読売新聞 2025/01/29 05:00
青柳さんがまとめた萱野茂さんの言説資料の目録
アイヌ民族初の国会議員となった萱野茂さん(1926~2006年)が残した著作や原稿、ノート、日記などの紙の資料計2600件を目録化した「萱野茂資料の基礎的研究」が今月、刊行された。来年は生誕100年、没後20年の節目で、アイヌの文化復興や権利回復に尽力した萱野さんの業績を検証する基礎資料として活用されそうだ。(片岡正人)
萱野さんと付き合いのあった元北海道文学館評議員の青柳文吉さん(72)(当別町)が一昨年、「間もなく生誕100年を迎えるのに、資料を整理している動きがない」と気づき、目録化を企画。アイヌ民族文化財団の研究助成を受けて作業を進めてきた。
萱野さんの妻れい子さん(93)らの許可を得て、平取町二風谷の書斎に初めて入ったのは昨年3月。2018年の胆振東部地震で、書棚は倒れて、本や資料は床に散乱し、足の踏み場もない状態のままだった。壁には、04年4月のカレンダーが残され、萱野さんが亡くなる2年前までこの部屋で執筆していたことをうかがわせた。
現地での作業は7~11月、月2回2泊3日の日程で通い、延べ30日を要した。手の届く資料から順に番号を付け、作品資料としては図書、雑誌、新聞、現物資料としては原稿、書簡、ノート、日記などに分類した。
最も多かった原稿は800点以上。そのほぼ全てが鉛筆で書かれていた。ノートも250冊以上あり、ユーカラ伝承者の金成マツさんが、アイヌ語をローマ字で書いたユーカラの日本語翻訳時に使用したものが多くを占めた。
1946~83年の日記17冊、自著(共著含む)171冊、雑誌に掲載された寄稿やインタビュー記事など203点、新聞関係232点が確認された。
書斎にあった資料以外に萱野さんが原告となった二風谷ダム訴訟、平取町議や参院議員だった時の会議録なども追加した。
原稿量の多さに驚いたという青柳さんは「頼まれたら引き受ける。根っからのもの書きだった。研究者としてではなく生活者として、アイヌ文化を発信していた」と語る。目録は道内の主な図書館や博物館に送付しており、「この目録がアイヌ研究や萱野さんの仕事を振り返るきっかけになれば」と期待している。
https://www.yomiuri.co.jp/local/hokkaido/news/20250129-OYTNT50010/