自民党の総裁選挙が昨日行われた。今朝の新聞に谷垣新総裁、河野太郎議員、細田前幹事長らの万歳風景が写真掲載されていたが、揃いも揃って挙げた手の平が前を向く降参状態。手を挙げてすぐ降ろすから普通は目立たないが、写真で静止状態になるとどうみても降参だ。お手上げ状態をいみじくも表していた。
「麻垣康三」の総裁の中では私は最も好感を持っている。会員となっているサイクリング協会の会長でもある。野党第一党のリーダーとして頑張ってほしいと思うのだが、最初からお手上げはいただけない。
自民党の総裁選挙が昨日行われた。今朝の新聞に谷垣新総裁、河野太郎議員、細田前幹事長らの万歳風景が写真掲載されていたが、揃いも揃って挙げた手の平が前を向く降参状態。手を挙げてすぐ降ろすから普通は目立たないが、写真で静止状態になるとどうみても降参だ。お手上げ状態をいみじくも表していた。
「麻垣康三」の総裁の中では私は最も好感を持っている。会員となっているサイクリング協会の会長でもある。野党第一党のリーダーとして頑張ってほしいと思うのだが、最初からお手上げはいただけない。
日本国の政権交代が成って、鳩山内閣の支持率は70%、期待も大きいがばら撒き施策ばかりのマニフェストではその達成を危惧する向きも多い。
「頼りない身に頼りができて、できた頼りが頼りない」
大体、政治で問題になっていることは何でも金さえあれば片付くことばかり、ところが800兆円もの借金が自民党の失政で積み上がってしまっていて、重たい足かせがはまってしまっている。これが問題。
借金玉が弾けたらどうなるか、恐ろしいことになると思う。近い将来東海地震、東南海地震、南海地震が必ず起こるというが、こういうものがきっかけでパチンとはじける恐れが十分ある。改革と言ってもちょっこらそっとでいくようなことではないと思われる。
借金だらけの親方日の丸はアテにできないのである。で、アテにできないものをアテにせずに生きることが大切だ。ところがどこを向いても国にどうかしてくれという話ばかりである。悲しいかな、愚図る人ばかりでこの国は愚図り合いの広場になってしまっている。
そこで提案。
やはりここは仏教の教えるところに耳を傾けなければならない。我等仏教徒の目標は成仏することであるが、仏となる条件として自らの国を持ち、それが浄土であるということである。どの仏も皆、仏国土という浄土を持つ。
ところが、我々凡夫も皆、浄土とは言えずとも国土を持っているのである。我々が生命体験することによってあらゆるものは存在する。日月星辰森羅万象は自己生命と共にあるが、その有様は自己生命の働きによる。目を塞いでみると、暗がりの世界が展開する、耳を塞いでみれば音無しの世界が展開する。この世界の中には日本も地球も宇宙も入っているのである。自己がなければ日本も地球も存在しない、自己にとっては・・・。周りに存在するものは自己生命にくっついて離れないのである。
生命の働きより展開する自己世界を国土とし浄土とする。仏教徒ならそうであるべきだが、そうでない人も浄土はともかく国土を持っていることを自覚してもらいたいのである。国持ちともなればその国をよくしたいという気持ちが沸いてくるだろうし、国土建設の中で生き甲斐も生まれてくることと思う。
私は従来、自己世界という概念で考えてきたが、国土とした方がより働きの方向が具体的になり、それ国名つければその意図がより明確になると思われるからである。
で、私の国は本日、彼岸の日に ”転法輪国”と命名し発足することとした。
有縁の方々に建国を促す意で ”転法輪国”とした。
建国された方は、建国日、国名、国主(ハンドルでOK)をこのエントリにコメントいただくか、メッセージをいただければ幸いです。一覧にして紹介したいと思う。
宗教に嵌っている人がよく使う言葉に「永遠の生命」というのがある。どんなものかと聞いてみると、死んでも死後の世界というものがあって、そこで生き続けることができる。この世の所業によって天国や地獄に行き、そこで永久に生き続けることになると言う人がいる。また、未来永劫生まれ変わるのだと言う人もいる。
どちらにしても個体が永遠だという話である。諸行は無常だし、万物は流転する、生じたものは必ず滅するのである。この道理をわきまえず永遠の生命なんて簡単に言う。「死んでも命がありますように」という願望が生んだ妄想なのである。道理に反する願望のあるところにインチキ話の供給者が現れる、宗教家である。有りもしないしないあの世とやらの偽情報を流し、無知な大衆から金を巻き上げているのである。
個体が永遠ということは絶対ないのである。
では、永遠の生命というものがないのかというと実は有るのである。
人でも物でもあらゆる個体は個体性と全体性を併せ持っているのである。全体性とは何か、個体は個体それ自体では存在し得ない。たとえば身の回りに空気が密着してある、外せない。地球の引力が働けばこそ今ここにいる、これまた外せない。大きくいえば宇宙全体の力が働いているからこの身は存在しているのである。
逆にこの個体がなければ全体もない。今現に有るものをなくすることはできない、ないことにすれば全体はバランスを失い全てがなくなってしまう。
しかるゆえに個体は個体性と全体性を併せ持つというのである。
個体的生命が永遠であることは絶対ない。全体なるものこそ永遠である。全体なるものは個体的生命を中心にして展開しているのである。