こういった題材を書いていると時々起きる現象がある。
何故だか知らない。
夢で教えられるのだ。
強制的に夢で勉強させられるのだ。
現実では勉強から逃避するナマケモノだ。
ワシは何も知らなくてもいい。
ワシはアホでいい(アホだもん・・・)。
「学び」なんてしたくない。
そ、それなのに・・・
この世はヒネクレている。
神様はイジワルだ。
勉強好きな人に教えればいいのに。
夢で逃げ場が無いワシに教える。
神様はサドだ。
こうなったら、忘れてやる。
忘れるのは得意だ。
忘れ競争があったら県大会までいけるぞ。
多分・・・予選敗退だけど・・・
(中途半端な強さだなぁ・・・)
だけど・・・これが忘れない。
自分で学んだ事は忘れるのに・・・。
夢で無理やり教え込まれた事は忘れない。
忘れられないのだ。
か、神様はイジワルだ・・・。
(神様だけど冗談の神様だと思う・・・)
今回は「余裕命」に関してだ。
ワシは「命」をその個体のモノだと思っていた。
一定の器に流れる力だと思っていた。
元は違うだろうが、この世では個体に属するモノ。
「命」を分けていただく事。
「命」を活性化する事。
「命」を消耗する事。
そして「命」を失う事が出来る。
そう思っていた。
ところが「夢の授業」では違っていた。
「命」は「氣」の仕組みと同じ。
この世の仕組みと同じ。
自由自在だった・・・。
個体に属すると決めれば、その通りだ。
活性化できる、とすれば、出来る。
失ってしまう、とすれば、失う。
な、なんて、イイカゲンなヤツ・・・。
(本館は 「氣の空間・氣功療法院」