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今週の本棚:池澤夏樹・評 『エル・ネグロと僕…』=フランク・ヴェスターマン著

2010-10-25 | 日記
毎日新聞 2010年10月24日 東京朝刊

 ◇『エル・ネグロと僕--剥製にされたある男の物語』
 (大月書店・2520円)

 ◇肌の色による差別と開発援助
 一九八三年、オランダ生まれの十九歳の若者が気ままな旅の途中、スペインの田舎町の博物館で驚くべきものに出合った。

 人間の剥製(はくせい)!

 とても小柄な黒人で、槍(やり)と盾を持っている。「カラハリ産ブッシュマン」という表示がある。しかしそこで売っている絵はがきには「ベチュアナ人」とあった。

 この博物館の創始者フランシスコ・ダルデルは一九一八年に亡くなっている。つまり剥製はそれ以上に古いものだが、それにしても……

 この出合いを記憶したまま、若者は開発援助の専門家を目指す。しかし、座学を終えていざ貧しい国の現場に立ってみると湧(わ)くのは疑問ばかり。貧富の差、それを助長する社会、役に立たない援助、そして肌の色による差別と偏見。

 ペルーの山奥の村で、反政府組織センデーロ・ルミノソの襲撃に怯(おび)えながら、その村の灌漑(かんがい)システムを調査する。不自由な生活や村人の誤解を乗り越えて得た結論は、ここの灌漑には援助などしない方がいいというもの。この地域の自然と精緻(せいち)に組み合わされた現行システムは外から手を加えれば壊れてしまう。「介入しないのが最善策」

 この体験を機に彼は開発援助の仕事を捨てて新聞記者になった。最初の仕事はバルガス=リョサも候補者だったペルーの大統領選だ(今回のノーベル文学賞受賞者はこの選挙でフジモリに敗れた)。

 そして、時間を見つけてはあの剥製の来歴を調べ始める。名前もなく、出身地はおろか種族さえ曖昧(あいまい)にただ「エル・ネグロ(黒人)」とだけ呼ばれる男。スペインの古い新聞の記事を探して、これが一八八八年のバルセローナ万博で展示されたと知り、そこからたぐってヴェロー兄弟なる二人が一八三〇年か三一年に「アフリカ南端、喜望峰」からこれをフランスに持ち帰ったことを突き止める。

 新聞記者として取材に行ったシエラレオネでは、すっかり壊れてしまった国を見て、アフリカなどの貧しい国々と先進国との関係について考え込む。

 第二次大戦後、世界各地で植民地が独立した。宗主国のくびきを逃れた以上、彼らは豊かな国を作れるはずだったのに、そうはならなかった。どこで失敗したのだろう?

 「認めるのはつらいことなのだが」と前置きして、ヴェスターマンは開発援助の動機の根本には人種差別がある、と言う。白人のやりかたの方が優れているからそれを教えてやるという態度。また受ける側のそれに迎合する姿勢。そこからは形を変えた従属の構図しか生まれない。

 振り返ってみれば、ペルーの村の住民は外来の彼に改善を期待した。何か新しいものをもたらして村の生活を一変してはくれないか。コンクリートで水路を固めたら保守作業が不要になる。しかし、「集団作業の必要がないとなると、村をひとつの共同体にまとめてきた伝統が失われる」というのが彼の結論だった。

 エル・ネグロの探索の方も進む。十九世紀に人間を剥製にするようなことがなぜ許されたのか? 「黒人が白人より劣っていることは、歴史家も比較人種解剖学者も口を揃(そろ)えて確認するところである」というような言説が世間の主流だった。だから、さまざまな人種の遺体が標本として研究機関に持ち込まれた。あるいはそれが見世物(みせもの)になることもあった。

 日本でも一八六五年に函館でイギリスの領事がアイヌの墓を暴いて骨を盗み出すという事件があった。これも目的は人類学の資料だった。

 一九九一年、スペインではアルセリンという黒人の医師がアフリカ人の剥製の展示に反対する運動を始め、さまざまな議論とどたばた騒ぎを経たあげく一九九七年に「エル・ネグロ」は撤去された。後に解体されてアフリカのボツワナに返されたが、そこは彼の本当の故郷ではなかった。すべてを政治が歪(ゆが)める。

 ヴェスターマンは開発援助や旧植民地の事情の報道に携わった半生をユーモラスに振り返りながら、これらすべての問題の底流にある構造化された差別意識について考える。

 先進国の人間は自分たちが豊かな理由を教えてやると言って今も旧植民地をいいように利用しているのではないか。欧米の文明に背を向けて本来の道を歩めば、金銭まみれとは別の幸福があるのではないか。

 最後に南アフリカに行ったヴェスターマンは(ヴェロー兄弟は盗んだ遺体をケープタウンで剥製にした)、アパルトヘイトが終わったこの国で意気軒昂(けんこう)な黒人たちを前にしてまた考え込む。「あなたが白人のくせに、エル・ネグロについて本を書く」ということに不快感を覚える者もいると言われる。

 長くこの国を支配していた白人はオランダ系であり、それゆえにオランダ人である彼はまた考え込む。それでもこれはヨーロッパの問題だ、加害者はヨーロッパ人だったのだからと心の中で反論する。

 体験と追跡調査と思索が一体となった読みごたえのある本である。(下村由一訳)

http://mainichi.jp/enta/book/hondana/news/20101024ddm015070015000c.html

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