佛に佛魔同面という言葉がある。魔物は佛の顔をして現れるということである。
魔物が魔物として現れると恐い思いをするのであるが、同時に用心もする。魔物に取り入られることもないのであるが、佛面で現れると無用心になり手前から近づこうとさえしてします。したがって、魔物は佛面で甘いことをいうのである。
詐欺師にはいかにも悪人という顔の人間はいない。
さて、私は母親が骨盤骨折で入院してから毎日付き添いに通っている。病院の面会所には書棚があって本、雑誌、新聞紙が置かれているが多分患者が置いていったものと思われるものが乱雑に置かれている。
暇つぶしに漫画や囲碁の本、週刊誌なんかを読んでいたのであるが、今日、一冊の文庫本があることに気がついた。合同結婚式で有名なカルト教団、統一教会の文鮮明の自叙伝である。
読む気もないのだが興味本位にちょっとだけ覗いてみた。「愛を与えて忘れなさい」とか良いことをいっている部分もある。これが魔の特徴なのである。どんな胡散臭い宗教でもいいことを言っている。そうであるから、入信もするし騙されもするのである。
ところがそれからが問題となる、何かよいことを得よう、身につけようとすると実践が要求され、それが霊感商法といわれる高額な壺を売りつけるような話になってくるのである。
普通なら魔にしか見えないものが信者には神様、佛さまのように見える。魔に魅入られたとしかいえない。
ところで今ここで魔の話をしたがそんなものがいるわけでもなく例えの話であるから、念のため。