♪しずかなしずかな~ 里の秋~ お~せどに 木の実の~ 落ちる夜は~♪ goo.gl/uPEu6f
今日は、島根半島の山道(林道)まで足をのばし、実りの秋を満喫してきました。
林道と言っても立派なアスファルト舗装路で、普段着で気軽に散策することがで
きます。
舗装路の上に張り出した柴栗やクヌギ、椎、どんぐりなどの木から、弾けた実が
コーン・コーンと音を立てて道に落ちてきます。(秋の音)
途中で子供連れの若いお母さんが車を停めて、一緒に木の実拾いをしていると
ころに出会いました。
きっと田舎育ちのママさんなのだろうな~・・・と思いつつ。
会話してみると、やはりそうでした。
子供の頃、父さんに連れられて栗拾いをした記憶を辿って、子供達にも自然体験
させてやろうと思って、遊びに来てみたそうです。
話のついでに、私が子供のころ体験した「栗や椎の実の食べ方」を伝授してあげ
ました。
柴栗は、丹波栗などに比べると、非常に小さな栗ですが、干して甘栗にしたり、栗
ごはんにすると、甘味があってこれが意外に美味いから・・・
いま山は、赤く色づき始め、木の実に鳥達も集まって来て、秋に向かっています。
~今日も良い一日でありますように~
夕方になると里の集落では、そろそろ冬支度か?あちこちでゴミを焼く焚火の煙が一筋二筋、
集落全体を包み込むようにたなびいています。
いつもと違う様子に一緒に散歩中の愛犬は、怖がりだから足を止め、抱いてくれ抱いてくれと
要求します。
集落の中には、今ではしっかり見掛けられなくなってしまった、茅葺屋根の民家が珍しくも残っ
ていて、昭和も中頃までどこにもあった、懐かしい田舎の風景が広がっています。
子供の頃は、焚火の煙が上がっていると、とどこからとなもく子供達がトウモロコシやサツマイ
モを持って集まって来て焼いて食べたものです。
その焼き芋のなんと美味しかったことか
今の様に、スマホやゲームを片時も離さず、自分だけの・・・あるいは仮想の世界に遊ぶだけで
はなく、子供は外で暗くなるまで、友達と一緒に野外で泥んこになって遊ぶ、そんな世界があり
ました。
一口に言ってすべてが物、金のこの時代が人間にとって幸せなのか、物はなくても「心」を大切
にした時代が幸せなのか・・・昨今の殺伐とした人のあり様を見ていると、考えさせられるところ
大なるものがあります。
~今日も良い一日を~
我が家の愛犬「ミカ:♀」との出会いは、ちょうど4年ほど前のこと、定年後の第二の職場を
退職するに当たって、掛かり付けの病院で受けた健診で、我が人生最大の宿敵、がんが
発見されました。
沈黙の臓器(肝)のがんは、発見されても「既に時遅し」などと言われ、約30パーセントほ
どしか、施術できないと言われている厄介ながんです。(一口に「二人に一人はがんにな
る」等と言われている昨今、しかしまさか自分ががんになると思っている人はなく、告知さ
れて初めて事の重大さに愕然とするのが実態です)
今後はもう少しゆったりとした時間を・・・・・と思っていた矢先に、いきなり目の前に暗雲が
立ち込め、心身ともに追い詰められました。
その後、東京の名医を捜しあてて切除してもらい、あれからかれこれ5年も生かされていま
す。
ところで愛犬「ミカ」は、術後約1年も経った頃、妻から療養の友にと飼うことを勧められて
飼うことに決めたものです。
以降、喜びも悲しみも常に私の傍らにあって、見詰め癒してくれています。
この愛犬と、約4年間、ほぼ毎日欠かすことなく続けているのが約2㎞ほどの散歩、これが
前向きに希望を持って生きる力を与えてくれます。
がん罹患者の一人として、検診の大切さをいやというほど思い知らされました・・・・そう「他
人事(ひとごと)ではありませんよ」・・・・特に働き盛りの人は・・・・御用心を
私は今日も、元気に愛犬「ミカ」と共に、生き抜いています。
~今日も、良い一日でありますように~
♪あした浜辺を さまよえば~・・・寄する波よ 返す波よ~♪ blog.goo.ne.jp/iksmay-327-okk…
♪あした 浜辺を さまよえば~ 寄する波よ 返す波よ~ goo.gl/nYQS4f
秋の浜辺に少女がひとり、行く夏を惜しむようにたたずみ、水平線の彼方
をじっと見つめている。
夏の浜辺の喧騒から取り残されたように、秋の浜辺はシーンと静まり返っ
ている。
ただ寄せては返す、さざ波の音だけが繰り返しくりかえし、心安らぐリズム
を奏で続けている。
それもほんのひと時・・・少し季節が移ろうと、怒涛の海へと姿を変え、人を
寄せ付けることもない。
やがて水温む頃、浜ぼうふうが浜の砂の中から芽吹いて来ると、またひね
もすのたりの海が還ってくる。
四季それぞれに姿を変えるこの浜辺、ときどき、この波音を聞きにくる人が
いる。
「浜辺の歌」
あした浜辺を さまよえば
ゆうべ浜辺を もとおれば
昔のことぞ 忍ばるる 昔の人ぞ 忍ばるる
風の音よ 雲のさまよ 寄する波よ 返す波よ
寄する波も 貝の色も 月の色も 星の影も
~今日も、良い一日でありますように~
柿の木の根っこに腰を下ろして、タンポポの綿帽子を、頬を真っ赤に
膨らましながら吹き飛ばして遊でいる女の子が一人。
タンポポのタネ(綿毛)は、夢と共に風に乗って、ふ~わふ~わと山を
越えて、遠くの村まで飛んでゆきます。
秋が終わっても、柿の実は全部取り尽くしてしまわずに、1個・・・2個
・・・3個の「木守柿」を残しておくから、来年も豊作を約束してくれる。
そんな優しい約束事を守ってきたから、あれから何十年経った今も、
あの柿の木は秋になればたくさんの実を着けます。
~今日も良い一日でありますように~
童謡「赤とんぼ」
夕やけ 小やけの 赤とんぼ
負われて 見たのは いつの日か
山の 畑の 桑の実を
小籠に摘んだは まぼろしか
童謡「夕焼け小焼け」
夕焼け 小焼けで 日が暮れて~
山のお寺の 鐘が鳴る~
おててつないで みなかえろう~
からすと いっしょに かえりましょう~
子供が かえった あとからは~
まるい大きな お月さま~
小鳥が夢を 見るころは~
空には きらきら 金の星~
小学校唱歌(童謡)二曲、いずれも昭和初期に作られた歌?、夕景と赤トン
ボが飛び交う情景が目に浮かぶようです。
この歌の原点は、兵庫と東京というから、東京では都市化で今では赤トンボ
も、見られなくなったんだろうな~・・・・・
でも、ここ島根の片田舎では、昔も今も、夏の終わりから秋にかけて、市内
のいたるところで見られる光景です。
これが、自然とともにある田舎の良さでもある。
確かに子供の頃、赤トンボが飛ぶ日は、夕焼けが何もかも真っ赤に染め、
やがて陽が落ちて満天に星がきらめく、そんな日の翌日は秋晴れ
のいい天気だった様な気がします。
そんな訳で、私には「赤トンボも夕焼け」も、遠い昔の郷愁を誘います・・・
~良い一日を~
実りの秋、柿、リンゴ、二十世紀梨、ブドウに、みかんやメロンまでどこからとな
くやってくる。
中でも「富有柿」は、子供の頃からの大好物(子供の頃、この柿ほど甘い果物
が無かった様な気がする)、今も時々買ってきて頂いている。
このところ朝夕少し肌寒くなってきたと思ったら、今年もいつの間にか「吊るし
柿」を作る季節がやって来た・・・でも、まだ少し早い感じか?・・・・
一昔前は、秋の夜長を夜なべして、柿の皮をむき子供のおやつに吊るし柿作
りに励んだものだ。
生活がすっかり様変わりして、そんな光景を見ることもほとんどなくなったのだ
が・・・我が家は毎年続けている。
ところで、今なぜか若者の間で「昭和ブーム」が再燃しているらしい。
昭和を生きてきたものとして、昭和の良いところを見付けて、引き継いで欲し
いものである。
~今日も良い一日でありますように~