今、居間では子どもが水槽でサワガニを飼っている。
地元にある、湧き水の流れてくる半分森のような公園で
捕えたもので、7,8匹いる様子。
サワガニの記憶は、私の実家の近くの寿司屋さんが、市場なのか
彼の故郷からであるのか、たま~にサワガニを分けてくれて、
それはバケツに、杉の青葉と一緒に入っていた。
杉の葉は抗菌力があるため、水に雑菌が湧かず
魚介類を清浄に保ちやすくなるのだろう。
同じ機能は笹の葉にもある。
そんなサワガニたちはたいていオレンジ茶色のような色だったが、
その後成人してから訪れた秩父の山の小川なり
柿田川公園の雨あがりの道で出会ったのは
それまた何とも美しき、水色のサワガニ。
実家で飼っていた小学校のときなどは、餌といえばご飯つぶだったが、
もっといろんな、特に蛋白質をちゃんと与えたほうが
長生きしただろう。でも、ミミズもあげていたかな。
小鳥を飼っていたので、掃除で出る雑穀の殻やフンが自然と集まる
ベランダの排水口の泥にはミミズが発生していた。
現在の自宅では小鳥の掃除どころか、毎日ある程度出される
野菜くずなどを裏庭に放っているので、そこにはミミズが売るほど湧く。
サワガニや亀の餌にもなっている。
ミミズが湧く土はよいといわれがちだが、大量にいる場合は
栄養過剰で、そのままでは窒素過多で虫に喰われて
野菜がうまく育たない土といえる。
そういう土は、水で溶くと濁ったままになる。
バランスのとれた土は、沈んで上から澄んできます。
このように、植物の状態は地上で見ているけれど、
原因は土にあることが多く、それはアジサイの花の
赤と青が土壌のアルカリ・酸性によるものとも通じる。
同様に、サワガニのオレンジと水色の違いにも理由があるのだろうが、
はっきりしていないという。
個人的に思うのは、色が違ったほうが、それに反応して
捕ろうとする天敵に一網打尽にされず、逃げおおせる可能性が
少しでもふえるからではないかと。
オレンジぽいのも、水色も、どちらも
サワガニのいる環境の保護色と見ることができるので、
カメレオンのように変色できないサワガニは、二色に分かれて
生き残ろうとしているのかもしれない。
そろそろ風呂敷につなげたいのだが、
風呂敷でつつむと、表面に見えるのは布で、
中身は基本的に隠れる。
中身は植物でいったら土のようなもので、
風呂敷のかたちは中身に対応するため、
同じ色や柄の風呂敷でも、中身次第で表情が変わる。
それは決して形だけでない。
荷物の重さによっても、布の引っ張られ感が様変わりする。
同じ弁当箱を包んでいても、中が空なのと
ご飯が詰められているのでは、外側の風呂敷の見た目さえも
変わってしまうのだ。
そのため、撮影でもたいていは中身を入れるようにしている。
それは、モデルさんが、中身の入った弁当箱を持つのと、
からっぽのものを持つのとでは、筋肉の緊張や弛緩と
それにともなう顔の表情までもが確実に変わり、
そこがヤラセとリアル、演技と自然体の微妙な差として顕れると思うから。
サワガニもアジサイも、環境に対応している。
風呂敷も、中の環境である中身に対応して変化する。
現代はどうしても、ふろしきの色と柄による見え方が全てになりがちだけど、
実は同じふろしきでも、その場所、使う人、中身、結び方、手入れによって
別人のごとく異なってゆくもので、
この風呂敷はださい、とか、この人は性に合わない、という
絶対的なものはない。
嫌な相手も、自分に対応して嫌な感じになっているかもという意味では
鏡なので、どこか似ているところがあるもの。
嫌いな人からは一目散に逃げたほうが得策なことも多いけど、
機会が許すなら、最後にいったん、話してみれば
実は誤解で嫌っていたことがあるかもしれない。
そのためにも、腹を割ってみるのだ、サワガニのように。
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