47NEWS-2015年(平成27年)2月3日
照り付ける夏の日差しの下、岩山の裾野に広がる平野に祈りの言葉が響いた。「この大地を汚したことをお許しください」。米西部ニューメキシコ州チャーチロックの先住民ナバホ族の集落。メディスンマン(祈祷師)で62歳のフィルマー・ブルーハウスの儀式の後、人々はトウモロコシの花粉を大地にまいて祈った。
東北6県より広いナバホ族の居留地で、ウラン採掘が盛んに行われていた1979年7月。集落の近くで、ウラン精錬後の鉱滓(こうさい)をためてあったダムが決壊し、大量に近くの川に流れ込む事故が起きた。家畜が放牧されていた流域も汚染されたが、当時は東西冷戦の真っただ中で、旧ソ連との核兵器開発競争の下、米国にとってウランの確保は急務。環境や先住民の健康対策は二の次とされ、その後も採掘は続いた。
この日の祈りは「ウランの遺産を記憶に留め、行動する日」に合わせ行われた。参加者は、横断幕を掲げて35年前のダム決壊現場を望む高台までの数キロをデモ行進した。
▽遺産
ナバホ族にとって「遺産」は流出事故にとどまらない。冷戦が終わりに近づくにつれてウランの価格は下落、居留地でウラン鉱山閉鎖が相次いだ。多くは放射性物質の飛散防止などの閉鎖措置が十分に取られないまま放置され、あちこちにウラン鉱滓の山が築かれた。
飛散や流出による被ばくへの住民の不安が高まり、米政府は2008年から500カ所余りの鉱山跡地を調査。うち200カ所以上で自然界の10倍を超える放射線量が検出され「人が近づくべきでない」レベルと判定された。住宅地に近い跡地を優先し、汚染土壌の除去作業が始まっている。
住民の女性で62歳のイーディス・フッドは、祈りの後「ウランのせいで水も空気も、母なる大地も汚染された。ホジョーが乱されてしまった」と嘆いた。ホジョーとは、ナバホ語で自然や人間界の調和が取れた状態のこと。雄大な自然と共生してきたナバホ族が大切にする価値観だ。
ウラン鉱山で働いた経験があるイーディスは8年前、リンパ腫と診断された。祖父母は肺がんで死去、母親も胃がんを患ったという。連邦議会で「ホジョーが乱れれば私たちの生活や健康が損なわれる」と対策強化を訴えたこともある。当時、採掘作業員には健康リスクは伝えられず、被ばく対策も不十分だった。イーディスに限らず、健康不安を抱く住民は少なくない。
▽差別
祈りの儀式を取り仕切ったフィルマーが夕方、伝統的家屋「ホーガン」に招いてくれた。六角形の20畳ほどの質素な平屋。メディスンマンは西洋医学とは全く異なり、祈りや儀式などの手法で心身を治す。ナバホ族の精神文化を体現する存在だ。炎や水晶をのぞいて患者の状態を探り「誰もが内に秘めているメディスン(薬)」を使って治癒に導いていくという。
フィルマーは12歳でメディスンマンの見習いを始め、治癒に使う薬草を採りに山に分け入り、鳥を捕まえては羽を集めた。その後、20代前半から二十数年、部族警察や連邦政府の刑事を務め、退職後にメディスンマンの仕事を再開している。
刑事時代の忘れられない経験があるという。連邦政府の研修に参加した時のことだ。周囲からささやき声が聞こえた。「インディアン野郎。俺たち白人の払う税金で、時代遅れで無知なこいつらの給料が支払われているんだ」。先住民への差別を痛感した瞬間だった。
ウラン採掘の負の遺産にナバホ族が苦しめられている背景にも、先住民に対する差別意識があるとフィルマーは考えている。「白人が多数を占める地域だったら、こんなずさんな採掘が許されただろうか」との疑問は、他の住民も抱いている。
▽自立
ただ、ウラン採掘がナバホ族に雇用などの経済効果を生み出してきたことは事実だ。居留地では現在、採掘は行われていないが、複数の開発計画が浮上している。4割ほどが貧困層、失業率も40%前後という全米平均とかけ離れた苦境の中、雇用創出を期待して採掘容認に回る住民も多く、過去の汚染の除去を条件に、試験採掘を認める決議を採択した集落もある。
フィルマーは否定的だ。「手っ取り早くカネになる方法としてウラン採掘を容認してきた。だけど、後に残ったのはウラン鉱滓の山。採掘が終わったら貧乏に戻った」
俺たちはいつも依存ばかりしてきた。ウラン開発にも、連邦政府にも。除染作業を請け負う会社を設立することでもいい。太陽光発電の事業を始めてもいい。今こそ、本当の自立を目指して一歩を踏み出す好機じゃないか―。市民団体に加わり、ナバホ族の集落を回ってそんなメッセージを伝えている。
話を終えホーガンを出ると、夕焼け空が広がっていた。フィルマーはトウモロコシの花粉をまき、穏やかな表情で祈りをささげた。花粉は、母なる大地の恵みへのささやかなお返しという。(敬称略、共同通信ニューヨーク支局 岡坂健太郎)=2014年10月08日
一口メモ
日本の原発再稼働も関係
ナバホ族の居留地に暮らす部族人口は約17万人。米環境保護局(EPA)によると、居留地では1944~86年に約400万トンのウラン鉱石が産出され、核兵器製造や原発燃料に使われた。ナバホ族の数千人が採掘に従事。作業時のラドン吸引が原因とみられる肺がんによる死亡が相次いだ。
ナバホ族が「聖地」とみなすニューメキシコ州のテイラー山周辺で採掘を計画する米企業によると、現在のウラン価格は採算割れするほど低く、その原因は「予想外に遅い日本の原発再稼働」という。企業側は、過去の経緯から住民の懸念は理解するとしつつも「大気汚染や二酸化炭素排出を考えれば原発は必要」と主張する。
http://www.47news.jp/47topics/inori/2015/01/post_20150130115448.html
照り付ける夏の日差しの下、岩山の裾野に広がる平野に祈りの言葉が響いた。「この大地を汚したことをお許しください」。米西部ニューメキシコ州チャーチロックの先住民ナバホ族の集落。メディスンマン(祈祷師)で62歳のフィルマー・ブルーハウスの儀式の後、人々はトウモロコシの花粉を大地にまいて祈った。
東北6県より広いナバホ族の居留地で、ウラン採掘が盛んに行われていた1979年7月。集落の近くで、ウラン精錬後の鉱滓(こうさい)をためてあったダムが決壊し、大量に近くの川に流れ込む事故が起きた。家畜が放牧されていた流域も汚染されたが、当時は東西冷戦の真っただ中で、旧ソ連との核兵器開発競争の下、米国にとってウランの確保は急務。環境や先住民の健康対策は二の次とされ、その後も採掘は続いた。
この日の祈りは「ウランの遺産を記憶に留め、行動する日」に合わせ行われた。参加者は、横断幕を掲げて35年前のダム決壊現場を望む高台までの数キロをデモ行進した。
▽遺産
ナバホ族にとって「遺産」は流出事故にとどまらない。冷戦が終わりに近づくにつれてウランの価格は下落、居留地でウラン鉱山閉鎖が相次いだ。多くは放射性物質の飛散防止などの閉鎖措置が十分に取られないまま放置され、あちこちにウラン鉱滓の山が築かれた。
飛散や流出による被ばくへの住民の不安が高まり、米政府は2008年から500カ所余りの鉱山跡地を調査。うち200カ所以上で自然界の10倍を超える放射線量が検出され「人が近づくべきでない」レベルと判定された。住宅地に近い跡地を優先し、汚染土壌の除去作業が始まっている。
住民の女性で62歳のイーディス・フッドは、祈りの後「ウランのせいで水も空気も、母なる大地も汚染された。ホジョーが乱されてしまった」と嘆いた。ホジョーとは、ナバホ語で自然や人間界の調和が取れた状態のこと。雄大な自然と共生してきたナバホ族が大切にする価値観だ。
ウラン鉱山で働いた経験があるイーディスは8年前、リンパ腫と診断された。祖父母は肺がんで死去、母親も胃がんを患ったという。連邦議会で「ホジョーが乱れれば私たちの生活や健康が損なわれる」と対策強化を訴えたこともある。当時、採掘作業員には健康リスクは伝えられず、被ばく対策も不十分だった。イーディスに限らず、健康不安を抱く住民は少なくない。
▽差別
祈りの儀式を取り仕切ったフィルマーが夕方、伝統的家屋「ホーガン」に招いてくれた。六角形の20畳ほどの質素な平屋。メディスンマンは西洋医学とは全く異なり、祈りや儀式などの手法で心身を治す。ナバホ族の精神文化を体現する存在だ。炎や水晶をのぞいて患者の状態を探り「誰もが内に秘めているメディスン(薬)」を使って治癒に導いていくという。
フィルマーは12歳でメディスンマンの見習いを始め、治癒に使う薬草を採りに山に分け入り、鳥を捕まえては羽を集めた。その後、20代前半から二十数年、部族警察や連邦政府の刑事を務め、退職後にメディスンマンの仕事を再開している。
刑事時代の忘れられない経験があるという。連邦政府の研修に参加した時のことだ。周囲からささやき声が聞こえた。「インディアン野郎。俺たち白人の払う税金で、時代遅れで無知なこいつらの給料が支払われているんだ」。先住民への差別を痛感した瞬間だった。
ウラン採掘の負の遺産にナバホ族が苦しめられている背景にも、先住民に対する差別意識があるとフィルマーは考えている。「白人が多数を占める地域だったら、こんなずさんな採掘が許されただろうか」との疑問は、他の住民も抱いている。
▽自立
ただ、ウラン採掘がナバホ族に雇用などの経済効果を生み出してきたことは事実だ。居留地では現在、採掘は行われていないが、複数の開発計画が浮上している。4割ほどが貧困層、失業率も40%前後という全米平均とかけ離れた苦境の中、雇用創出を期待して採掘容認に回る住民も多く、過去の汚染の除去を条件に、試験採掘を認める決議を採択した集落もある。
フィルマーは否定的だ。「手っ取り早くカネになる方法としてウラン採掘を容認してきた。だけど、後に残ったのはウラン鉱滓の山。採掘が終わったら貧乏に戻った」
俺たちはいつも依存ばかりしてきた。ウラン開発にも、連邦政府にも。除染作業を請け負う会社を設立することでもいい。太陽光発電の事業を始めてもいい。今こそ、本当の自立を目指して一歩を踏み出す好機じゃないか―。市民団体に加わり、ナバホ族の集落を回ってそんなメッセージを伝えている。
話を終えホーガンを出ると、夕焼け空が広がっていた。フィルマーはトウモロコシの花粉をまき、穏やかな表情で祈りをささげた。花粉は、母なる大地の恵みへのささやかなお返しという。(敬称略、共同通信ニューヨーク支局 岡坂健太郎)=2014年10月08日
一口メモ
日本の原発再稼働も関係
ナバホ族の居留地に暮らす部族人口は約17万人。米環境保護局(EPA)によると、居留地では1944~86年に約400万トンのウラン鉱石が産出され、核兵器製造や原発燃料に使われた。ナバホ族の数千人が採掘に従事。作業時のラドン吸引が原因とみられる肺がんによる死亡が相次いだ。
ナバホ族が「聖地」とみなすニューメキシコ州のテイラー山周辺で採掘を計画する米企業によると、現在のウラン価格は採算割れするほど低く、その原因は「予想外に遅い日本の原発再稼働」という。企業側は、過去の経緯から住民の懸念は理解するとしつつも「大気汚染や二酸化炭素排出を考えれば原発は必要」と主張する。
http://www.47news.jp/47topics/inori/2015/01/post_20150130115448.html