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■2022.06.03 「道の駅なち」で朝を迎える。この通りも太平洋岸自転車道が通る。
5:30 行動開始。
熊野三所大神社(浜の宮王子)の宮王子の守護寺である補陀洛山寺が隣接。
補陀洛山寺。
中世日本では、遥か南洋上に「補陀洛」が存在すると信じられ、これを目指して船出することを「補陀洛渡海」と称し、この補陀洛山寺から出発している。
熊野三山の那智大社へは歩きではなく車で向う。そしてまだ誰も居ない観光駐車場に車を止める。
5:55 静かな参道を通り熊野那智大社を目指す。
熊野那智大社。まだ参拝者はいません。
時間が早く社務所は閉じている、御朱印は・・・
青岸渡寺。西国三十三所第1番札所。
明治時代になり神仏習合が廃されると、熊野三山の他の2つ、熊野本宮大社、熊野速玉大社では仏堂は全て廃されたが、熊野那智大社では如意輪堂は有名な西国三十三所の第一番札所であったため、ひとまず破却はせずにしておいた。ただ、仏像や仏具は補陀洛山寺などに移され、空堂とされた。
しかし、1874年(明治7年)に古くからの信者らによって熊野那智大社から天台宗の寺院として独立し、新たに「青岸渡寺」と名付けられて復興した。
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那智の滝まで暫し歩く。
飛瀧神社境内から大滝を望む
駐車場に現れた鹿。
暫し車で移動
8:10 赤木城跡
赤木城は紀州を平定した豊臣秀吉が、熊野地方の木材を確保するために山奉行(北山代官)に任命した藤堂高虎に築かせた平城。
城造りが中世から近世へと変容していく時期の様相を持っている。
石垣は野面乱層積みや算木積み。
現在は公園に整備され地元の木材が上手に使われている。
丸山千枚田はここから近い。今日は良い天気。
夕方だと綺麗だろうな。
花窟神社(花の窟神社)に立ち寄り。
土産はこれ。最近ご当地の味噌が多い。
退職直後に歩いた大峯奥駈道(6days)、その2年後に歩いた熊野古道伊勢路(7days)、更にその2年後の今回歩いた小辺路とおまけの中辺路。
小辺路を高野山からの踏破でなく一部にしたものの、これで私の熊野古道はコンプリートとする。
大峯奥駈道 念願の奥駈道は修行道だったがやはり一番楽しかった。
2018.05 登山 6日目-大峯奥駈道6/6 (玉置神社→熊野本宮大社)
2018.05 登山 5日目-大峯奥駈道5/6 (深仙ノ宿から玉置神社P)
2018.05 登山 4日目-大峯奥駈道4/6 (深仙ノ宿から行仙宿)
2018.05 登山 3日目-大峯奥駈道3/6 (行者還小屋から深仙ノ宿)
2018.05 登山 2日目-大峯奥駈道2/6 (二蔵宿から行者還小屋)
2018.05 登山 1日目-大峯奥駈道1/6 (吉野から二蔵宿小屋)
2018.05 登山 大峯奥駈道縦走の準備
2020.06 熊野古道 伊勢路170km 新宮まで踏破 7日目
熊野古道(小辺路、中辺路) 行きたい場所のみを歩く。
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