魚はOK、乳製品もOK、根菜はNGなど実にさまざま
東洋経済 2024/12/01 11:00
ベジタリアンに人気の「擂茶(るいちゃ)」は、中国南部に住む民族「客家(はっか)」の料理。生の茶葉やハーブをすりつぶしたスープと、炒めた野菜やピーナッツなどをのせたご飯の組み合わせをいうが、「茶葉を含む各種原料をすりつぶした飲み物」のみを擂茶と称する地域もある(写真:筆者撮影)
「食べないもの」は千差万別
ベジタリアン(菜食者)が世界的に増えている。穀物や野菜のみを食べる人という印象があるが、「食べないもの」や「その理由」は人それぞれ。ふさわしい対応をするにはその違いを理解する必要がある。
マレーシアはマレー系や先住民、華人(中国系)やインド系で構成される移民社会である。現地で暮らすなかで気付いたのは、多種多様なベジタリアンたちがいるということ。民族的なルーツや、文化の親和性などを追っていくと、視野はマレーシア国外にも広がる。
彼らと接してきた筆者(現地在住日本人ライターの集まり「海外書き人クラブ」会員)が、さまざまな菜食事情を紹介する。
市場調査会社ユーロモニターによると、世界のベジタリアン人口は、6億2800万人と推定している(Euromonitor International, Evolving Trends in Food and Nutrition,2020)。
ベジタリアンが増えているのは世界的な傾向で、1998年から2018年の20年間でアメリカ(中南米を含む)では3.9%、ヨーロッパでは2.6%の増加率を示している(「なぜ今、ヴィーガン(ベジタリアン)なのか」〈大和総研、2021年〉より)。
だが、ベジタリアンと一口でいっても、さまざま。日本の観光庁は、訪日外国人を念頭に置いて、以下のようにベジタリアンを分類している。
「肉を食べない」という点はほぼ共通しているが、乳製品・卵は食べるベジタリアンもいれば、白身肉(鶏肉)は食べないが魚介類は食べるベジタリアンもいる。
ベジタリアンの「3つの流れ」
しばしば「完全菜食」といわれるビーガン(ヴィーガン)は、卵や乳製品、はちみつなど動物性の食品をいっさい摂らない。羊毛・皮革製品なども避けるので、「非動物性」のライフスタイルと考えると理解しやすいかもしれない。
これ以外に「無理のない程度に」動物性食品を減らす「フレキシタリアン(フレキシブルなベジタリアン)」も増えていて一様ではない。
ベジタリアンになる理由や背景を分類すると、大きく3つの流れがある。
1 健康志向のベジタリアン
2 動物愛護を意識したベジタリアン
3 宗教的背景によるベジタリアン
「健康を保つ」ベジタリアン
まず、自らの意志で菜食を始める人。理由の1つは健康志向だ。
最近、クアラルンプールで筆者がときどき買い物に行っていた有機食品店の店主が代わった。新店主は、母親から店を引き継いだ華人女性だ。母親は、がんになったことを機に、仕事を辞めた。
闘病生活を支える家族も、食事や健康について真剣に考えるようになったという。「お客さんにも健康な生活を意識してほしい」という願いから、質のよい食品を吟味して店に置くようにしている。
これまでは保存の利く穀類や乾物、調味料などが中心だったが、最近は卵や野菜も置くようになった。ランチで菜食料理を始めると、近隣で働く人が集まるようになった。
動物を殺すことに加担したくない
「動物愛護」ベジタリアン
健康志向以外に増えているのは、「動物愛護を意識したベジタリアン」だ。動物を食べるということは、その前提として動物を殺さなければならない。そして非ベジタリアンの多くは、食物連鎖の一部として受け入れている。
ただ、人間は肉や魚を食べなくても生きていける。動物を殺すことに加担したくないという思いから、「植物性のものだけを食べる」と決めた人たちがいる。それが動物愛護を意識したベジタリアンだ。
筆者の知人で、イポーで菜食料理店を経営する華人女性は、「動物を殺すのが嫌で、ベジタリアンになりました。肉、魚は食べません」と語る。一方、動物を殺すわけではないので「卵や乳製品は食べる」とのことだ。
最後に「宗教的背景によるベジタリアン」について見てみよう。
冒頭で触れたように、マレーシアにはインドからの移民の子孫が住んでいる。インド文化を受け継いでいる彼らを理解するために、ここで少しインドの菜食事情について触れる。
先のユーロモニターの調査でも、世界のベジタリアンの半数以上はインドに住んでいるという。同国の人口14億人のうち、3割超(4億2000万人以上)がベジタリアンと見られている。
インドの人口の約8割を占めるのが、ヒンドゥー教徒。続いてイスラム教徒が14.2%、キリスト教徒が2.3%、シーク教徒が1.7%、仏教徒が0.7%、ジャイナ教徒が0.4%と、宗教も多様だ(2011年インドの国勢調査による)。
根菜類も食べない厳格なベジタリアン
このうち厳格なベジタリアンとして知られるのはジャイナ教徒で、肉・魚など動物以外に、にんじんや玉ねぎなどの根菜や球根野菜も食べない。「生命のもとになるもの」を口にすべきでないという思想があるためだ。
ヒンドゥー教徒で禁じられているのは、牛肉。ムスリム(イスラム教徒)は、戒律で豚肉が禁忌とされている。キリスト教では肉食の制限はなく、シーク教も菜食を推奨するグループが存在するにとどまる。
つまり、ジャイナ教徒以外は「宗教的には何かしら肉を食べてもいい人たち」だ。それなのに、なぜベジタリアンが多いのか。
殺生を避ける思想があるインド
インドには伝統的にこれらの宗教を越えて、殺生を避ける思想がある。
例えば、ヒンドゥー教で祭祀を司るバラモン階級などは、「精神を乱すもの」として、肉食全体を忌避する傾向が強い。バラモンなどの上位階級が社会に与える影響も見逃せない。
さらに、菜食料理店が多い理由として考えられるのは、多宗教国家であること。「牛肉が不可の人」や「豚肉が不可の人」が多い社会で会食する際には、どうしても「みんなで食べられる」菜食が選ばれやすい。
話をインドからマレーシアに戻そう。
マレーシアで有名なカレーといえば、魚の頭(頭側の半身)を煮込んだ「フィッシュヘッド・カレー」だ。なぜ魚のカレーが広まったのかというと、「牛肉を食べないヒンドゥー教徒」も「豚肉を食べないムスリム」も食べられるからだ。
インド系マレーシア人のベジタリアンには、鶏肉・獣肉は食べないが、魚・卵・乳製品は摂る「ペスカタリアン」が少なくない。
台湾の影響を受けた仏教系の菜食
マレーシアのベジタリアンは、主にインド系と華人。華人には仏教徒が多い。仏教は明確に肉食を否定していないが、仏僧は菜食とされる。
在家信者は忌避の度合いに濃淡があるものの、僧侶にならうベジタリアンもいれば、満月・新月の日や、陰暦9月の齋週間だけ精進料理を摂るなど、ゆるやかな菜食を実践する人もいる。
華人の仏教徒には台湾の影響が見られる。台湾はインドに次いでベジタリアンが多く、人口の13%を占める。「素食」といわれる台湾の精進料理は、肉や魚はもちろん、ニンニク、ショウガ、ネギ、ラッキョウ、ニラなど香味野菜「五薫」を使わない。
日本の禅寺の門前にある「不許葷酒入山門」、つまり「修行の妨げになる、酒や臭いの強い野菜(葷:くん)をもち込んではならない」という戒めと同根だろう。
このように、一口にベジタリアンといっても、背景も食べないものもさまざまだ。アジア地域の人びとと付き合ううえで「知っておきたいマナー」の1つといえよう。
森 純 文筆業