漢字の音符

漢字の字形には発音を表す部分が含まれています。それが漢字音符です。漢字音符および漢字に関する本を取り上げます。

中国の漢字音符辞典『学生識字快車』について

2017年03月16日 | 漢字音符研究会
第2回漢字音符研究会(2017年3月11日)

テーマ 中国の漢字音符辞典『学生識字快車』について
発表者 石沢誠司  ブログ「漢字の音符」編集者

はじめに
 私は2013年に『日中対照 早わかり簡体字字典』を出版した。この本を『中国語を歩く  辞書と街角の考現学』の著者・荒川清秀先生に贈呈したところ、先生からお礼の手紙をいただき、その中に「中国にも同じような本があります」との情報をいただいた。その本が『学生识字快车(学生識字快車)』2003年刊である。
 『学生识字快车(学生識字快車)』
 さっそく中国語の本を専門に取り扱う書店を通じてこの本を入手することができた。本の題名「学生識字快車」を訳すと「学生が文字を識る急行列車」だから、いわば「学生版早わかり簡体字字典」ということになる。この本は日本で音符または声符とよばれる字を「字根」と名付け、この字体を含む字を集め、字族として一覧表にしている。これは山本康喬氏が2007年に出版した『漢字音符字典』と字の排列および内容が非常によく似た本である。どちらも音符(=字根)を基準に文字を排列しているからである。

一冊の画期的な字典の存在が『学生識字快車』を誕生させた
 さて、この書の紹介にあたり、事前に紹介しておくべき1冊の本『倒序現代漢語字典』がある。この本は『学生識字快車』の序文によると、同書刊行の1年前に発行され、この画期的な字典の誕生が生み出したの成果のうえに『学生識字快車』が出来上がったという。そこで、まず『倒序現代漢語字典』を先に紹介し、続いて『学生識字快車』について論ずることにしたい。
 これらの二書とも中国漢字の発音をアルファベットで表記するピンインという表記方法を用いているので、まず、中国語の音節構造とピンインについて簡単に紹介したい。

Ⅰ中国語の音節構造
 中国語はすべて漢字で表されるので、一つの漢字は一つのまとまりを持った発音となっている。したがってその発音は、口から出るときの最小単位であって、これを音節という。
 中国語は一音節からなる語(1音節1漢字)が続く言語で、音節の数は約400、これに4つある声調(高低アクセント)の4を掛けると1600だが、すべてに4つの声調がないものもあり、約1200の音節となる。[※日本語は基本的音節が約100]

音節の実際の例
  山    本     康    乔[喬]   漢字表記 4文字
  shān    běn    kāng   qiáo     中国語ピンイン表記 4音節
 や・ま   も・と  や・す  た・か    日本語かな表記 8音節 
 ya-ma   mo-to  ya-su   ta-ka    日本語アルファベット表記 8音節
※中国語は4つの漢字であり4音節となる。日本語のかな表記およびアルファベット表記は8音節となる。

上記4文字の中国語音節(音韻)は短い横線(-)で区切った二つの部分に分けることができる。
 sh-ān(山)  b-ěn(本)  k-āng(康)  q -iáo(喬)
(1) 最初の sh  b  k  q を、頭子音という(中国では声母という)。
(2) 頭子音につづく ān  ěn  āng  iáo を韻母という。
(3) 韻母はすべて揃った形を「M+V+E / T」で表す。
  Mは介音カイオン(中間母音Medial )で、ここでは喬(乔)の i をいう。
  Vは主母音(Vowel)で、4字の ā ě ā á をいう。
  Eは尾音(Ending)で、康の ng 、喬(乔)の o をいう。
  Tは声調(Tone)で、主母音Vの上につく記号。(āは第1声、áは第2声、ǎは第3声、àは第4声)
 ※以上の音素のうち、主母音(V)は必ずあるが、他の音素はない場合がある。
  ピンインで表した場合、最小の音節は1字(例:餓è)、最大の音節文字数は6字(例:床chuáng)となる。

Ⅱ 『倒序現代漢語字典』(逆引き現代漢語字典)について
 以上の中国語音節構造をふまえ、『倒序現代漢語字典』の説明をしてゆきたい。
 『倒序現代漢語字典』
 中国では1956年に「漢字簡化法案」が公布され漢字の簡略化が順次実施された。そして1964年に発行された簡体字使用の基準「略字総表」に基いて簡体字がすっかり定着している。
 一方、漢字の発音をアルファベットで表記する「漢字ピンイン方案」が1958年に制定された。当初は初めて中国語を学ぶ小学生や外国人向けに使われていたが、情報技術の進歩により、アルファベット処理したデータが自由に加工や組み合わせができるようになった。文章の入力・加工・保存をパソコンで行うようになり、漢語の字典もコンピュータで編集されるようになると、新しい検索方法が考えだされた。
 長い間漢字情報技術の研究と実践に従事してきた著名な語言編纂学者である梁興哲氏は、ピンインを逆向きに編集した字典を作れば、全く新しい漢字検索方法になるのでは、と思いついて漢字逆引き字典である「倒序現代漢語字典」を2002年に出版した。興哲編創、商務印書館国際有限公司発行。680ページ。48.00元。

その方式は
(1) 韻母の最後のアルファベット表記が、 a e g i m n o r u の9文字しかないことを見つけ、この順番で音節を排列する。a の次は ba da fa cha sha zha …のように音節をピンインの逆向き順に漢字を排列した。
 これにより、例えば an の場合、続いて ban can dan fan gan han …のように排列されるので、語尾音が同じものが連続して並ぶ特徴がある。以下が索引の第1ページである。韻母が白抜き文字で表されている。

(2) 本文ページの左右外側に現在、9文字のどの文字を検索しているか分かるように該当する文字を白抜きにした。
(3) 逆向き音節のピンインを6つのタテ線区画に右詰めで表示し、該当の韻母を白抜きにした。
(4) 音節が変わる区切りに、その音節の漢字一覧表をつけて、わかりやすくした。
(5) さらに、同じ音節一覧表の中から同形の音符(字根と表現)を選び、他の発音の字も加えた「識字快車(早わかり識字)」を作成・配置した。(これが後の「学生識字快車」に発展する)
 以下は、中(zhong)の左ページと、右ページである。zhongの先頭に、この韻母に属する文字を声調別に一覧表にし、さらにこの中から、中と重を選んで、同形で発音の違う字を集め「識字快車」の欄を設けている。
中(zhong)の左ページ
中(zhong)の右ページ
その効果と限界
(1) 引き方が慣れれば、通常の辞書より速く引ける。また、「識字快車」により発音の異なる同形文字もすばやく引ける。
(2) 発売してまもなく電子辞書が急速に普及し、1字の検索だけでなく2字連続の音節も簡単に(むしろ1字より速く)検索できるようになったので、利点が薄れた。
(3) 逆向き配列は韻母の同じ字が前後にそろうということを人々に気付かせた。

Ⅲ『学生識字快車(学生早わかり字典)』の出版
 2002年に出版された『倒序現代漢語字典』のなかの「識字快車」の表を拡充した字典『学生識字快車』が、翌年の2003年に出版された。梁興哲編創、商務印書館国際有限公司発行。39.80元。本文766ページ、索引他147ページ、全体で913ページ。900ページを超えるこの字典は、中国人および世界中の中国語学習者が素早くまた効率的に漢字を学ぶための書として刊行された。
 900ページを超える『学生識字快車』
「学生識字快車」の内容
・音符を字根と名付け、974字の字根を選びその字族ごとに表にしている。収録した漢字数は約7000字である。
・字根の排列は、字根のピンイン順とし、字根表の中の漢字排列は、「倒序現代漢語字典」で採用したピンインの逆向き配列にしている。
・字族表の表外に、収録した漢字ごとに、ピンイン、部首、画数と筆画順をつけ、漢字の簡単な説明をして学習者の便宜をはかっている。
・索引として、収録した全漢字のピンイン索引、部首索引がつく。
以下は、字根「宗」とその字族のページである。

「学生識字快車」の評価
良い点
(1) 字根として同形の音符をまとめてあるため、この本をみると同形の音符がついた字とその発音がすぐに分かり便利である。
(2) 表外の漢字説明で、その漢字の概要が分かる。
欠点
(1) すべて簡体字の字体で統一しており、繁体字との繋がりが分からない。簡体字は当て字が多いため、字相互の関連が薄いものが多くある。例えば、字根「又ヨウ」は、本来なら音符「又ヨウ」に属する友ユウ・馭ギョ、を含むだけのはずある。ところが、簡体字では漢⇒汉、戯⇒戏、鶏⇒鸡、歓⇒欢など偏や旁が又に変わる略字が多く、これらも含まれるので又字族は非常に多くなる。
(2) そのため、発音の変化も多様な字根が多いので、覚えにくい。
以下は、「学生識字快車」の又族のページと、「早わかり簡体字字典」の音符「又ユウ」のページ。快車の又族のページは、当て字の文字を含むので15文字の発音がすべてバラバラになっている。それに対し「早わかり簡体字字典」の音符「又ユウ」は3文字のみだが、表の下に又を略字に使用した文字を注記し、そのページを案内している。
「学生識字快車」の又族のページ
「早わかり簡体字字典」の「又ユウ」のページ

音符(声符)を字根と表現したことについて
 音符を字根と表現したことについては、意義のあることだと思われる。
(1) 音符と表現すると、厳密には形声文字だけを音符家族に含めることになり、同じ音符を含む会意文字は含まない。しかし、字根とすることで、形声・会意文字の両方を含むことができる。
(2) 音符は音に関係するだけでなく、意味にも関係するので、音符を含む会意文字を形声文字と一体的にまとめることは、漢字学習に必要なことである。
コメント
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