長」と「学芸会」だ。
かつて北海道議会がその典型だと揶揄していたが、ある時点からそれを止めた。北海道議会に改善がみられたからではない。いつの頃か東京都議会のありさまを知るに及んで、道議会より都議会のほうが「八百長」と「学芸会」の完成度が高いことがわかったからだ。爾来、都議会こそ「八百長」と「学芸会」の典型だと公言してきた。ところが・・・・
(2)都知事に就任した小池百合子氏が挨拶のため川井しげお・都議会議長を訪ねた時の様子がテレビニュースなどで大きく報じられた。その際話題になったのが、議長が知事と並んで写真を撮られるのを拒んだことだ。
議長にしてみれば都知事選挙の経緯からして腹の虫がおさまらず、一緒に写真に納まることなど到底できなかったのだろう。
それはそれとして、川井議長が小池知事に意外な言葉を放った。
「知事と議会は車の両輪です。一輪車にならないように」
まさに片山教授の警鐘そのままの言葉だ。
しかし、どうやら「両輪」の間の距離など念頭になさそうだ。その上で、知事だけが目立ち、議会をおいてけぼりにして知事だけで突っ走らないように、と釘を刺したのだろう。「一輪車」とは、知事が独走する姿をイメージしているに違いない。
これをどう受け止めるべきか。
素直に受け止めるべきだ。知事ばかりが目立つのはともかく、知事が独走するのはよくないし、まして暴走させてはならないからだ。議会と癒着し、一体化した「一輪車」もいけないが、議会と関係なく奔放に走り回る「一輪車」も困りものだ。どんなに支持率が高い知事であろうとも、権力の座にある以上は厳しいチェックを受けなければならない。
そのチェックの役割を担うのが議会なのだから、議長は知事に対して「一輪車にならないように」頼むのではなく、「一輪車にさせないように、われわれが厳しくチェックする」と宣言すべきだった。それによってこそ知事と議会が本来の「車の両輪」になれるはずだった。
9月定例都議会を見る限り、「車の両輪」の間柄になれているとは到底言えない。議会は、本心はともあれ表面上は小池知事の威力に圧倒され、竦んでいる。竦む理由はあるだろうが、それはそれとしてここは「是は是、非は非」の姿勢で知事に向き合うことが必要だ。知事に対して議会本来のチェック機能を果たすべきだ。それを怠れば、結果的には議長が危惧する「一輪車」に、知事はなりかねない。
では、どんなチェックが必要であり、かつ、有効か。一般には知事の政治姿勢を質したり、気にくわない言動を追求したりということになりがちだが、そうではなくて、議会は知事が提出した議案を正面から堂々と点検すべきだ。
(3)一例は、「東京都知事の給料等の特例に関する条例」だ。
小池知事は、自分が知事になったら給与を半分にすると公約しており、それを実現するための条例案を都議会に提出し、それを議会は原案通り可決した。
都議会のこの決定は、疑問だ。内容があまりにもいい加減で、それをそのまま通した都議会は無責任だ。
第一点。知事の給与を半減しただけだと、どうなるか。知事の給与は月額145万6千円→72万8千円に半減する。これに地域手当及び期末手当を加えた年収では、2,896万円強から1,448万円強にやはり半減する。ところが、当然のことながら副知事以下の職員の給与はそのままなので、組織内の給与のバランスは大きく崩れることになる。
都副知事の給与は月額118万円9千円だし、局長などでも知事の給与を上回る職員がいることになる。組織のトップに不祥事があったり、管理責任を問われることがあったりした時にはこんな逆転現象もあり得るが、そんなこともないのに逆転することは通常はあり得ない。
逆転現象がみられる組織では、おそらく職員はトップに遠慮と気兼ねをするに違いないし、トップは「自分より高い給料をもらっているのに、これぐらいしか仕事ができあにのか」と、ことあるごとに不満を抱いてもおかしくない。そんな組織は決して尋常とは言えないし、少なくとも心を一つにして気持よく仕事をしようという環境にはほど遠い。
第二点。条例によれば、2016年11月から2017年1月までの3ヶ月分の知事給与は半減どころかゼロにするとある。知事は3ヵ月間ただ働きをすることになる。どうしてこんな可笑しげなことをするかというと、知事に就任後の3ヵ月間は、この条例が成立していないので給与は全額支給されている。このままだとトータルの支給額がきっちり半減ということにならない。そこで11月からの3ヶ月分をゼロにすることで、辻褄合わせをしているのだ。
そのこと自体が小役人的で不見識だが、それ以上に問題にすべきことがある。それは、条例が成立するまでの3ヵ月間の給与も、結果として半減されることだ。一般に認められていない「不利益遡及」を、この条例では敢えて冒した。こんな乱暴な立法が認められるなら、一般職員の給与でも、何らかの事情で給与条例が改正され、既に支給されている期間の給与を返納させることも可能になりかねない。
こんないい加減な内容の条例を提出した知事の見識が問われなければならない。とはいえ、選挙時のいきさつから、いい加減なものでも出さなければならなかった事情は容易に想像できる。
しかし、それがどうであれ、この条例を原案のまま可決した議会は、見識と責任を大いに問われるべきだ。こんなことでは先が思いやられる。既にして、川井議長が懸念する「一輪車」が独走しつつあるではないか。
□片山善博(慶應義塾大学教授)「小池都政を「一輪車」にしてはならない ~日本を診る第85回~」(「世界」2016年12月号)
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【参考】
「【片山善博】【豊洲】市場問題 ~都議会のなすべきこと~」
「【片山善博】今も変わらぬ社会の病理 ~福翁自伝~」
「【片山善博】都議会改革は都庁改革 ~都の政策に責任を持つのは誰か~」
「【片山善博】情報公開が首長を守る ~舛添都知事辞任の教訓~」
「【片山善博】大切なことに時間を使う ~セネカ『人生の短さについて』~」
「【片山善博】二度も続いた東京都知事の失脚-その教訓を都政の改革に生かす」
「【片山善博】参議院選、鳥取島根ほかの「今回の合区は憲法違反」」
「【片山善博】教育、図書館、議会の力 ~カーネギー自伝~」
「【片山善博】らの鼎談 違法性がなくても知事の適性がない ~舛添は日本の恥(2)~」
「【片山善博】&増田寛也&上脇博之 舛添知事は日本の恥だ ~辞任勧告~」
「【片山善博】舛添都知事問題は自治システム改善の教材」
「【社会】防災体制の点検、真剣に ~平素の備えが大切~」
「【片山善博】口利き政治の弊害と政治家本来の役割」
「【片山善博】選挙権年齢引下げと主権者教育のあり方」
「【片山善博】TPPから見える日本政治の悪弊 ~説明責任の欠如~」
「【片山善博】政権与党内の議論のまやかし ~消費税軽減税率論議~」
「【経済】今導入すると格差が拡大する ~外形課税=赤字法人課税~」
「【片山善博】【沖縄】辺野古審査請求から見えてくる国のモラルハザード」
「【片山善博】川内原発再稼働への知事の「同意」を診る」
「【片山善博】違憲と不信で立ち枯れ ~安保法案~」
「【片山善博】【五輪】新国立競技場をめぐるドタバタ ~舛添知事にも落とし穴~」
「【片山善博】「ベトナム反中国暴動」報道への違和感」
「【片山善博】文部科学省の愚と憲法違反 ~竹富町教科書問題~」
「【片山善博】都知事選に見る政党の無責任 ~候補者の「品質管理」~」
「【片山善博】JR北海道の安全管理と道州制特区」
「【政治】地方議会における口利き政治の弊害 ~民主主義の空洞化(3)~」
「【政治】住民の声を聞こうとしない地方議会 ~民主主義の空洞化(2)~」
「【政治】福島県民を愚弄する国会 ~民主主義の空洞化(1)~」
「【社会】教育委員は何をなすべきか ~民意を汲みとる~」
「【社会】教育委員会は壊すより立て直す方が賢明」
「【社会】「教員駆け込み退職」と地方自治の不具合」
「【政治】何事も学ばず、何事も忘れない自民党 ~公共事業~」
わが国の自治体の統治の仕組みは、二元代表制である。知事などの首長と議会議員とが、いずれも住民によって直接選ばれる。この「二元」は互いに索制しつつ、緊張感をもって自治体運営の舵取りをする。これを比喩的に、知事と議会は「車の両輪」の関係にあるという。
「両輪」は車軸で繋がっているが、通常二つの車輪には適度な距離がある。距離があるからこそ、そこに異論や反論の入り込む余地がある。そんな異論や反論を交えて議論したり、そこから合意を形成することで、「両輪」は安定して前に進むことができる。
ところが、現実の多くの(ほとんどの)自治体では、「両輪」の間にほとんど距離がない。ぴったりくっついている。そこには異論や反論の入り込む隙間がない。したがって、議論もない。これを一体化と言ってもいいが、癒着と言う方がわかりやすい。両輪が癒着した「一輪車」である。
「一輪車」と化した議会では、まともな議論を欠いたまま、執行部が提案した議案はすべて無傷で可決される。何ごとも人目につかない所で決められていて、表の議場では質問者と知事が原稿を整然と読み合う儀式が繰り広げられる。「八百長」と「学芸会」だ。
かつて北海道議会がその典型だと揶揄していたが、ある時点からそれを止めた。北海道議会に改善がみられたからではない。いつの頃か東京都議会のありさまを知るに及んで、道議会より都議会のほうが「八百長」と「学芸会」の完成度が高いことがわかったからだ。爾来、都議会こそ「八百長」と「学芸会」の典型だと公言してきた。ところが・・・・
(2)都知事に就任した小池百合子氏が挨拶のため川井しげお・都議会議長を訪ねた時の様子がテレビニュースなどで大きく報じられた。その際話題になったのが、議長が知事と並んで写真を撮られるのを拒んだことだ。
議長にしてみれば都知事選挙の経緯からして腹の虫がおさまらず、一緒に写真に納まることなど到底できなかったのだろう。
それはそれとして、川井議長が小池知事に意外な言葉を放った。
「知事と議会は車の両輪です。一輪車にならないように」
まさに片山教授の警鐘そのままの言葉だ。
しかし、どうやら「両輪」の間の距離など念頭になさそうだ。その上で、知事だけが目立ち、議会をおいてけぼりにして知事だけで突っ走らないように、と釘を刺したのだろう。「一輪車」とは、知事が独走する姿をイメージしているに違いない。
これをどう受け止めるべきか。
素直に受け止めるべきだ。知事ばかりが目立つのはともかく、知事が独走するのはよくないし、まして暴走させてはならないからだ。議会と癒着し、一体化した「一輪車」もいけないが、議会と関係なく奔放に走り回る「一輪車」も困りものだ。どんなに支持率が高い知事であろうとも、権力の座にある以上は厳しいチェックを受けなければならない。
そのチェックの役割を担うのが議会なのだから、議長は知事に対して「一輪車にならないように」頼むのではなく、「一輪車にさせないように、われわれが厳しくチェックする」と宣言すべきだった。それによってこそ知事と議会が本来の「車の両輪」になれるはずだった。
9月定例都議会を見る限り、「車の両輪」の間柄になれているとは到底言えない。議会は、本心はともあれ表面上は小池知事の威力に圧倒され、竦んでいる。竦む理由はあるだろうが、それはそれとしてここは「是は是、非は非」の姿勢で知事に向き合うことが必要だ。知事に対して議会本来のチェック機能を果たすべきだ。それを怠れば、結果的には議長が危惧する「一輪車」に、知事はなりかねない。
では、どんなチェックが必要であり、かつ、有効か。一般には知事の政治姿勢を質したり、気にくわない言動を追求したりということになりがちだが、そうではなくて、議会は知事が提出した議案を正面から堂々と点検すべきだ。
(3)一例は、「東京都知事の給料等の特例に関する条例」だ。
小池知事は、自分が知事になったら給与を半分にすると公約しており、それを実現するための条例案を都議会に提出し、それを議会は原案通り可決した。
都議会のこの決定は、疑問だ。内容があまりにもいい加減で、それをそのまま通した都議会は無責任だ。
第一点。知事の給与を半減しただけだと、どうなるか。知事の給与は月額145万6千円→72万8千円に半減する。これに地域手当及び期末手当を加えた年収では、2,896万円強から1,448万円強にやはり半減する。ところが、当然のことながら副知事以下の職員の給与はそのままなので、組織内の給与のバランスは大きく崩れることになる。
都副知事の給与は月額118万円9千円だし、局長などでも知事の給与を上回る職員がいることになる。組織のトップに不祥事があったり、管理責任を問われることがあったりした時にはこんな逆転現象もあり得るが、そんなこともないのに逆転することは通常はあり得ない。
逆転現象がみられる組織では、おそらく職員はトップに遠慮と気兼ねをするに違いないし、トップは「自分より高い給料をもらっているのに、これぐらいしか仕事ができあにのか」と、ことあるごとに不満を抱いてもおかしくない。そんな組織は決して尋常とは言えないし、少なくとも心を一つにして気持よく仕事をしようという環境にはほど遠い。
第二点。条例によれば、2016年11月から2017年1月までの3ヶ月分の知事給与は半減どころかゼロにするとある。知事は3ヵ月間ただ働きをすることになる。どうしてこんな可笑しげなことをするかというと、知事に就任後の3ヵ月間は、この条例が成立していないので給与は全額支給されている。このままだとトータルの支給額がきっちり半減ということにならない。そこで11月からの3ヶ月分をゼロにすることで、辻褄合わせをしているのだ。
そのこと自体が小役人的で不見識だが、それ以上に問題にすべきことがある。それは、条例が成立するまでの3ヵ月間の給与も、結果として半減されることだ。一般に認められていない「不利益遡及」を、この条例では敢えて冒した。こんな乱暴な立法が認められるなら、一般職員の給与でも、何らかの事情で給与条例が改正され、既に支給されている期間の給与を返納させることも可能になりかねない。
こんないい加減な内容の条例を提出した知事の見識が問われなければならない。とはいえ、選挙時のいきさつから、いい加減なものでも出さなければならなかった事情は容易に想像できる。
しかし、それがどうであれ、この条例を原案のまま可決した議会は、見識と責任を大いに問われるべきだ。こんなことでは先が思いやられる。既にして、川井議長が懸念する「一輪車」が独走しつつあるではないか。
□片山善博(慶應義塾大学教授)「小池都政を「一輪車」にしてはならない ~日本を診る第85回~」(「世界」2016年12月号)
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【参考】
「【片山善博】【豊洲】市場問題 ~都議会のなすべきこと~」
「【片山善博】今も変わらぬ社会の病理 ~福翁自伝~」
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「【片山善博】参議院選、鳥取島根ほかの「今回の合区は憲法違反」」
「【片山善博】教育、図書館、議会の力 ~カーネギー自伝~」
「【片山善博】らの鼎談 違法性がなくても知事の適性がない ~舛添は日本の恥(2)~」
「【片山善博】&増田寛也&上脇博之 舛添知事は日本の恥だ ~辞任勧告~」
「【片山善博】舛添都知事問題は自治システム改善の教材」
「【社会】防災体制の点検、真剣に ~平素の備えが大切~」
「【片山善博】口利き政治の弊害と政治家本来の役割」
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