ジャジャ~ン、遂に昨日念願のカメラ(キャノンEOS80D(W))を手にしました。 親戚の娘から長らく借りて使っていたコンデジともお別れです。 ヤオフクや楽天のオークション等で、先頃から物色中でしたが、「カメラの〇〇〇〇」知り合いに相談したところ、「それは新品を買うに限る。」と言われ、確たる保証もない中古カメラよりは、こっちの方が。。。と決めました。 なぜ今かと言うと、直接の購入動機はちょっと不純ですけどね。(好きな競馬で、一発ド~ンと来たものですから。) まだ撮影方法については勉強中ですが、眼で見て、聞いてマスターした方が、理解できる(私の場合は)ので、ネットで色々検索して見ました。 そう言えば以前、テレビのリモコンが壊れた際にもYouTubeの動画を見て簡単に修理出来たことがありましから。 と言う事でYouTubeで検索をかけてみると、「カメラの〇〇〇〇」の動画がありました。(カメラの型番で検索) 便利な世の中になったものですね~。 実は今回思い切って買う気になったのは、写真撮り歩きのブロ友S,M,Rさん等に刺激されて。。。と、言うところでしょうか。 以前ポジカメラを使っていた頃の望遠レンズに、コンバージョンレンズを併用すれば400ミリまでは大丈夫です。 昨日は台風の影響で初撮りは出来なかったので、今日から再スタートと行きたいものです。
コーヒールンバ~西田佐知子
(出典:三木紘三の歌物語より)
ベネズエラのシンガー・ソングライター、ホセ・マンソ・ペローニが、1958年に作詞・作曲した「コーヒーを挽きながら」が原曲。 彼の甥のウーゴ・ブランコが、1960年に演奏してから世界に知られるようになりました。 ウーゴの演奏は歌はありませんでしたが、各国語の歌詞が付けられ、800にも及ぶカヴァー・ヴァージョンが発表されています。 そのなかでも最大のヒットとなったのは「日本語ヴァージョン」で、中沢清二の日本語詞による西田佐知子版でした。(1961・8発売) 『コーヒー・ルンバ』は、日本でつけられたタイトルで、原曲はルンバではなく、ウーゴ・ブランコが創り出したオルキデアというハイテンポのリズム形式です
。ペローニの原詞の意味は
コーヒー農場に黄昏が迫り、静けさが広がると、聞こえてくる古いコーヒーミルの音。それは悲しい恋の歌のようだ。恋の痛みや悲しみ。それは、夜更けまで休みなくコーヒーを挽き続ける混血児のマヌエルが出す響きだ。 サンボは、南米のスペイン語圏・ポルトガル語圏で、奴隷としてアフリカから連れてこられた黒人と、現地のインディオもしくはムラ-トとの混血のこと。 ムラ-トは、白人と黒人の混血を指します。
Manuelは男性の名前で、末尾のlはルとイの混ざったような音。 女性の場合はManuelaとなります。
コーヒー農場に黄昏が迫り、静けさが広がると、聞こえてくる古いコーヒーミルの音。それは悲しい恋の歌のようだ。恋の痛みや悲しみ。それは、夜更けまで休みなくコーヒーを挽き続ける混血児のマヌエルが出す響きだ。 サンボは、南米のスペイン語圏・ポルトガル語圏で、奴隷としてアフリカから連れてこられた黒人と、現地のインディオもしくはムラ-トとの混血のこと。 ムラ-トは、白人と黒人の混血を指します。
Manuelは男性の名前で、末尾のlはルとイの混ざったような音。 女性の場合はManuelaとなります。
中沢清二の日本語詞は原詞とはまったく違い、コーヒーが恋の秘薬のようになっています。 コーヒーはエチオピア原産で、これが中東・イスラム地域からヨーロッパへ、さらに全世界に広まったもの。イスラム世界では、初期には宗教的な秘薬として僧侶にだけ飲用が認められていました。中沢清二の歌詞は、こうした歴史を下敷きにしたものでしょう。
『一杯のコーヒーから』(藤浦洸作詞、服部良一作曲)や『喫茶店の片隅で』『学生街の喫茶店』などにあるように、コーヒーを飲む店は、まさしく恋が生まれ、消えていく場所でもあります。 歌詞に出てくるモカマタリのモカは、アラビア半島南西端にある港町アル゠ムハーから。このローマ字表記Al Mukhaが英語に入ってmochaとなったもの。 15世紀に入ると、イエメン北西部の高原地帯はコーヒーの一大産地となり、アル゠ムハーはその積み出し港として栄えました。 ここから積み出されたコーヒー豆がモカですが、対岸のエチオピア産の豆もいっしょに輸出されたため、両方合わせてモカと呼ばれています。 モカのうち、イエメン産がモカマタリです。
私は、邦楽を聞く場合、その曲の出来た裏話・背景を参考にします。 それがこの三木紘三の歌物語です。 そうする事によって、その曲の世界に入って行けるからです。
~貴方にとって、今日も良い一日であります様に~