十方世界共生山一法寺

自己の世界を建設しよう
 日本のことも世界のことも自分自身のこともみな自己の内のこと。

悪しき文字の暗示するところ

2010年04月29日 | 人生
 今日の新聞に春の叙勳を受ける人の名前が出ていた。見知った人の名前も出ていたが、皆どういうつもりで受けられるのか。

 昔は勲◯等とランキングがはっきり明示されていたが、等級をつけるのは良くないとしてだろうか現在は等級を外しているが、大中小、重双単などの勳章に上下の区分けができている。

 上位のものならともかく下位のものでも貰えればうれしいのだろうか。
 たとえ上位のものであってもうっかり貰えばそれだけの人間になってしまう。
 そもそも人間に値打ちはつけられないのである。
 
 うっかり誉められて喜んだらそれだけの人間になってしまう。中曽根元首相が大勲位、松下幸之助が勲一等、勲章をもらって喜んでいる寸法の短いお方だ。

 そもそも「勲」という字は縁起が悪い字である。火構えに動が乗っている。地震、火山噴火、火事を暗示し縁起が悪い。勲は旧字の「勳」を使うべし。

 ついでながら、新字体でよくない文字を例示すると、まず「鉄」金を失う、金欠の意味、国の借金の増大はこういう文字を平気で使っているからかも知れない。旧字体を使ったり「失」を「矢」にしている人もいる。
 「恋」も具合が悪い字だ。亦心では戀にはならない。恋愛なんて別れが前提の愛だから、離婚だ,不倫だということになる。本当の戀をしたい人は旧字の戀を使ってください。
 「県」もよくない字である。首を逆さにぶら下げているのである。これなんかどうしたらいいんでしょうね。早いところ道州制にしないとダメなのかも知れない。 

 今の日本の状況が字体の暗示する方向に向かっているのは、何としたことだろうか。あな、恐ろしやである。
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ちょっと遠出

2010年04月19日 | 道楽

 温かくなったのでいつもの倍ほどの距離を転輪号で走ってきた。 東向きに行く時はいつも淀川土手か河川敷を枚方大橋までのところで折り返していたが、今日は更に足を伸ばした。  

 途中ウグイスの鳴き声がよく聞こえ、バードウオッチングの望遠カメラを持った人をよく見かけた。樟葉のゴルフ場横を過ぎてしばらく行くと以前は道が途絶えていたのに今日は舗装された道が八幡市の御幸橋のところまでできていた。  

 以前は八幡までは車の通りの多い危険な土手上の道を通らなければならなかったのに、サイクリングロードが整備されて安全に思いっきり走れるのは嬉しいところだか、素直に喜べないのである。  

 写真でも分かるように道幅が広すぎて全部を舗装するのは勿体無すぎるのである。どう考えても半分でよいと思われる。半分にして予算を他に回すことを考えるべきなのにとつくづく思う。こういうことをして国の借金を膨らませてきたのだと思うと腹が立つ。  

 御幸橋から男山八幡宮の裾の道を通り国道1号線に出て帰ってきたが、途中道路整備の悪いところが何カ所もあったが、あの金が転用できれば有効な工事ができたのにと思われる。

 

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お性根の出し入れ

2010年04月16日 | 佛教

 納骨の時のオカシイと思った話を追加する。
 住職から納骨の時に、お骨と位牌を持ってくるように言われていたので、当日風呂敷に包んで持っていった。

 受付に顔を見知った老僧がいたので、「これをお願いします」と渡そうとしたら、位牌を手にして「オショウネ入ってますか」と聞かれた。一瞬何のことか分からず、「オショウネですか」と聞き直したが、すぐ「お性根」のことだと気がついて「入ってます」と答えた。位牌にわざわざ性根を入れるようなことをした覚えはないし、親父が死んで11年、拝んで来たものに今更入った入ってないもないものだろうし、「さあ?」と言えば金を取られる事になるかも知れないから、入っていると答えたのである。


 たかが戒名の書いた木札に死んだ人間の性根なんてどうして入れるんだと言いたい。
 墓の場合も建碑した時に性根入れをやるみたい。親戚の人で跡継ぎがなく、無縁仏となった人の墓を整理するとき参列したが性根抜きという儀式をやっていた。


 坊さんがお経を詠んで性根を入れたり抜いたり、大真面目でやっているところが面白いといえば面白い。


 大仏の掃除をする時も性根を抜いてからやるようで、掃除が終われば性根を入れるらしい。大体毘盧遮那仏というのは無量無辺の仏、宇宙全体にその性根が充ち満ちているのであるから、他所へ持って行きようがないのである。


 坊ンさんに出し入れされてしまうな仏の性根って何なのか。性根を出し入れする坊ンさんの行為って罰当たりなことではないだろうか。 

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納骨、バカバカしい行事をやってきた

2010年04月14日 | 佛教
 今日は朝から11年前に亡くなった父親の遺骨を菩提寺に納骨してきた。寺は浄土宗知恩院派に累する本山で納骨堂は寺内にある。
 訳が分からないのは、骨が同じ寺の中で分散して存在することなのである。墓もまた寺の内にあるのである。
 墓に埋めて土に帰す、それでいいのにわざわざ分散保管する。そのための儀式をすることになるが、檀家には金と時間の負担がかかるのである。
 
 私は元々こんなことには関心がなくて、従来寺事は母親が皆やってきたが、高齢で動きにくくなったから長男の私にお鉢が回ってきたのである。
 こんなことは要するに寺の集金システムであって、檀家は遺骨を担保に差し出しているようなものである。

 骨なんて何が大事なものか。大体、人の骨は新陳代謝により3年で入れ替わってサラになるようである。古いのは老廃物として排出されてしまう。つまりは糞便、汗等となって大地、大海にばら蒔かれるのである。骨を埋めておくのが墓とすれば、大地、大海が墓というべきなのである。あっちにも分骨があり、こっちにも分骨がある。巡りめぐって植物となり、動物となる。

 大自然の中で知らず知らずに皆それが行われている。大自然の摂理なのである。死人の骨に執着するほど、大自然の摂理に反するものはない。それを信仰として大真面目にやっている。バチあたりな!!

 まあ、灰をまいて花が咲く、いうなれば花咲かじいさん、こういう話の方がずっと良い。
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転輪号7000Km走行達成

2010年04月08日 | 道楽

 寒い冬場はサイクリングもあまり走りまわることも少なくて距離が伸びなかったが、ここへ来て桜を見に出かけることが多く距離も伸びて、今日7000Kmを達成した。東京・大阪間6往復半、地球円周の17.5%。


  で、例によってコスト計算すると、用具及び保守費用は今回オイル等1000円、サイクリング協会費4000円、障害保険料2400円支出、前回までの98600円に加算して106000円。1Km当りのコストは15.1円、1時間当りに15Km走行するとして227円というところ。

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松下幸之助歴史観を見学

2010年04月03日 | 共生

 松下幸之助歴史館というのが大阪府門真市にある。元の本社を記念館にしたものでパナソニックの本社登録もそのままのはずである。


 実家はその歴史館の位置から500mほど離れたところにあり、高齢の母はその敷地内に植えられた桜を見に行くのを恒例にしていた。今年は昨年脳梗塞で倒れてから足元が覚束ないから就いて行ってくれというので揃って行ってきた。


 門真で生まれ門真で育ちまたその周辺で居住してきたのに歴史館に行ったことがなかった。花だけを見る気でいたが母親が中をみたいというので入ってみた。


 ちょうど入社のシーズンで歴史館の前には200人はいただろうが黒っぽいスーツを着た若者が整列していて、どうやら新入社員の研修の一環として幸之助と会社の歴史を学ばせようというのだろう。


 展示は「松下幸之助とパナソニックの歩み」というタイトルで構成されていた。昔、見たことがある、使ったこともある商品も展示されていて懐かしかった。


 しかし、展示を見て行ってこれはどうかなという物に出逢った。幸之助が最晩年になって勲章をもらってそれを着けている写真である。勲一等旭日桐花大綬章、民間人には最高のものだが、所詮は人の評価、その程度のものになってしまう。


 人間は他人の評価にハマらないもの、勲章を貰って喜んだらその程度のものになってしまう。今は勲◯等という等級は無くなったが、種類分けでランキングが分けられている。


 貰えるものならどんなものでも貰うという人もいるが、そんなランク付けなんか馬鹿にするなというのが本来であるべきだ。


「愛名(あいみょう)は犯禁(ぼんきん)より悪(あ)し。犯禁は一時の非なり。愛名は一生の累(るい:過ちのこと)なり」(道元)
「群を抜けて益なし」(道元)

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