2021年9月16日(木)北海道出張4日目、小樽は
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手宮線跡にある旧手宮駅に至った。
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いまは小樽市総合博物館となっていた。
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北海道鐡道発祥驛 の碑があった。
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これは国指定重要文化財の転車台、1919年(大正8年)製造
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蒸気機関車C12もあった。
しかし総合博物館にしては小さな建物だと思って少し先に行ってみたら
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ちゃんとした建物があって安心した。
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構内には役目を終え静かに余生を送る除雪機関車があった。もうつらい除雪はしなくてよいのだ、ゆっくり休めよ。
さてウクライナ軍民とロシア兵の犠牲がこれ以上膨らまぬうちに一刻も早いロシア軍の撤退が望まれるウクライナ情勢だが、ノーバヤガゼータ紙で目を引いた記事の概略を吊るしたい。自動翻訳なので、誤訳があればご容赦賜りたい。
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3月2日付「ロシア ウクライナ国境で起きている事柄」 イリヤ・アーザル、イワン・リジン記者。プー珍の特別軍事行動を支持するというリュボフ・マカロワさん。写真は同紙より引用、一部加工。
彼女はウクライナ国境沿いのジュラヴレフカ村の住人であるが、ベルゴロドという都市で避難生活中だという。家はウクライナ国境からわずか800メートル。ウクライナ領内では絶えず爆発音が鳴り響き、持病で苦しいのに夜も寝られなかったという。護衛されてベルゴロドに避難したが、彼女のご主人は村を守るためにとどまっているとの事。ナチ(筆者記:ウクライナ政府のこと?)はなぜ人々を苦しめるのか、それに比べロシアの軍事行動はかつての騎士たちが行った行為よりはるかにましだと言って彼女は笑った。他にプー珍が権力の座にいる限り、ウクライナ国境沿いの平和は続くという人もいた。
ちなみに砲弾は国境を越えてはこなかったという。
記事では、事の起こりは国境を越えてロシア側に投降しようとしたウクライナ兵を「民族主義者」が銃撃、応戦したロシア国境警備隊が負傷したためロシア軍が介入したというボルガコメルサント紙の報道を引用、記者らはジュラヴレフカ村へ取材を試みたが住民以外は入れないと追い返されたと結んでいる。
まずこの人たちはウクライナ領内で起きている戦乱のとばっちりを被っている被害者で、その戦乱の責任はウクライナにある、よってプー沈の行動を支持するというのが彼らの主張なのだ。彼らも苦しんでいるのだ。
だが彼らの主張、ぷー沈の侵略行為を是とすれば、かつての日本の行ないも是とすることになる。大陸への侵攻は東亜新秩序建設のため、真珠湾攻撃と南方侵出はABCD包囲陣という圧力を跳ね返すため、東南アジア植民地解放のためという行ないをだ。ヒトラーの行なった蛮行、米国のベトナム参戦も同じくである。言い出せば歴史上の事例にきりがないが。
とにかく正規軍が他の独立国家へ侵入し武力を行使し民間人を殺傷し、都市を包囲して武装放棄せよ、中立を守れなどと要求する主権侵害行為は許されぬとは筆者私見。
プー珍は無視されたというがなぜ国連に粘り強く訴え、停戦監視団の導入など要請しなかったのか、はなはだ残念ではある。
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手宮線跡にある旧手宮駅に至った。
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いまは小樽市総合博物館となっていた。
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北海道鐡道発祥驛 の碑があった。
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これは国指定重要文化財の転車台、1919年(大正8年)製造
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蒸気機関車C12もあった。
しかし総合博物館にしては小さな建物だと思って少し先に行ってみたら
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ちゃんとした建物があって安心した。
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構内には役目を終え静かに余生を送る除雪機関車があった。もうつらい除雪はしなくてよいのだ、ゆっくり休めよ。
さてウクライナ軍民とロシア兵の犠牲がこれ以上膨らまぬうちに一刻も早いロシア軍の撤退が望まれるウクライナ情勢だが、ノーバヤガゼータ紙で目を引いた記事の概略を吊るしたい。自動翻訳なので、誤訳があればご容赦賜りたい。
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3月2日付「ロシア ウクライナ国境で起きている事柄」 イリヤ・アーザル、イワン・リジン記者。プー珍の特別軍事行動を支持するというリュボフ・マカロワさん。写真は同紙より引用、一部加工。
彼女はウクライナ国境沿いのジュラヴレフカ村の住人であるが、ベルゴロドという都市で避難生活中だという。家はウクライナ国境からわずか800メートル。ウクライナ領内では絶えず爆発音が鳴り響き、持病で苦しいのに夜も寝られなかったという。護衛されてベルゴロドに避難したが、彼女のご主人は村を守るためにとどまっているとの事。ナチ(筆者記:ウクライナ政府のこと?)はなぜ人々を苦しめるのか、それに比べロシアの軍事行動はかつての騎士たちが行った行為よりはるかにましだと言って彼女は笑った。他にプー珍が権力の座にいる限り、ウクライナ国境沿いの平和は続くという人もいた。
ちなみに砲弾は国境を越えてはこなかったという。
記事では、事の起こりは国境を越えてロシア側に投降しようとしたウクライナ兵を「民族主義者」が銃撃、応戦したロシア国境警備隊が負傷したためロシア軍が介入したというボルガコメルサント紙の報道を引用、記者らはジュラヴレフカ村へ取材を試みたが住民以外は入れないと追い返されたと結んでいる。
まずこの人たちはウクライナ領内で起きている戦乱のとばっちりを被っている被害者で、その戦乱の責任はウクライナにある、よってプー沈の行動を支持するというのが彼らの主張なのだ。彼らも苦しんでいるのだ。
だが彼らの主張、ぷー沈の侵略行為を是とすれば、かつての日本の行ないも是とすることになる。大陸への侵攻は東亜新秩序建設のため、真珠湾攻撃と南方侵出はABCD包囲陣という圧力を跳ね返すため、東南アジア植民地解放のためという行ないをだ。ヒトラーの行なった蛮行、米国のベトナム参戦も同じくである。言い出せば歴史上の事例にきりがないが。
とにかく正規軍が他の独立国家へ侵入し武力を行使し民間人を殺傷し、都市を包囲して武装放棄せよ、中立を守れなどと要求する主権侵害行為は許されぬとは筆者私見。
プー珍は無視されたというがなぜ国連に粘り強く訴え、停戦監視団の導入など要請しなかったのか、はなはだ残念ではある。