漢字の音符

漢字の字形には発音を表す部分が含まれています。それが漢字音符です。漢字音符および漢字に関する本を取り上げます。

音符「允イン」「吮セン」と「畯シュン」⇒「夋シュン」「俊シュン」へ

2020年05月01日 | 漢字の音符
   イン <集団を率いる人物>
 イン・まこと・ゆるす  人部


 上は允イン、下は以イ
解字 甲骨文第1字は[甲骨文字辞典]によると、手をうしろに回した人の形。保の甲骨文字で、人が子を背負っている形に見られるという。第2字は、第1字が反転したような形になり、頭の大きな人のように見える。しかし、この2タイプとも原義での用例はなく仮借カシャ(当て字)で「まことに(副詞)」「地名」などの意味で使われているという。
 金文第1字は甲骨文第2字の形が変形したと思われ、「6のような形(以イの略体)+人(儿)」となった。金文第2字(春秋期)は字体が鳥のツルのように見えるが、下の脚(実際は人・儿)を除いた部分が以の略体である。この字形は戦国・篆文(説文解字)まで変形しながら続き、現代字は、以の略体(ツルの頭と胴に見える部分)⇒ムに変化した允になった。意味は金文で誠実・信也(信なり)の意で用いられ、現在はさらに、ゆるす意などがある。これらの意味は、金文で以の略体が使われたことが関係していると思われる。以には「ひきいる」意味があり、それに人(儿)がついて「ひきいる人」となり、集団を率いる立派な人物が、「誠実」で、その人物が「ゆるす・許可する」と解釈すると、この意味が出てくる。
意味 (1)まこと(允)。まことに。誠実である。「允恭インキョウ」(まことにつつしみぶかい)「允文允武インブンインブ」(まことの文武の意、文武の徳が備わっていること) (2)ゆるす(允す)。ゆるし。「允可インカ」(ゆるす。許可)「允許インキョ」(許可) (3)[国]じょう(允)。律令制の四等官で主殿寮などの判官ジョウカン
 セン・シュン・すう  口部
解字 「口(くち)+允(イン⇒セン・シュン)」の形声。口で吸うことを吮セン・シュンという。
意味 (1)すう(吮う)「吮疽センソ」(疽という悪性の腫(は)れ物のうみを吸い出す)「吮疽之仁センソのジン」(大将が部下を手厚くいたわること。中国戦国時代の楚の将軍・呉起が部下が悪性の腫物で苦しんでいるのを見て、それを吸い取ってやったという故事から)(2)なめる。

   シュン <田の神>
 シュン  田部

解字 甲骨文第1字は「田(耕作地)+允イン」の形(=㽙)。第2字は允が坐り姿の形。字形から意味を推測すると「耕作地の統率者」ということになるが、[甲骨文字辞典]は、地名の用例しか見られず、字源は不明という。金文第1字は甲骨文第2字の系統で意味は、①あらためる。「畯正シュンセイ(改め正す)」 ②ながく。「畯(なが)く天子に臣(つか)えて」などの用例がある。金文第2字は春秋時代の字で、意味は「畯(なが)く」で変わりないが、允の下に足(止)の形がついた。篆文(説文解字)になると、下の止(あし)が夊となって夋の字の原型が成立した。足(夊)がついて一人前になったかのように意味が豊富になる。①古代の農事を管理した官。②農神。③才知がすぐれる(=俊)。④崇高(=峻)などである。おそらく畯は農事の神とのイメージから、③のすぐれる。④の崇高などの意味が派生したのであろう。
 しかし現在は、③④の意味は、俊・峻など夋の音符が担い、畯は、たのかみ・たおさの意味に限定されている。
意味 (1)古代に農事を掌管した官。(2)農神。「田畯デンシュン」(①農神。②農事を掌管した官)「田畯至喜デンシュンシキ」(田の神が至りて喜ぶ=詩経「豳風ヒンプウ七月」) (3)才知がすぐれる(俊)「畯民シュンミン」(賢明な人)「畯臣シュンシン」(賢臣) (4)崇高(=峻)。「畯徳シュントク」(崇高で徳のある人)

 シュン  夂部

解字 篆文から作られた後起の字。畯シュン(田の神)の意味を伝える音符として用いられる。田の神から「すぐれる」「崇高⇒高い」、普通の人を「こえる」、イメージを持つ。

イメージ 
 「すぐれる」
(俊・駿) 
  普通の人を「こえる」(酸)
 「高い」(峻・竣・皴) 
 「同音代替」(浚・悛・唆・逡・梭)
音の変化  シュン:畯・俊・駿・峻・竣・皴・浚・悛・逡  サ:唆・梭  サン:酸
 
すぐれる 
 シュン・すぐれる  イ部
解字  「イ(人)+夋(すぐれる)」 の会意形声。すぐれた人。
意味 すぐれる(俊れる)。ひいでる。「俊英シュンエイ」「俊才シュンサイ」「俊秀シュンシュウ」「俊足シュンソク」(足の速い人=駿足)
駿 シュン  馬部
解字 「馬(うま)+夋(すぐれる)」 の会意形声。すぐれた馬。また、人に例えて用いる。
意味 (1)すぐれた馬。「駿馬シュンメ」(すぐれてよく走る馬) (2)すぐれた人。すぐれる。「駿足シュンソク」(すぐれた人。足の速い人) (3)地名。「駿河するが」(旧国名。現在の静岡県中部)「駿河台するがだい」(東京都千代田区にある地名。江戸幕府が駿府の家人を住まわせたことから)

こえる
 サン・すい・す  酉部
解字 「酉(=酒。さけ)+夋(こえる)」 の会意形声。酒が発酵しすぎて酸っぱくなること。転じて、程度がひどい意となる。
意味 (1)すい(酸い)。すっぱい(酸っぱい)。す(酸)。すっぱい味。「酸味サンミ」 (2)つらい。いたましい。「辛酸シンサン」「酸鼻サンビ」(きわめてむごい) (3)酸性の化合物。「塩酸エンサン」「硫酸リュウサン」 (4)酸素の略。「酸化サンカ」「酸欠サンケツ

たかい
 シュン・けわしい  山部
解字 「山(やま)+夋(たかい)」 の会意形声。高くけわしい山。
意味 (1)けわしい(峻しい)。たかい(峻い)。「峻険シュンケン」(山がたかく険しい) (2)きびしい。「峻別シュンベツ」(きびしく区別する)「峻烈シュンレツ」(きびしくはげしい)
 シュン  立部
解字 「立(たつ)+夋(たかい)」 の会意形声。高い建物が立つこと。その工事ができあがる意となる。
意味 おわる。できあがる。完成する。「竣工シュンコウ」(工事が完成する)「竣成シュンセイ」(建築物が完成する)
 シュン・しわ  皮部
解字 「皮(ひふ)+夋(たかい)」 の会意形声。皮膚の表面がこきざみに高くなること。「しわ」や、「あかぎれ」をいう。
意味 (1)しわ(皴)。皮膚が縮んで表面にできる筋目。「皴皺シュンシュウ」(しわ。皴も皺も、しわの意) (2)あかぎれ。ひび。「皴裂シュンレツ」(ひび) (3)画法の一種。「皴法シュンホウ」(山や岩のひだを立体的に描く技法)「皴染シュンセン」(ひだをつけ、ぼかす画法)

同音代替
 シュン・さらう  氵部
解字 「氵(水)+夋(シュン)」 の形声。シュンは濬シュン(深い・さらう)に通じ、水底の土砂をさらって深くすること。
意味 (1)ふかい。水が深いこと。 (2)さらう(浚う)。水底の土砂などをさらう。「浚井シュンセイ」(井戸をさらう)「浚渫シュンセツ」(水底の土砂をさらって、水路を深くすること)「洗い浚い(あらいざらい)」(何から何まで。残らず)
 シュン・あらためる  忄部
解字 「忄(心)+夋(=浚。さらう)」 の形声。シュンは浚シュン(さらう)に通じ、いままでの思いをさらって、心を入れ替えること。
意味 あらためる(悛める)。つつしむ。「改悛カイシュン」(心をいれかえる)「悔悛カイシュン」(前の非を悔い改める)
 サ・そそのかす  口部
解字 「口(話す)+夋(サ)」 の形声。サは詐(いつわり)に通じ、いつわりの言葉を言って、相手をそそのかすこと。
意味 そそのかす(唆す)。けしかける。「示唆シサ」(それとなく気づかせる。暗にそそのかす)「教唆キョウサ」(教え唆す。他人を唆して犯罪をさせる)
 シュン・しりぞく  之部
解字 「之(ゆく)+夋(シュン)」 の形声。シュンは巡シュン・ジュン(めぐる)に通じ、同じところをめぐって、ためらうこと。
意味 (1)ためらう。しりごみする。「逡巡シュンジュン」(ぐずぐずする。しりごみする)「躊躇逡巡チュウチョシュンジュン」(躊躇も逡巡も、ためらう意)「狐疑逡巡コギシュンジュン」(疑い深い狐のようにためらう)(2)しりぞく(逡く)。
 サ・ひ  木部
解字 「木(き)+夋(シュン)」 の形声。シュンは巡シュン・ジュン(めぐる)に通じ、同じところを行き来する木製の機織り道具。横糸をとおす梭(ひ)をいう。発音はシュン⇒サに変化。夋シュンには唆の音がある。
意味 ひ(梭)。機織りで横糸を通す道具。「梭杼サチョ」(梭も杼も、ひの意)「梭魚・梭子魚かます」(カマス科の海魚。形が機織りの梭に似ていることから)「梭貝ひがい」(梭に似て前後に長い突起がのびるウミウサギ科の巻貝)
<紫色は常用漢字>

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